5/魔力
「結果としては処理できたんだからそんなにしょげるなよ、リュリュちゃん。珍味は味わえなかったけど」
残った臭気も朝までには霧散するだろうと今はガマの家に帰る途中だ。
私はと言えば、魔王なのに魔力を制御できなかったことにちょっと茫然としていた。
原因は分かっている。
変態のせいだ。
考えてみれば今回の変態後、まともに力を使ったのは今回が初めてだった。
5年前の変態の時も魔力が不安定で使いにくかった時期がしばらく続いたのを忘れていたけど、今回はもっとひどいかもしれない。
実は魔力を隠した時にもおかしいと思ったんだ。
ちょっと魔力を収めようとしただけなのに、0か100にしかならないから。
どの程度使えるか確かめておくべきだった。
「わー、ホントそんなに気にすることないって! 隊長もなんとか言ってあげてくださいよ、黙ってると無駄に怖いんですから」
「あそこまで綺麗さっぱり残骸すら残さなかったんだから皆安心して感謝するだろ。おかげで明日には出発できる。上出来だ」
言葉とともにぽすんと頭を撫でられて背中が震えた。
顔の筋肉がふやけたようにうまく動かせない。
確かに魔力が使えないわけでもない上に、大技だったら問題なんだから気にすることなんかなにもないじゃない!
「はい! 勇者さま」
「……リュリュちゃんて、基本俺のこと無視だよね。なんでさ」
* * * * * * * * * *
「勇者さま、おかえりなさいませ。首尾はいかがでしたでしょうか。あの魔物は…」
ガマが出迎えてきた。
「全て片付いた。念のためしばらく様子を見たほうがいいかもしれんが、毒の影響も恐らくないだろう」
「そそそそそれはまことでございますか! 安心いたしました。それで、費用のほうはいかほどかかりましたでしょうか…」
「費用はかかってはいないんだが。いや、ちょっと待て。小娘、お前金は持ってるのか」
人界にあるのは知っていたけど、持ってはいないし見たこともない。
「金の前にリュリュちゃんて何も持ってないよなあ。巾着一つ?」
「一体何を持ってきたっていうんだ?」
「中身は鉱石です。街で換金できると聞いたので」
巾着には人間が好むという鉱石の塊をいくつか入れてきた。
結構な値になるはずのそれをごろごろと取り出すと、ガマが本物のガマのように「ぐぇっ」と変な声をあげた。
勇者さまとジェンニも驚いているみたいだった。
「これをどこから採ってきた?」
「魔界です。魔界には人間の知らない鉱石地がありますから」
それを聞いたガマがぴくりと動いた。
下級魔族の玩具にされやすい人間のお手本みたいで本当におもしろい。
だが今の魔界を荒らされると面倒なのも確かなので牽制はしとこう。
「貴様では魔界に足を踏み入れることはできないし、入れたとしても生半可な魔力の持ち主でなければ生きて帰れないぞ」
ガマの目を見つめて軽く圧をかける。
「は、はあ。う、あー…ではこの鉱石の換金は私めがいたしましょう。色をお付けしてお返しいたします、お嬢様」
「なにこの迫力…。隊長」
「なんだ」
「俺、魔術師は碌でもない説にちょっと同意しそうです…」
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用意された夕食が目の前には並んでいて、勇者さまはざくざくと豪快に皿のものを食い倒している。
その中身が私の嫌いな肉であったとしても、勇者さまの中の熱き血潮を作るものだと思うと、その食べっぷりを見ているだけでどきどきする。
隣でジェンニも次々と皿を空にしていて、量だけならジェンニの方が多いくらい。
「ジェンニ、これ食べて」
「初めて呼ばれたと思ったら呼び捨て? 俺なんかしたんなら謝るけど…」
「野菜しか残らないじゃねえか。…まだ鳥のことを気にしているのか? いくらジェンニが食い意地張ってるからってそこまで気にしねえよ、力つかないから食べろ」
「いえ、私は血肉が嫌いなんです。食べると吐きます」
勇者さまは怪訝な顔をした。
やっぱり勇者さまはしかめつらしい顔が似合うなー。
「お前の話からすると、お前は相当な魔力の持ち主らしいが、それと何か関係があるのか?」
魔力と関係があるかと言われれば、魔力は私そのものみたいなものだからあるかもしれないけど、うーん。
あ、そっか、さっき失敗したのって本当はさっさとアルゲンタビスを消してしまいたかったからだ。
いつもは意識だけで抑えられるけど今はより強い本能が優先されてしまうのかもしれない。
それもそっか、魔王なんだから自分の欲望が優先されるに決まってる。
「おい?」
「あ、いえ、そうですね。関係あるといえばあるのかもしれませんが、よくわかりません。元々の魔力の性質がそうだった、ということなのだと思います」
勇者さまは良く分からないという顔だった。
「俺はさあ、魔力ってのがよくわからないんだよね。魔力があると人間でも魔界に入れるの?」
魔界に来る勇者さまの従者にしてはあまりに無知すぎる。
…勇者さまはどうやら本当に魔界に来るつもりがなかったということなのかな。