エピローグ
「はあーなるほど。で、魔理沙さんは今でも隣に幽霊を引き連れて歩いてるってわけですか」
黒髪の鴉天狗は大げさに目を丸くすると、手にした帳面に小筆で何か書きつけた。
「まあそういうことになるわね。といっても普段は地蔵の頭ごと幽霊を連れてるから、あまりそれっぽくは見えないけど」
「ポルターガイストってやつですか」
「そんなところかしらね」
さして興味のない様子で答えると、博麗の巫女は両手に持った竹箒を二度三度と動かしてから、遊びに飽いた子どものようにそれを放り投げた。軽く伸びをする。
「何だか拍子抜けしちゃうわね、平和すぎて」
件の騒動から十日あまり。桜の春が終わり、当たり前のように初夏が訪れ、そしてこの季節もまた、六月の雨に流されてゆくのだろう。博麗神社にもそれは例外なくあてはまり、青々と茂る葉が境内のそこかしこに木漏れ日を落としている。
「でも魔理沙さんには言ってあるんでしょう? 幽霊のお守りをするようにって」
「そりゃあ言ってはおいたけど、だからって素直に言うこと聞くタマだと思う?」
「確かに不可解ではありますね」
文は考える素振りで神社の石畳を歩き回り、やがて鳥居の直下、苔のむした石段に座り込んだ。
「今度様子見がてら、私が突撃取材してきましょうか?」
「あーだめだめ。下手に刺激したら何しでかすかわからないから」
「そうですか」
あの一件以降、魔理沙は特に目立った動きを見せていない。途中で気を失ってしまった霊夢は覚えていないが、彼女はみごと刃之進を手なずけたのだという。手なずけたのならということで霊夢は魔理沙を許し、今日に至るまで平穏は保たれているが、それこそがおかしいのだ。一応霊夢は「今回は特別に許すけど次はないからね」と釘を刺したが、そうと知ったうえでなお約束を破るのが霧雨魔理沙という魔法使いなのである。常ならばそうだ。むしろそうなると目算を立てていたからこそ、霊夢は魔理沙を野放しにした。約束を反故にした魔理沙をこらしめるという構図に持っていったほうが、何かとやりやすいからである。
「せっかく特注の札も用意したのに。まあ、平和ならそれが一番いいんだけど」
「仮にそれが表面上の平和で、水面下で何かが起きていたとすれば」
「また面倒な仕事が増えるのよねえ」
とはいえ、まだ(表向きには)何もしていない魔理沙を誅すればそれはそれで角が立つ。
「完全に舵取りを間違ったわね」
「まあまあ、本当に何も考えていない可能性だってありますし。あ、その憂いの表情もらってもいいですか?」
言い終わるか終わらないかのうちに、文はシャッターを切っていた。
「撮るのは別に構わないけど、取材料は後できっちりもらうからね。それと新聞にちゃんと博麗神社の広告を載せること」
「わーかってますよお。報酬は弾ませていただきますってさっきも言ったじゃないですかあ」
言うと、文は矢庭に立ち上がり、
「さてと。面白い話もだいぶ聞けましたし、私は帰って記事を仕上げたいと思います」
「お金」
「ご心配なく。後で必ずお支払いいたしますので。天狗は約束を破りません。どこぞの魔法使いと違ってね」
短く切った黒髪を揺らし、天狗はふわりと宙に浮き、
「それではっ!」
敬礼したかと思った次の瞬間には、その姿ははるか幻想郷の空の彼方に消えていた。
「……はあ」
霊夢のため息を聞く者はいない。
「本当、自分本位というか何というか」
その直後のことであった。
文が飛び出していった方角から、地面を揺らさんばかりの爆音が轟いた。木々にとまっていた小鳥が一斉に飛び立ち、梢がびりびりと震える。
――ついに来たか。
巫女の直感は雄弁にそう告げていた。
幸い呪符は十分に確保してある。いまなら自分ひとりでも何とかなるはずだ。
――まったくあいつは。
と思う自分がいる一方で、そうこなくっちゃと思う自分も確かにいた。
「本当に、しょうがないんだから」
霊夢は気合一閃、一筋の赤い弾丸となって、目まぐるしく回る天に消えていった。
……いかがでしたでしょうか? 楽しく読んでいただけたなら幸いです。
当作品はここで一応完結しているのですが、個人的にはシリーズ化してもいいかなあ、というか、シリーズ化して書きたいなあと思っています。ご要望があれば継続して書きたいのですが、いかがなものでしょう? もしも続きを読みたいという方がいらっしゃれば感想欄にてその旨をお伝えくださると幸いです。刃之進と魔理沙の覇道を丹精込めて書きたいと思います。
それではこの辺りで失礼いたします。最後になりますが、本作品をこのあとがきにいたるまでお読みいただき、本当にありがとうございました。