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少女2


 宗教国家ヴァーナシア・イ・ラ・リュート。



 通称、聖国シャイラ。

 祝福の女神シヴァーレナーシャを奉る国である。






 国としては小さな部類であるが、歴史は一千を超えてと古く、また『祝福の女神(シヴァレーシア)』を信仰する宗教の総本山が建てられている国でもある。


 周りを大小の国々に囲まれているため海に面してはいないが、土地の七割が平原と森林であるため比較的豊かで、山地にいくつか湖を有しているため、水源に困ることもない。


 気候もほぼ穏やかで、極端な寒さや暑さがないので動植物も豊富である。


 これほどまでに豊穣な領土を持つ国を他国がほしがらないはずもないが、しかしこの国は未だかつて戦をしかけられたことはなかった。




 その理由としては、やはり宗教がまず挙げられる。


 女神信仰は大陸を代表する二大宗教の一方であり、その総本山である聖国シャイラを攻撃するということはすなわち、女神信仰者を敵に回すということである。高々一国が勝てるような相手ではないのだ。これに二大宗教のもう一方が加われば最悪である。大陸全土はたちまち戦乱に包まれ、血を血で洗う戦いが続き、収拾がつかなくなる。なので、下手な宣戦布告は己の首を絞めるだけなのだ。




 宗教が、この国を生き残らせ、歴史を誇る国家へと変貌させた。



 そしてもう一つの理由が、魔導学園(アカデミー)の存在である。

 この国は、優秀な魔導師数多く保有しており、そして学園を建設したことで魔導の質を高めたのだ。



















 魔導学園リヴリジスト(アカデミー)




 リリアはその日、非常に張り切っていた。


 それというのも、十日後の学園祭の日に、何と聖女様が学園を訪れてくれるというのだ。聖女様の訪問は半月ほど前から噂されていることだったが、まさか本当のことだとは思わなかったのである。しかも、だ。その聖女様を案内する生徒の一人に彼女が選ばれたのである。

 張り切らずにはいられなかった。




 だがまたとない機会なのはなのも自分たち生徒だけではないことは分かっていた。自分たちとってそうであるということは、聖女様を狙う不届き者にとっても貴重なチャンスであるということなのだ。

 聖女様を楽しませるためにはもちろんだが、警備のためにもやることは山のようにある。






 何が何でも学園祭を成功させて、聖女様に気に入っていただかなければ!

 そしてできれば、聖女様の御身を直に拝見させていただいて、お声を拝聴できれば……!


 彼女は健全で盲目的な、信仰深い信者であった。





 絢爛と続く廊下を曲がり、両開きの大きな扉の前に立つ。




「リリア・アンジェロ、参りました」



「お入りなさい」

「失礼いたします。」



 入って一礼をする。


 学園を代表するのであれば、不作法があってはならない。手の指先まで神経を通わせ、なめらかに動かしながら、少女は完璧な礼をとって見せた。


 そしてゆっくりと視線を床から離し、リリアは絶句した。

 室内には彼女のほかに八人の人間がいた。




 一人は学園長であるガヴァレル・トファレ様。


 その隣に副長であるアイリス・イオーレー様。


 そして近衛騎士長のヴァンシア・クロード様。



 この三名までは理解できた。学園長と副長は学園の責任者であるし、近衛騎士長は聖女様ご来訪の警備のためで、そしてほかの五人は…。


 ちらりと問題の五人に視線を移して、リリアは沈黙した。







 一人は金髪と褐色の肌、そして豊満な肉体が特徴的な女剣士だった。背は高く、露出された腕や足はきれいに筋肉が行き渡っているように見えた。赤い口紅が魅惑的で、目が合った瞬間微笑まれて、リリアは赤面した。


 一人は黒髪黒目黒服の美青年。腰には鞘に収まった剣が二本添えられているので、どうやら双剣士のようである。目を凝らしみるとぼんやりと剣に魔力がまとわりついているのが見える。どうやら本業は魔剣士のようだ。だが全身黒ずくめであるからして、大層不気味である。頭の天辺から靴先まで黒ずくめとはこれいかに。


 一人は長めの茶色の髪の青年で、目は細く柔和な顔立ちをしている。魔剣士よりは劣るものの、平均的な身長である。手にロッドを持っていることから魔導師のようだ。否、もしかしたら精霊使いかもしれない。


 一人は少し身長が低めの、黒髪黒目の女だ。一人だけ若く、もしかしたらまだ十代かもしれない。ゆったり目の服を着ており、武器らしい武器は特にはなかった。導師だろうか?無表情で学園長たちを見つめている。


 最後は異様に背が高く、また極端に筋肉質だった。長い赤毛の髪はまるで背中を覆う鎧でもあるかのように逆立っており、ハリネズミを連想させた。といっても一瞬で、体格差があまりにも違うため比較対象から外す。己の肩幅以上の幅の鞘には大剣が収められているのだろう。大き過ぎて少し怖い。







 五人のあまりにも統一性のないいでだちに視線を彷徨わせ、最終的にリリアは副長に目で助けを求めたが、その前に艶やかな微笑の声が漏れ聞こえる




 あまりにも少女らしい(うろたえた)表情に女剣士は笑いを零したのだ。


「うふふ、可愛らしいお嬢ちゃんね」



「え、あ、リ、リリアです」

「聞いたわ。アウグス・ラーリンよ」


 勇気を出して名前を名乗ってはみたが、あっさりと名乗り返されて微妙に困ってしまう。微笑もそのままで、流れからしても明らかに笑われているのは自分だった。

 なぜ笑われているのか知りたいが、誰に聞けばいいのだろう。一般的な思考からすると学園長、または副長であるお二人に聞けば間違いないのだろうけれど、でもそこまで親しいわけでもないのにいいのかどうか。近衛長は端から除外対象である。そもそも話したことがない。

 この部屋に一般教師がいないことがどうしようもなく悔やまれる。せめて特別講師でもいいから何人かはいるべきのはずである。部外者五人に対して関係者四人の、しかも四人のうち一人が生徒なのだ。何かあったらどうするつもりなのだろうか。


 混乱のあまりリリアの思考は破綻し始めた。

 それでも貴族として培われてきた教育は、今までの特訓の成果とばかりに彼女の表情を困惑顔のまま保たせ、内心を上手に覆い隠してくれた。



 もちろん困惑の感情も確かにあったので、まるっきりの偽装でもなかったが。



 困惑の表情を見て助け舟を出してくれたのは意外にも、問題の五人の中の一人だった。





「『天上の炎華(フレイア)』、あまり年下をからかうものではありませんよ」

 柔和な顔をした青年はそう言って軽く頭を下げた。



「失礼いたしました、リウと申します。家名は申し訳ながらも放浪の半ばゆえ控えさせていただきます」

「おいおいおい!!なーにを気取ってやがる」


 気取ったように礼をとる青年の律義さを笑い飛ばすように、大男が笑い声をあげた。いかにも背中を叩きそうな身振りをしたかと思えば、大男は自分を指さして自己紹介を始める。



「まあいいがな!オレはヨーラン・ハリスティ、よろしく頼むぜ嬢ちゃん!!」

「は、は、はいぃぃぃ!」



 ガハハッ、と大男は笑い声をあげる。

 陽気な男を仕方なさそうに眺めているところからすると、大男と女剣士は面識があるようである。大声に怯みながらも、リリアそう読みとって一言も声を発さない残りの黒髪二人をちらりと見上げた。



「ところで、お二人の名をお伺いしても?」


 空気を呼んだのか、青年が尋ねる。先ほどもフォローを入れたことと言い、意外と気遣いのできる人なのかもしれない。異色の五人に混じっているからわからなかったが、案外まともな人のようだ。

 評価を付けるリリアをよそに、促されたのか、男が口を開いた。








「……『(ヤーヴェ)』」


 ぽつりと落とされた呟きに、先に自己紹介をした三名もさすがに沈黙した。





 (ヤーヴェ)


 それは夜の(ヴェース)の五使徒の中の一使徒。

 夜の闇より現れ、静かに影のように去る。

 その使徒の役目は夜の(ヴェース)に害をなそうとしたものを捕えることであり、憂いを払うことだという。




 しかしこの場合は持っている二つ名に驚いているというより、むしろその名乗りに呆れた。

 性格の差か、ヨーランが呆れを隠さずに頭を掻きむしりながらため息をついた。



「そりゃァ二つ名じゃねぇかよ。普通の呼び名はねぇのか」

「無用」

「無用じゃねェよ。さっさと名乗りやがれ」

「『(ヤーヴェ)』」

「だからよォ」

「『(ヤーヴェ)』」

「………………」

「『(ヤーヴェ)』」

「テメェっ、おちょくってんのかアァァア!?」


 喧嘩に反転しそうな二人に慌ててリウが諌めに入る。


「ちょッ、あなたが切れてどうするんですか!長い髪に反して随分と短気ですね!?」





「ちょっと。髪は関係ないでしょう失礼ね!」



 まったくもってその通りである。

 内心で頷いた。

「それだとあたしも短気見たいじゃない!」

 そっち!?


 ちなみにアウグス・ラーリンは短髪である。








「え、えーと、そちらの方のお名前は……」

「シラという」


 単語でないだけ、マシなのかも知れなかった。




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