3/ヴィサ
「私、魔術を」
「魔術だと?」
「うわっ、隊長、目つき悪っ」
魔王とバレてしまったのか勇者さまはメデューサもびっくりするような凶悪な目つきになった。
さすがとしか言いようがない。
「魔術なんて軽々しく使うものじゃねえよ。魔に引き込まれる。無駄に騒動を引き起こすだけの厄介なもんだ」
バレたわけじゃなかったけどやっぱり魔王を敵視するだけあって徹底してる!
「た、隊長…頭ごなしに全否定しなくても…」
「お前はまだガキだったから知らねえだろうがな、昔、といっても10年ほど前の話だ。頭のブチ切れた白髪の魔術師がいた。あいつは騒動を引き起こすだけ引き起こして自分の尻も拭わずに忽然と消えた。思いだすだけでも忌々しい紫の瞳だ」
「隊長~、彼女も紫の瞳なんですよ。滅多なこと言わないでくださいよ」
その一言を聞いて勇者さまは私のことをじっと見つめた。
ハエのくせになかなか良い仕事をすることもある。
「それより、俺知ってますよ、その話。家名のない魔術師って都じゃ有名だったでしょ。なんでも、魔術学校創設以来の大天才で、教授全員の髪を色染めしたとか、会議中の貴族たちの声を全て獣の声に変えたとか、王の寝室の壁画を官能画にしたとか…」
「最後に関していえば王は大そうお喜びだったがな」
「庶民は腹抱えて笑ってましたけどね。名前はたしか…ヴァイ…ヴァス、いや……」
10年くらい前といえばヴィサが人界に出ていた時期と一致する。
白髪で紫の瞳。
この予感は十中八九はずれない。
「ヴィサ」
「あ、そうそう! 君よく知ってるなあ、ってあれ? さっき寝ぼけてそんな名を呼んでなかった?」
このハエは脳味噌が足りなさそうに見えて案外使えるのか?
「ヴィサは私の父です」
* * * * * * * * * *
10年前に私が卵から孵ったとき、そこは既に魔王の椅子の上だった。
目を開けて一番最初に目に映った生き物がヴィサだった。
「ようこそ魔界へ、我が魔王陛下」
その直後から半年ほど、ヴィサは人界に出ていた。
既に100年以上生きていたヴィサだったが、その時まで魔界を出たことがなく、ふらふらと人界見物をしていたところ、魔力を使う者だと人間に気付かれ、魔術学校とやらに押し込まれたらしい。
逃げようと思えば容易くできたはずなのに、それをしなかったということから分かるように、ヴィサは魔術学校での生活を満喫していた。
ヴィサが人間に魔術を教えてもらうなど片腹痛い話だけれど、随分と優遇された生活を送ったらしい。
大した悪さもせずに、ただ時折気晴らしの悪戯をしながらずっと人間を観察していたと言っていた。
だがそれにも飽きた頃、私の育成にお手上げ状態だった魔族たちに泣き付かれていたことを思い出し、急遽魔界に戻ってきたのだった。
勇者さまのおっしゃった“頭のブチ切れた”という表現は魔界基準から見てもなかなか的を得ていて、私が生まれてくれて本当によかったと皆に言われたものだったが、私の面倒を見ることができる程の力を持つ魔族はやはりヴィサをおいて他にいない。
ヴィサ以外の者は私に長時間触れていることもままならなかった。
ヴィサは私の側近であり、父であり、兄であり、友であった…のだと思う。
色々と思うところがありすぎて素直にそう言いきれないけど。
* * * * * * * * * *
「ヴィサの娘…」
「天才の娘…?」
戸惑うような表情で勇者さまは私の顔を見つめてる。
やっぱりイイ。
うっとりと見つめ返しているとハエが鼻息荒く叫びだした。
「都まで連れてってあげましょうよ、隊長!」
「何!?」
「だって連れて帰ったら大手柄ですよ、きっと! 天才の血をひく魔術師だったらその力にも期待できますし、もしかしたら父親を引きずり出すこともできるかも!」
「爆弾を抱えるようなもんだろう」
「強力な魔術師がいればいるほど国の戦力に繋がる時代ですよ! 他国に取られるよりはマシでしょう?」
「……」
勇者さまはまだ何か言いたげだったが黙り込んでしまった。
ということは勇者さまについていってもよいということでしょうか!
グッジョブ、ハエ!
敬意を表してこれからは貴様の名を呼んでやる。
過分の格上げだ、喜べ。
それにしても、まさかヴィサがこんなところでも役に立つとは思わなかった。
魔界での騒ぎを抑えているのもおそらくヴィサだろうし、あとで何か褒美でも考えてあげてもいいな。