ガサ入れ
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新宿でも裏通りにある雑居ビル<ルールビル新宿>近辺は妙に物々しい。今夜、警視庁でも組織犯罪を扱う組対四課と同五課の刑事たちが張り込みを続けているのだ。ビル内には<オートルス興業>という暴力団が事務所を構えていて、組員は頻繁に出入りしている。
一見暴力団のようには聞こえないのだが、今はヤクザが制服を着る時代である。実際、オートルス興業の人間たちは、都内にある企業のフロントで用心棒代に多額の金をせしめていた。
「あと一時間経ったらガサ入れるぞ。それまで待て」
――了解。
捜査班の主任で五課長の俺が関係者に無線で一言そう言うと、応答があった。近くにいる捜査員たちを待たせ続ける。もう令状も取ってあり、妨害する人間は誰もいない。組対挙げての捜査だから、しっかりやるつもりでいる。ビルから五十メートル圏内に組対の刑事たちが複数いて、皆各々の車の中からビルを睨み付けている。
午後八時過ぎになり、
「今から突入だ。全員拳銃携帯で、中にいる構成員を一斉検挙しろ!威嚇射撃程度なら構わん」
と言うと、待ち構えていた捜査員たちが動き出す。俺も車を出、ヤクザ相手なので、所持していた拳銃を取り出し、安全装置を外して正眼に構える。そしてビルへと向かった。組対はこういった時団結する。普段はずっと地味に対象団体や対象者の張り込みなどを続けているのだが、ガサ入れほど意欲が燃えることはない。
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ビル脇にある階段を上る。ガタンガタンと音がして、多少うるさいのだが、エレベーターを使って行くと、相手に気付かれて逃亡される危険性が高い。実際、臨場した組対のデカは俺を含めて十人ほどいた。階段を三階まで上り、目的の事務所に辿り着くと、扉を開け、
「警察だ。大人しくしろ!」
と先頭にいた俺が怒号を飛ばす。脇にいた組対五課の係長で警部の中田が令状を翳し、
「今から事務所内を捜索する。銃とシャブを押収するぞ。いいな?」
と言った。組員たちは皆抵抗するかと思われたが、警察から捜索を受けたことで反抗する意思を見せずに、デカたちが一斉に銃を差し向けると、皆窓際へ寄った。捜査員たちが捜索を開始する。オートルス興業は以前から銃器と違法ドラッグの横流しが指摘されていて、警視庁にも何度かタレこみがあったのだ。
俺も捜査班の責任者として、そういったことには慣れ切っていた。何せここ新宿や、都内の別の街でもその手の事件は頻繁にあったからだ。
次々と物品を押収していく。何せ銃やクスリなどはこういった場所に巧妙に隠され、海外などへと持っていかれて、高い値で売りさばかれる。それで得られた差益がヤクザの懐へと入るのだ。いわゆるマネーロンダリングというやつだった。
俺も組対に配属されてから、そういった事例をいくらでも扱い、表から裏まで知り尽くしていたのである。昔は二課にいて知能犯などを取り締まっていた。組対に異動になり、五課を丸ごと任されて、それでいろいろと知ったのだ。この手の犯罪の手口を。
「今、物品の押収完了しました。それに同行してた組対四課のデカが関係者全員を検挙してます。今から本庁へと戻ります。ガサ入れは無事完了です」
――よくやった。帰ってこい。
「了解」
組対の責任者で、今警視庁にいる組対本部長の村田に無線で連絡を入れた。持ってきていた段ボールには物品だけでなく、情報などが詰まったパソコンやその他の情報機器等が詰め込まれている。これから警視庁七階にある組対本部へと舞い戻るつもりだ。
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停めていた覆面パトカーに赤色灯を灯し、警視庁へと走らせる。ここから一般道を使っても三十分程度で着くのだし、実際、街の道路が渋滞していても、信号を無視して走ることが出来た。デカの仕事も疲れる。だが部署こそ組対とはいえ、警官である以上、ゆっくりする間はなかった。事件など立て続けに起きるからだ。
「中田」
「はい」
「村田組対本部長とさっき無線で連絡取った。今回のガサ入れ奏功で、だいぶ喜んでおられたぞ」
「五課長もしんどかったでしょ?今回のガサ入れは」
「ああ。……ただ、ブツ押収したことでオートルス興業が手掛けてたマネロンは実態が暴けそうだし、よかったんじゃないか?」
「そうですね。我々としても一安心かと」
「そうだ。明日から事実関係の解明のため、また忙しくなるぞ」
「ええ。五課長も体調壊されないようにしてくださいね。外は冷えますし」
「そうだな。今夜帰ったら飯食ってビール飲んでから眠るよ」
「そうしてください。明日も通常通り仕事がありますのでね」
「分かってる」
端的に一言言ってハンドルを握り続ける。この車も結構長く使っていた。国もなかなか警察への経費を出してくれないのだ。俺も古い車を使い続けながら、そんなことを感じているのだった。刑事も給料が減っても上がることはまずない。結構きついのだ。ずっと同じ装備でここ数年間捜査活動を行ってきた。幸い、銃はリボルバーが原則廃止され、ほとんど全ての警官がオートを使っている。
夜間の都内を横断する形で桜田門へと帰り着く。さすがに倦怠していた。積荷などは別の車両に乗せられていたのだし、検挙した構成員も組対四課のデカが運転する別の車に乗せられて護送されたのである。帰庁して組対のフロアに入っていくと、本部長席の村田が、
「おう、角上。お疲れ」
と声を掛けてきた。俺も一礼し、自分のデスクに座る。一応捜査報告書をパソコンで打ち、メールで上役たちのマシーンのアドレス宛に送った。押収品のリスト作りは中田たち下の人間がしてくれる。業務が終わり「お先します」と言ってフロアを出た。ゆっくりと歩き出す。一日が終わり、品川の官舎に帰ったら入浴して、アルコールフリーのビールを飲んでから休むつもりでいた。
*
街は冷え込んでいる。電車や地下鉄を乗り継ぎ、自宅へと戻った。スーツの上からコートを着て、寒さを凌ぐ。俺も長年警視庁にいるので、都内で発生した事件の捜査には慣れていた。もちろん明日からも通常出勤だ。押収品は科捜研の人間たちが鑑定してくれるのだし、俺の方は逮捕済みの組関係者たちから事情聴取するのが仕事だ。とにかく忙しくなる。だが慌てることはない。すでに今回オートルス興業の仕掛けようとしたマネーロンダリングの容疑は固まっていたのだし……。
物品が流されるルートもすでに摘発済みだったし、容疑が濃厚な以上、組関係者も言い逃れできないだろう。俺もそういった事は分かっていた。本部長の村田の指図で動くつもりでいる。警察は縦社会なのだし、上からの命令は絶対だ。従うしかない。
後日、オートルス興業の関係者が容疑を認めたことで、取り調べを担当したデカは完落ちだと思うに至った。そして東京地検に起訴後、連中の身柄は東京拘置所へと移される。追うような形で裁判も始まるのだ。一安心していた。
俺の次の仕事はまた対象の組事務所に対する地道な捜査である。刑事は大変な仕事だ。特に俺たちのような組対の人間たちは。常に犯罪者たちはこの東京という街だけでなく、いろんな場所に潜み続けるのである。油断も隙もなかった。ただ、一課のデカなどのように派手に捜査するのではなくて、あくまで地味に、だ。組対は陰の部署だからである。公安などと同じで。
(了)