従者の話1/勇者と従者
「ジェンニ、お前はエイナルと二人で北西巡察な」
「へ? 俺と隊長だけなんすか?」
「なんだ、俺の決めたことに文句でもあるのか?」
「いやいやいや、だって他の班は少なくとも4人はいるし、寝ずの番だって大変だし!」
「パワーバランスと相性の問題だ」
「そんな! ちょっ、副隊長!!」
俺の所属する第4王立騎士団が国内視察を命じられて都を出てから早3ヶ月が経っている。
特に王都から離れてはいるが商業で栄えている都市などは、都市の力が強く、王都の支配が行きとどかない分、色々色々面倒なことがあった。
収賄が横行していたり、官吏と名士が癒着していたり、というのは全然問題にならないほうで、実は国に反旗を翻そうとする輩が燻っていたなんてことがあったりして、都を出たことがなく、単なる社会見学気分の俺としては驚くことがたくさんあった。
主な都市を巡った俺たちはその後各班に分かれて辺境巡察ということになった。
そして冒頭の会話だ。
確かにエイナル隊長は、下級貴族の出身に加え、34という異例の若さで王立騎士団の隊長を任されている。
俺を始め、新人隊士は隊長の強さをよく知らない。
まだ大きな戦いとかがあったわけではないし、参謀役の副隊長が大体片づけてしまうからだ。
だが俺は、最初に巡察に訪れた街で隊長の強さを見直すことになる。
初めて見た魔族に茫然としていた俺に少女を守るよう指示し、自分は全く怯まずに飛びかかってものの数分で3匹の魔族を倒してしまった。
街の人々は隊長を勇者と崇め、直接には俺が守ったはずの美少女さえ隊長を勇者と言って懐いてしまった。
* * * * * * * * * *
「なに、魔王って存在するの? 倒すべきなわけ?」
後から考えてみればよく首が繋がっていると思うような無礼な発言だった。
「馬鹿じゃないの?」
だが、この時の俺は目の前にその魔王がいるなんてまったくまったく思いもよらなかったので、なんで俺はこんな成年したばっかの少女に見下されなけりゃいけないんだと本気で不貞腐れそうだった。
「魔王は魔力の番人だと聞いただろう。この世に魔力がある限り魔王が存在しないわけがない」
「そのとおりです、勇者さま!」
そういえばそんなことを聞いたかもしれない。
「魔王を倒す必要があるかないかといえば、魔族からの酷い害があるわけでもない今、この大陸の秩序を保つ魔王を倒す労力は無駄手間としか言えないだろうな」
「そうですよね、勇者さま」
「じゃあ隊長が勇者さまと呼ばれる意味もないわけですよね。確かに魔族は倒したかもしれないけど勇者は魔王と対なんだし」
「魔王を倒しにきたのかと思ってたんだもん。なぜ勇者さまはこんな者を従者にされているのですか? もし邪魔でしたら除去いたしますよ」
珍しい深紫の大きな瞳を持ち、美しい黒い直髪をたなびかせる絶世の美少女が満面の笑顔でこんなこと言いはなつなんて、幻覚かなにかだと思いたい。
やっぱり膨大な魔力は何かを歪めるんだろうか。
頼む、俺の存在を無視するのはいいけど消すのはナシだ!
つうか、何?
俺の扱いって従者だったわけ!?
大体なんでこの子は、パッと見は男むさいおっさんでしかない隊長にこんなにも懐いてるんだろう。
大して優しくされてた訳でもないのに。
「また焼滅させるつもりか? お前の場合洒落にならねえんだからやめてくれ」
一瞬で消え去った巨大な鳥たちを思い出して俺は身震いした。
あんな風に骨も残さず消されてしまったら家族だって泣くに泣けないだろう。
「血肉が一滴も残らない良いやり方だと思いますけど」
大体、リュリュちゃん、失敗したってどんよりしてたろ!
俺にぶちかましてまた失敗して次は俺の乾燥肉でもできあがってたらどうするつもりなんだ!
俺は無意識のうちに隊長に隠れるように隊長の背中にしがみついていた。
「ああっ! ずるい!」
「は? って、おい!」
うろたえる隊長を無視してリュリュちゃんは隊長の腹に飛びついてきた。
「うわっ、離れろって、隊長ごと殺る気か!?」
「ジェンニこそ勇者さまから離れろ、この下等生物!」
「言うに事欠いて下等生物はないだろ!?」
「お前ら、いいかげんにしろ!!!」
後から思い返せば実にのどかな出発前夜だった。