回るオルゴール
今回のジャンルは『ホラー』、今回の構成は『起承転転』です。
とある家宅から持ち出された、鍵のついたオルゴール。見栄えが良かったので商人から買い受けた物だが、商人は鍵を持っていなかったので、本当に観賞用として買ったオルゴールである。
ゼンマイは私の家にあるオルゴールと同じゼンマイ巻きで巻けたのだが、蓋が開かないから音が鳴らない。
文句を言ったのは私の幼い子供達で、どうやっても開かないそれを机に叩きつけたり、床に落としたりするたびに女房やメイドに怒られていた。私はそれを横目に紅茶を飲むのが、たまらなく大好きな時間であったのだ。
私はそのオルゴールが開かないままであるように祈る。
◆
その日、私は仕事が思うようにはかどらず、部下を怒鳴りつけては書類の作成をし直すという作業を繰り返していた。どうやら雨が降っていて、この時期は特に蒸し暑い。「そうか、蒸し暑いから腹が立ちやすいのか」と思いなおした私は、部下に謝って紅茶をふるまった。
夕方、いつもよりほんの少しだけ遅く帰宅したが、特に変わったことはなかった。メイドはいつものように掃除をしているし、女房はいつものように読書をしているし、子供達はいつものように庭で遊んでいるようだった。
おや、と私は思う。
いつものようにと私は言った。しかし今は止んでいる雨が、昼ごろには降っていたはずだ。特に夕方の今は普段でも家の中にいると思うのだが。
私はメイドに尋ねる。子供達はいったいどこに行ったのか?
メイドは、お庭でかくれんぼでもしているのではないかと言った。
かくれんぼとは、また懐かしい。
私の家の庭は、こう言うと自慢に聞こえるかもしれないが――私でも把握しきれないくらいに広い。整備士を数十人雇わないと、手入れもまともにできないくらいだ。私も休日には時々庭で花壇の手入れをしているが、燃えるように熱い石に一滴の水を垂らすようなものである。
そんな私の庭には、特に森のようなところがあるのだが、そこはとにかく気候によって過ごしやすさが大きく変わる。雨の降った翌日などは最低で、葉に覆われているために湿気が逃げにくく、不快感をよりいっそう沸きたてる場所だ。その代わりに気持ちの良い春の風が吹いているときには極上のティータイムが味わえる、極端な場所だ。
子供達にとっては格好の遊び場だった。先に言ったかくれんぼなど、思えば意識さえしなかったが、私も子供の頃によくやった。たまの休日には――そうだ、次の休日は子供達と遊ぼうではないか。
雲のなくなった綺麗な夕焼けを拝む頃、夕食もできたことなので、「私めが」「私めが」と口々に言うメイドたちを制止し、私は子供達を呼びに森へ行った。
子供にとっては広い森だが、私ほどになれば狭く感じる。さほど危険な生物がいるわけでもなく、走り回ってできた道もあることだし、迷うこともない。子供達を放しておけるのが安全の証拠である。
森の中はやはり生暖かかった。雨が中途半端に蒸発して、湿気がこもったのだろう。懐中電灯を持つ手が少し汗ばむ。べとべとした服に不快感を覚えながら、はてと思いながら森を進んでいった。
こんな環境なら、間違いなくかくれんぼなどはやっていないだろうが。
子供達は本当にここにいるのか。
冷静さを欠いている私がいて――葉が鳴らす音まで笑い声に聞こえてきた。なんとまあ、本当に気分の悪い。
私は三人の娘の名前を呼んだ。
しかし返事はない。
今度は名前ではなく、娘達が友人との間で呼び合っている愛称で呼んでみた。
しかし返事はない。
私は本当に焦りを感じていた。まさか何かあったのではないだろうか。例えばどこからか侵入者が娘を誘拐したとか――
馬鹿馬鹿しい。
そんなことがあるわけないだろう。
どこから人が侵入するというのだ。
ありえない。
ならばやはり、現実的に考えて――家のどこかにいるのだろう。メイドたちがわが子の帰宅を見逃していただけなのだ。そうに違いない。私の屋敷は広い。子供達は屋敷でかくれんぼをしたのではないか。
私は森を出て、また室内に戻った。汗でべたついたシャツを着替え、脱いだものを取りに越させようと大声を出す。
私はメイドを呼んだ。
しかし返事はない。
私はイラつきながら、今度は個人名を出して呼んだ。
しかし返事はない。
私は部屋を出た。廊下をせわしなく歩いて、この部屋にもあの部屋にも、どの部屋にもメイドや執事がいないことを確認する。
まさか……まさか、集団で暇を頂戴してくれたわけではないだろうな。いったいどんな怪盗集団だ――いや、笑えない。それではこの広い屋敷の掃除はどうするのだ。この洗濯物の立場は――
立場など、ないのか?
私は妻の名前を呼んだ。
しかし返事はない。
二度も呼ぶまでもない。
違和感を覚えるには遅すぎた。
私は室内に設置された電話を取った。この異常事態を誰かに知らせなければなるまい。さしあたっては警察か。人が集団で消えました――
私は愕然とする。
つながらない。
つながらないというか、ボタンを押してもまるで機械が反応しないのだ。プッシュ音も鳴らず、受話器の奥から無機質な音が流れていた。
それはちょうど無音の中で聞こえる、耳鳴りに似た絶望の音だった。
どういうことだ。
これはいったいどういうことだ。
携帯電話を取り出す。
圏外!
くそっ! くそっ、くそっ、くそっ、くそッ!
私はスリッパを放り出して、部下には見せられない醜態を晒しながら屋敷中を駆け回った。
おかしいぞ! 子供達が誘拐され、使用人は全員里帰り、妻は…………妻は、いったいどんな理由を付ければよいのだ!
壁を思い切り殴りつけ、家が悲鳴を上げるように軋んだ。……軋んだ? 何故軋む。この家は広い。そして丈夫だ。私が体当たりをしたところで、壁はへこむかもしれないが悲鳴を上げるように軋むことは無い――
そのとき、家が悲鳴を上げた。
耳をつんざく、金属の板を金属の針で引っかいたような音が、静まり返った屋敷の中で広がった。
私は耳を塞ぎながら、どうかしてしまいそうな思いで音源を探した。
私の指の間を抜けた針のような音は、私を狂わせていく。止めなければ!
私は! 私は! 私は! 私は!
次々と部屋の扉を蹴破って回った!
回るうちに、どんどん音が鋭くなっていく。
蹴破って、私が音源のある部屋に飛び込んだ瞬間、音は止んだ。
代わりに甘ったるくも美しい、不思議な旋律が生まれた。
生まれたなどと――私はおかしい表現をした。
最初からあったのだ。それを今まで聞く機会がなかっただけで、聴いていなかっただけなのだ。
オルゴールがポツンと、子供部屋の真ん中に落ちていた。
そして開いていた。
音楽はそこから流れていて、私に問いかけるようであった。
「あなたの願いは三つ叶う。叶う願いをいくつ願う?」
何を言っているのだ、このオルゴールは。オルゴールが喋っているだけで既に驚きなのだが、それよりも……いや、ちょっと待ってくれ、ちょっと待ってくれ!
「はい」
オルゴールは嬉しそうな声で私に言った。
本当に嬉しそうに、わが子を見るような親のような――堕落する子を見る人のような声で言った。
腹が立つが、それは怒っても仕方がない。
「残りの願いは二つです」
……は? 何を言っているのだ。馬鹿者め。オルゴールに尋ねるのもおかしな話だが、貴様は数の数え方も知らんのか。
「あなたはこうおっしゃいました。『ちょっと待ってくれ』と」
…………このオルゴールは私を馬鹿にしているのか。このようなわけのわからん事態に置かれたこの私を、蔑むように弄んでいるのか?
くそッ! ならば皆をどこへやった……いや、皆を返せ!
「はい」
ぼつ、ぼつ、ぼつ。
私の背後で何かが落ちるような音がした。
恐る恐る振り返る。
私の後ろにはドアがあったはずだ。
ドアがあったはずなのだ!
なのになぜ、肉があるのだ!
なぜ、私の足元に目玉のレプリカがあるのだ!
なんなのだ!?
「残りの願いは一つです」
願いは叶えられたのだ。
ああ、理性を飛ばして、あのオルゴールを粉微塵になるまで叩き砕いてしまいたい!
しかし待て、待つのだ私よ。後もう一つ、願いを叶えるまでは待とうではないか。
このオルゴール、完全に私をおちょくっているが、忠実であることに違いはない。さらに質問には答えるようだ。
「はい。願いに忠実です。ご質問には全て正しい解答をお返しします」
では……どんな願いでも叶えることができるのか?
「はい」
願いを叶えた後、ペナルティはあるのか?
「ありません」
では、これが私の最後の願いである。全て……全てを元に戻せッ!
私は言い放つ。
怒りを全て言葉に乗せて、オルゴールにぶつける。
オルゴールは。
また嬉しそうに笑いながら。
「はい」
おぞましい声でそう言った。
◆
とある家宅から持ち出された、鍵のついたオルゴール。見栄えが良かったので商人から買い受けた物だが、商人は鍵を持っていなかったので、本当に観賞用として買ったオルゴールである。
ゼンマイは私の家にあるオルゴールと同じゼンマイ巻きで巻けたのだが、蓋が開かないから音が鳴らない。
文句を言ったのは私の幼い子供達で、どうやっても開かないそれを机に叩きつけたり、床に落としたりするたびに女房やメイドに怒られていた。私はそれを横目に紅茶を飲むのが、たまらなく大好きな時間であったのだ。
私はそのオルゴールが開かないままであるように祈る。
使い古されたオチ無きオチではありますが、実はタイトル付けに迷った作品だったり。
以上でありました。修行企画でありますので、もしよろしければご感想をお聞かせください。なお、企画の趣旨に沿って「否定的意見や批判のみの感想は禁止」でお願いします。