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愛しの勇者さま  作者: 鈴宮
帰都編
9/22

7/同道

――軽そうな娘っこでオラ安心すたべー。あんな大男らを乗せたらオラ動けないべー

勇者さまに無礼な口をきいたら承知しない。

大体、足はのろい、力はない、その上頭も悪いなんてとんだ駄馬だ。

働かないから体よく処分したのか、業突く張りのガマめ。

――なっ! この娘っこオラの言ってること分かったべ!? 馬なんたべ!?

たわけ。

魔王に分からない生き物などいないわ。

――ははあ。魔王サンはなんだって王都まで行くんだべ

勇者さまが行くっていうから。

少しでもサボったら馬肉にでもしてやる。

――ひえええ。この娘っこは可愛いツラして極悪だべ

お前、魔王と信じてないの、それとも分かってないの?

まあいい、もう黙れ、この駄馬が。

カッパカッパカッパカッパ……

やっぱり森はいい。

朝になったら臭気は残っていなかったけど、森の緑のおいしそうな匂いには敵わない。

――腹減ったべー、もう無理だべ。動けないべ。

本当に勇者さまのお食事になりたいのならそうしてやる。

――あの草っぱが食べたいべ。他の奴らも食べたいのを我慢してるんだべ。ウマいんだべー

おいしい草?

あの薄緑の瑞々しい草のこと?

言われたら食べたくなってきた。

――よだれ垂れてるべ。やっぱり魔王サンは馬だったべ?

「隊長ーー! リュリュちゃんが止まっちゃって進めません!」




 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *




時刻は昼前だったけど、早朝に出てきたのでお昼ごはんになった。

「え、その草食うの?」

「むぐ?」

「馬たちもやたらと喜んでるみてえだが……うまいのか?」

――うまいべー

――田舎者のくせに舌は肥えてるらしいな

――あのお姫さんも良いセンスしてるよなー




 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *




山の中はとても穏やかで生き物のざわめきは大層控えめだ。

いたずら好きの動物といっても、魔界のそれとは比べ物にならない。

いきなり鋭利すぎる根を土の下から突き上げたり癇癪を起こして枝葉を振り乱す怪樹や爆糞を落とす魔鳥や消化される食沼や泣きわめくバンシーや、とにかく煩わしいそれらが全てない。

いなければいないでどこか物足りないと思うのだから可笑しなものだとも思うけど。

どろどろに脳が溶けてしまいそうなほど長閑だ。

死に損なった魔族の身体がよくどろどろに溶けているのは実はあまりに長閑な生活を送っているせいなのかなあ。

「なあリュリュちゃん、さっきから何ブツブツしゃべってるの?」

機嫌がいいからか今は会話をしてもいい気分になっていたから返事をしてあげた。

「もうすぐ雨が降るねって」

「は?」

ジェンニはものすごく間抜けな顔をした。

「えっと…ごめん、何から聞けばいいのか」

もそもそ呟いたり宙を見上げたり首を振ったり要領を得ない。

なんなんだろ、気色悪い。

「雨が降るわけ?」

「うん」

「どんくらい?」

「さあ。でも、そこらへんの生き物は避難し始めてるけど」

あとこの駄馬も逃げたがってる。

「隊長ーー! 退避です!! リュリュちゃんがもうすぐ雨が降るって言ってます!」

勇者さまは騎馬の歩を止めてこちらを振りかえった。

そっか、勇者さまに伝えていればこうやって隣にいられたのか、気付かなかった。

「魔術師ってのは天気の変化まで分かるものなのか。確かに少し雲行きが怪しくなってきたか。ジェンニ、どこか雨を避けられる場所を探すぞ」

「はい!」

ジェンニははきはき答えたものの、返事だけだった。

それから間もないうちに、透明な滴がポツポツと降ってきたかと思うと、空の上でヴォジャノーイが怒っているみたいな洪雨並みの雨が降ってきた。

人界でもそれなりに過酷な環境はあるもんなのね。

この状況の何が困るって、この駄馬が()たないかもしれないことだ。

こんな状況で死なれてはゆっくり勇者さまの食事に(りょう)ることもできない。

視界も悪くなる一方の中で、かなりの幸運だと思うけど、馬も入るくらいの洞窟を見つけた。

やっぱり勇者さまだから何か特別な星の下に生まれたってことかな。

「とりあえず濡れた服を乾かすしかないな」

洞窟の中に入って雨に視界を遮られなくなり、やっとちゃんと目が開けられるようになった。

で、ジェンニの奥歯がカタカタ鳴っていて、勇者さまの唇もペット(ケルベロス)の唇のように紫になっていることに気が付いて仰天した。

「勇者さま、どうされたのですか!」

「お前は寒くないのか」

問われてやっと気がついた。

魔界は過酷な場所だ。

灼熱の夏、極寒の冬、マグマがぐつぐつ噴き出して流れてくることはしょっちゅうだったし、気まぐれで水場は凍っていた。

だから今もちょっと鬱陶しいくらいで全く寒くなかったし、むしろさっきまでの暑さが冷まされて心地よかったぐらい。

「お寒かったのですね、気付かずに申し訳ありません。今温めてさしあげます」

勇者さまのずぶ濡れの身体に抱きついて服を脱がせてあげようとしたら、何故か勇者さまが勢いよく仰け反ったので、突き飛ばされそうになった。

勇者さまはよろけた私を支えてくれたけど、なぜかすぐに随分離れて一人で服を脱いでしまった。

上半身だけだったけど、鍛え上げられた均整のとれた裸体は皮膚もその下にあるだろう筋肉は芸術的にさえ見えた。

ところどころ走っている傷跡はなんらの問題でもなく、むしろ激しい戦いの中で生き残ってきた証に思える。

背筋にぞくぞくと痺れるような感覚が突き抜けてうっとりと見つめてしまった。

「隊長、小枝はどれも湿っていて火がつきません」

「くそっ」

「ジェンニは何に火をつけたいの? その服を燃やすの?」

もともと服はボロボロだったし、雑巾のようなのだから捨てるのかと思ったのだ。

「何で燃やすんだ! このまま焚火ができなきゃ、身体をこわすだろうが!」

身体が壊れる?

寒さで勇者さまの美しい身体が台無しになってしまうなんて許しがたいことだ。

人間が脆いことを知っていて良かった。

咄嗟に思いついたのは魔界の住人たちが大好きなサウナだった。

ここは上も下も石だらけの洞窟だ。

すばらしいサウナができると思い、勇者さまに心配ないとお伝えしたくてにっこりと笑いかけてから即席サウナを作った。

結果、魔族でも下級の魔族では逃げ出したくなるような灼熱サウナができた。

石にへたり込んでいたジェンニのズボンの尻部分が焼け焦げ、吹き込む風にひらひら舞っていた勇者さまのマントも焦げた。

またもや魔力の調節ができなくて焦った私はさらに熱量を上げてしまったらしく、洞窟を支えていた木の根や葉が灰と化してパラパラと天井から落ちだした。

気付いた勇者さまの機転で外に脱出はできたけど、洞窟は崩壊し、せっかくの雨宿り場所を失ってしまった。

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