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亡霊の舞う空  作者: 城山
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プロローグ(2)

どうやらプロローグなのに主人公の名前が紹介されていないらしい

 確かに今まで模擬演習がただの修学旅行のようなものだった事は事実で、この国が世界連合軍を相手に戦っているのは国の未来と存亡を懸けているからでその戦いはJMという技術格差によってヒノモトが圧倒的に優勢だと言われてきていた。

ヒノモトのインターネットが世界から遮断されてテレビも新聞も同じ事しか言わなかったからどのヒノモト人もヒノモトが強いと信じている。

しかし、今までに一度だけ模擬演習を海辺の地区で行ったせいで連合軍の攻撃に中学生が巻き込まれた事件があった。

とても小さな戦いで済んだから全国規模では上手く隠せただけで当事者の関係者はその真実の欠片だけを辛うじて耳にでき、その一人である俺はこの国に対する疑念を抱くきっかけになった。

今のヒノモトは決して強くなんかない。

もう本土に攻め込まれる程にギリギリの戦いを強いられているんだ。

崖を落ちるバスの中でそれが確信に変わった。

だがバスは途中で止まって一番下まで落ちなかった。

片方の窓には空だけが映り中途半端な高さで静止している。

「た、助かったの……?僕ら生きてる?バスも無事?」

「そんな事ありえるはずが……なっ!?これは!」

「……っ!!」

まずバスの奇跡的な無事の原因に気付いたのは折本で、青空の反対側の窓を覆った黒い影を指差し、折本に続いて皆も注目した。

どうやら落下しなかったのはマントで身を隠した大きな人影がそこにはいてバスを両手で受け止めて落下を防いでくれたからのようだった。

だが人影もバスも地面に落ちておらず、人影の背中に広がった蝙蝠のような翼から火が噴出し続け空中に静止していた。

まずバスを持っているという時点でそれは人間ではない。

それでも俺はその姿を見て頭の中の記憶に強い衝撃と憤りを受けた。

マントに身を包んだ黒い巨人は赤い一つ目を不気味に光らせこちらを覗き込む。

「ヒエイ!この機体、まさか……!」

「ハインバッハの初期量産モデル、しかも黒いって事は……!」

「ブラックゴースト隊……紛れも無い。だが、生きていたって言うのかよ……今更……っ!」

アシッグ社製ジャイアントマシン、ハインバッハシリーズ。

この国の誇る主力量産機ノイシュタットの上を行く新機軸を目指した機体だったが軌道には乗らず欠陥機の烙印を押されてすぐに開発は中止となった。

だからこの機体が供給された部隊はごく僅かで、そんなものに未だに乗っている奴なんて限られた人数しかいない。

数年前、連合軍がヒノモト本島に足を踏み入れた時、三機のハインバッハがそこに偶々置かれていたから急遽防衛に駆り出され、その勢いで太平洋側の諸島まで反撃できたから生産中止となったハインバッハは一時的に脚光を浴びた。

マントを羽織い、闇を駆けるように進撃し戦果を上げたその部隊はブラックゴースト隊という名前で大々的に報じられた。

「ブラックゴースト……!?つまり助けが来たって事か!?」

バスの中は怯えながらもどこからか歓喜の声が上がり、恐怖の次はその色に染まり上がる。

「凄い……初代のハインバッハは飛行形態を取るはずなのに、人型のまま空を飛べるJMを生で見るの始めてだよ。出力はどうなってるのかな。あの薄い羽だけでバスまで支えられてる。」

「多田羅、ハインバッハ自体はどう見ても旧式そのもので見解は一致しているか?いくら羽が凄くたって産廃を強化するのは理に適わないのだが。」

「相変わらずだよなお前らは……機体の種類が分かってもこの状況でする事じゃないぞ。」

「でもあのハインバッハは間違いなく先行量産型だよ、ヒエイ。」

「それでいて、これ見よがしに無駄なマントまで羽織りやがって。亡霊気取りもここまでくるとホラーだぜ。」

ハインバッハは歓声に沸くバスを持ってゆっくりと降下し、麓の森へ木々を薙ぎ倒しながら着地すると、バスを無神経に揺らして置いた。

颯爽と現れたヒーローを気取った割には乱暴な置き方である。

ヘタクソが扱えば動きは雑になるし繊細な奴が使えばその動きはどこかぎこちなくなる、JMは操縦者の性格がよく現れる。

操縦の前にマントなんて最も個性が出てしまっているから白々しく感じてしまうのだ。

「すまん、ちょっと行ってくる。」

我ながら突発過ぎる行動だと思う。

バスの窓を開け、手を離さず鎮座しているハインバッハがまだ動こうとしていないのを確認して腕へ飛び乗る。

こいつは学生の危機を救った自分に酔いしれていているからしばらく歓声に浸りたいのだろうという思惑が丸見えだ。

だから俺が取り付いてよじ登り、胸のコックピット部にしがみ付いた時にようやくハインバッハは俺の行動に危機を察知しバスを手離し浮上を始めた。

「ちょっ!?何やってんの!?無茶だよヒエイィィィ!」

「飛び降りろ!」

「何を今更……ようやくこいつが目の前に出てきたんだぞ。」

ハインバッハはすぐに木々より高く飛んでまた海を一望できる空に戻ってきた。

やはり見間違いではなく太平洋に浮かんでいるのは連合軍の艦隊、今まさに連合軍が最近ようやく開発できた主力JMプリヴァが戦車や豆粒みたいな兵隊の群れの中に少しだけ紛れ、アタミの街へ侵攻している最中だった。

だがその一方で国の軍のJMがさっきから見当たらない。

火の手や煙は上がっているものの、連合軍はただ緩やかに進んで行くのみでその先にはどう見てもヒノモトの軍が少なすぎるのだ。

この国が最先端だと叫ぶ防衛網ならばまず領海侵犯された時点で何かしらの行動があるはずだし、まさかそのまま上陸させるなんて事は意地でもさせないはずだ。

なのに圧倒的な物量の連合軍艦隊から人が次から次へと上陸しているのがこの距離からでも分かってしまう。

そもそもこんな事になる前に模擬演習なんて中止になるのが常識のはずだ、普通の修学旅行なら。

世界大戦を圧倒的優位に導くJM、平和ボケした模擬演習、その二つの言葉を大きく揺るがす数年前の模擬演習。

いつからか俺は疑っていた、姉がいなくなったあの日から世界はおかしいのではないかと。

「見てみな……世界最強のJM強国が、戦闘機と艦隊主体の時代遅れの軍隊に簡単に足を踏み入れられているじゃないか。おかしいよねぇ。」

侵略されていくアタミの街を見張る俺に、ハインバッハのパイロットが初めてその声を出した。

女のものだがトーンは妙に低く、ざらざらとしていて嘲笑も混じり耳障りが悪い嫌な声だ。

俺はそれをよく知っている。

「久しぶり、ヒエイ。たまたま命拾いできて運が良かったね。」

コックピットハッチがようやく開かれて、そこにいたのは間違いなく不気味なおかっぱ頭と目付きの悪い、少しデカい女の餓鬼であった。

真岡ハルナ。

かつて模擬演習で戦闘に巻き込まれ、その後ブラックゴーストと呼ばれる活躍をした張本人。

そして実の姉。

連合軍のベージュの軍服を雑に着崩している以外は殆ど模擬演習に出発した当時と変わらない、俺は中学生に成長したのに彼女は時が止まっているように幼いままだった。

「見たでしょヒエイ、見ての通りこの国は弱いっ!それも国民を騙し続けている……今だって死にかけた。何故連合艦隊が侵攻している先に中学生をそのまま向かわせた。こんな国、壊してしまった方がいいと思うでしょ。」

久しぶりに顔を見せるなりいきなりハルナはしたり顔でそんな事を言ってのけた。

ハルナは中学二年生の時、俺と同じように模擬演習に参加し、そこで連合軍の侵攻に巻き込まれて以来一度も家に帰ってこなかった。

連合軍が本土に侵攻してきたその時は公には報じられず、ハインバッハを巻き込まれた学友達と共に駆ってブラックゴースト隊と呼ばれるようになったのはその後になし崩し的に派兵された太平洋の諸島での電撃戦でのことである。

その後、中学生であったハルナはパイロットとして勇敢に戦い続けた末に異国の地で殉死、ブラックゴースト隊も解散となった……というのが報じられた内容である。

「でもお前は生きていた……裏切ったお前が今更何の用だ。国を裏切って連合側についたお前が。」

ブラックゴースト隊解散の一報後、軍から真岡家に伝えられたのは真岡ハルナは機体と共に連合軍に亡命したという事実であった。

事もあろうにこの国の危機を救ったこいつはある日突然何も言わずに国を裏切ったのだ。

「そりゃ裏切るだろう、こんな酷い国の為に戦う価値が無いのは見れば分かるでしょ。この国の未来は破滅しかなかった。」

「だから侵略しに来たのか?そんな訳の分からない理由で……」

「この国はもう終わるよ。ヒエイ、一緒に来な。私はこの国を倒し、新たな平和な国へ創り変える戦いをしているんだ。」

「まさかそんな事を言う為だけにお前は俺達を助けたのか……?」

「こうする為に今日まで耐え忍んできた甲斐があった!」

するとハルナはハインバッハの翼をはためかせ、急発進で海に浮かぶ戦艦目掛けて飛び出した。

このまま拉致するつもりか。

拉致しに来たのか。

ふざけている。

俺はこのまま連合軍に連行されたくないし国を裏切って逃げた真岡ハルナの行動は許せるはずがない。

ここで俺にはどうにかする義務が発生する。

裏切り者を止める義務が。

「止めろハルカ!俺は連合軍に行く気は無い!」

「もう亡くなる国にいたって仕方ないじゃん。アタミはもう武力制圧されるからお前だけは姉心で先に助けてあげるってんだよ?」

「ふざけんなよ!父さん母さんはどうする気だよ、自分の住んでた国を売るなんてお前は正気か!?訳分からないよ……止めろよ!」

『ブラックゴースト!私がお前を止める!』

「ッ!?ヒノモトの軍がまだ残っていたのか!」

俺の叫び声に応えるように真っ白な装甲の機体が瓦礫の街から這い出てきて現れ、ハインバッハとは違った垂直翼を背負って上昇し目の前を抜き去った。

太陽を背に逆光でシルエットが黒く塗り潰される。

手足の装甲は細く、しかし胴体の周りは複数のパーツが集まっているようで重厚に見える。

それはハインバッハと同じ可変式JMである証拠。

しかし瞳は人の顔のように二つのセンサーが輝いていた。

「その翼、私が見つけたのとは違う……まだ隠していたとは、やってくれるじゃんか!」

「こんな所で使うな……!っ!?何!?」

上空を舞う白い機体へ、ハインバッハは片手のマシンガンで銃撃を行って轟音に思わず耳を塞ぐ。

しかしそんな事よりも白い機体の機動は予想よりも遥かに機敏に銃弾を回避し高度を低下させ、その速度に目を奪われた。

白い機体はすぐに後ろを取って携帯していたマシンガンを構え、それにハインバッハは反応しようと振り返って銃を向けようとする。

しかし白い機体は発砲せずこちらに突っ込んでハインバッハの両肩を押さえ、胸と胸を近づけてコックピットハッチを開いた。

白いパイロットスーツとコードの繋がった黒いヘルメットを被ったパイロットが俺達の前に姿を晒した。

「来るなら急いで来な。日本人だろ。」

「ヒエイっ!」

フルフェイスの謎の人物と不気味で反社会的な行動をしている姉、一瞬だけ誰を信じればいいのか分からなかったが味方と思わしき白いロボットの方に飛び込んだ。

『チッ……そうくるなら力づくで返してもらうぞ!白いの!』

俺が飛び込んだのと同時にハルナはこちらを蹴り飛ばし、歪な左手にクローを展開して射出、ワイヤーで繋がれた左手が高速で飛んできた。

「捕まってな少年!調整途中だから荒く飛ぶよ!」

機体はクローをかわし、マシンガンを撃ちながらハインバッハの周りを旋回。

ハインバッハもそれから逃れようとするがすぐに背後を取り、背中に蹴り。

更に上空に飛び上がりマシンガンを連射して当て、飛行形態に変形して猛スピードで離脱。

「何だこの機体……スピードが違いすぎやしないか。」

「可変機構を持つハインバッハは本来これぐらいの戦闘速度を基準とした機体だからね。そもそも初期モデルが論外だから驚くはずか。」

俺の戸惑いにパイロットが得意気に答える。

かつてのハインバッハが開発中止に追い込まれた原因は変形機構の脆弱さとエネルギー不足にあり、機敏とは言い難い機動力と飛行形態の為の複雑な変形プロセスは操作性をより難しいものとした。

さっきのハインバッハは新たに翼を付けた事によってある程度改善したみたいだが、それでもこちらの機体は飛行性能だけでなく機体の動作も普通のそれよりも遥かに高いレベルだ。

調整途中という言葉尻からこれは恐らく開発途中の可変機で、連合軍の侵攻から逃げてきたという事なのだろうか。

空を飛べるJMが少ない中でそんな調整中の機体にたまたま助けてもらえたのはある意味奇跡だ。

ハルナに助けられてしまったのもある意味奇跡だがどうやら今日ついているのは悪運だけではないらしい。

「貴方が軍の人ならアタミはどうなってるんですか。俺達のバスが崖から落ちて俺はあいつに連れ去られかけたんです。」

「連合軍の奇襲だ。防衛ラインを引いて救助隊が行けるとこまで救出作業してるとこだよ。まだ連合は港周りばっかにしかいないから運が良ければ……あ、マズい。」

「えっ……うああ!?」

飛行形態の利点は空力特性によって人型のJM以上の速度を出せる事。

ハルナが着けていた飛行翼がどれ程の物か知らないがこちらが飛行形態である以上、追いつけるのは本当の戦闘機ぐらいしかないはずなのに、遠くから飛んできた高熱の放射が機体に直撃した。

「脚部スラスター各部全損……!?くそっ!落ちる!」

パイロットが慌しくパネルを叩き状況を改善しようとするが機体はコントロールを失い山へ真っ直ぐ墜落。

激しい振動がコックピットを襲い、パイロットは身体を激しく揺さぶられ頭部のヘルメットが叩き割れた。

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