従者の話3/嵐
大きな瞳からあっという間に溢れ出た涙は、とても無垢なものに見えた。
「追うな、ジェンニ」
醒めた口調で隊長は言った。
「最初から分かってたはずなんだ。魔術師は禍の元にしかならねえ。どんなに良い効能を持っているとしたってその本性は手に負えない毒草みたいなもんだ」
馬の背に積んでいる魔女の草を剣先で切り裂いた。
荷紐が切れて地面に散らばった毒草は澱んだ血だまりの血を吸ってますます怪しげだったが、俺には隊長に決別されたリュリュちゃんとかぶって見えて少し切なくなった。
リュリュちゃんが消えた後、徐々に降り出した雨は一気に土砂降りになり、まるで天変地異でも起こりそうな勢いで激しく地面を叩きつけた。
土砂崩れは起こるわ、山は揺れだすわで、泣きっ面に蜂だ。
絶対に絶対にリュリュちゃんの呪いに違げーねーよー。
言ったら隊長にこれでもかってくらい睨まれた。
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「ここの街が終わったら王都に帰れるんすよね」
長く辛い旅もこれでおしまいだと思うと気持ちと共に足が軽くなる。
リュリュちゃんがいなくなってから一向に良くならない天候の中、俺たちは最後の街へと向かった。
心のどこかで戻ってくるんじゃないかと思っていたリュリュちゃんは姿を現さなかった。
本当に山へ帰ったのだろうか。
昔、飼ってた猫がいつの間にか居なくなった数日後、偶然河原で死んでいるのを見つけたというガキの頃の切ない記憶を思い出した。
リュリュちゃんは寿命とは縁遠い年だし相当強い魔力の持ち主らしいが、慣れない人里で事件に巻き込まれていないかやはり気になる。
異質なものが異質なものを呼び込むというのは古今東西の常識だ。
だが隊長はそんな俺の心配を「かかわるな」の一言で一蹴した。
だから俺達は振り返ることなく王都への道のりを進み、最後の街に到着した。
辺境の街の中でもそれなりに大きく貴族の別荘地として存在しているこの街は少々厄介な街だ。
金の集まるところには何かしら暗いものがあると相場は決まっているが、相手が貴族となると、場合によっては無視しなければならないってこともある。
国を揺るがす大事件にもなりえないような多少の悪さなら金で目を瞑る。
腐った話だがそれが処世術っていうかもんで、貴族の嗜みとすら言える。
ところが我らが隊長はそんな嗜みを平気で蹴り倒すお人だったりして、それを承知で副隊長が俺達をこの街に組み込んだっていう事実を俺はまだ知らなかった。
吹きつける嵐よりももっと危険な存在に俺達は、っていうか俺はまだ気付いていなかった。
* * * * * * * * * *
気付かなければよかったものを、隊長と俺は気付いてしまった。
その屋敷は王都に住んでいるとあるマイナー貴族の名義だったのだが、人の出入りがやたら激しく、しかも最近やけに頻繁にメイドが雇われるようになっているらしい。
俺達は街の警邏隊と接触して細々とした街の治安などを検分しながらその屋敷の警戒を続けていたのだが、考えが甘かった。
既に警邏隊もその怪しげな動きに懐柔されていたもんだから、あっさり俺達は裏切られて囚われの身だ。
国への忠誠はどうした!!
誰が給料払ってやってると思ってんだ!!!
そんでもって連れられてきた屋敷の地下。
俺だけでなく隊長も絶句した。
目の前には美女、美女、美女!!!!
それも全裸で横たわっている。
だが背景が薄暗い地下室ではそんな天国のような光景も墓場か地獄絵図にしか見えず、俺は今、この間痴女と一晩明かした時の隊長と同じようにげっそりしていると思う。
眠っている彼女達が目を覚ましたらきっと阿鼻叫喚の大騒ぎになるに違いない。
「魔族を召喚しこの国を破壊させる」
「この世は我らが天下よ!!」
分かりやすーくあくどく笑っていたのは3か月前に横領の罪で財務省を首になった大貴族と、婦女に淫らな行為を強要した罪で王立魔術学校を首になった魔術師だった。