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愛しの勇者さま  作者: 鈴宮
帰都編
18/22

15/煩悶

魔界に帰ってきて3日くらい経った。

人界での話を聞きたいと、エイネにはせがまれヴィサは私を懐柔しようとやっきになったけど全然そんな気にはなれなかった。

薄暗くて陰鬱でどろどろで灼熱地獄と極寒地獄に次々と襲われているような場所だけど、目の前に広がるものも、ここから見えないものも、全て私のものだってことに気付いたら愛しくてたまんなくなった。

それで外を切望しなくなった。

より故郷を愛するようになった私は魔城の修築とか魔界の手入れに励んでる。

でも、無心で作業をしてるとどうしても思索めいてしまうもので大抵は魔王という私の存在について考えていた。


全てが私の手のひらの上にあって、どうにかしようと思えばどうとでもできる。

目の前に広がるものも、ここからは見えないものも、全て私の手のひらの上にあって、どうにかしようと思えばどうとでもできる。

また人界に行きたくなったら行けばいいし。

そうだよ。

おもしろそうだからついていったんだった。

行きたいと思えばいつでも行けばいいし、帰れって言われたからって私のものなんだから文句言われる筋合いもないし。

勇者と魔王の物語なのにどっちも死なずに終わるなんておかしいでしょ!

だいたい殺すって言ったってあの勇者さまは私を殺すことなんてできやしないのになんですごすご引き下がらなきゃいけないなんて思ったんだろう。

別に勇者さまが私のことをなんと思おうと関係ないことなのに。

あー、なんであの時私ってば逃げ出したりしたんだろう。

私の前では無力に等しいあの人間が私を支配した。

私の心を乱し、欲望を湧き立たせる。

強欲で、傍若無人で、気まぐれな魔の本性を剥き出しにする。

魔王なのに自分の欲望が分からなかった私に魔族らしい欲望を与えた。

でも私は自分の欲の満たし方すら分からない。

おかしい。

おかしいな。

本当におかしいな。

本当に。

エンドレス。


こうして毎日毎日勇者さまのことから頭が離れないまま誰にも言えずに悶々とした日々を送っていた。




 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *




私の鬱々が日毎に増すせいでヴィサは怒った。

「そのような下等生物にご執着されるのは嘆かわしいと存じます。ですがそうですね、……召し上がってしまえばその下等生物は完全に陛下のものになるかと」

肉を食べるということに反射的に顔を顰めたが、勇者さまを食べてしまうことを夢想してしまった。

嫌いな肉の香りのはずなのに勇者さまのはとても甘い。

そうしてしまえば、寂しくない?

ずっと私だけのものになる?

……ううん。

それは違うような気がする。

「ご満足されかねるようですね。剥製にしてお持ち帰りになればよろしいのでは?」

剥製にしてしまったらただ一つの姿しか愛でることができなくなる。

それではつまらないだろう。

呼ばれて胸が高鳴った。

そうだ、剥製にしてしまっては優しくて低い声も聞くことができなくなる。

それに血が脈打たなくなればあの温もりは二度と感じられない。

何より私を抱きしめてくれるあの腕がなくなってしまったら全く価値のないものになってしまう。

「では少々手間はかかりますが傀儡にしてしまえば良いのでは?」

傀儡…

試したことが一度もなかったから全然思いつかなかった。

名案かもしれなかった。

名前を呼んでもらうことも、また抱きしめてもらうことも、温もりを感じることもできる。

ああでも、傀儡にしてしまったらあの時のように予想外の言葉に驚いたりできるだろうか。

怒鳴り声を聞いて、胸が痛くなった。

今ではその痛みさえも懐かしいくらいだ。

ダメだ、ダメだ。

やはり勇者さまは人間のままでいてもらわなければ面白くない!

「下僕になさりたいということでしょうか?」

「勇者さまは勇者なんだもん。下僕じゃないもん」

甘美な魔力を持っているわけでもない。

魔力だけならヴィサのほうがよっぽど芳しい。

なのに、どうして隣にいるだけであんなに満たされたんだろう。

近くにいないことがどうしてこんなに辛いんだろう。

睨まれて罵られたのにどうしてまだ欲しいと思うんだろう。

あの人は勇者だけど魔王城ここには来ない。

ヴィサの言うようにすることはできない。

星の欠片が美しく光っていなかったのは近くにあるからじゃなくて死んでたからだ。

あの人は星だ。

遠くにあって手には届かない。

夜に散らばる空の宝石のように、どんなに美しくても手に入れてはいけない人だ。

手に取れば死んでしまってその美しさをうしなっちゃうんだ。

歴代の魔王の苦しみを理解した気がした。

目の前にあるのに、他人が手にしているのに、自分は触れることすらかなわない。

欲が溜まって澱んで、悪心となって噴出する。

配下たちはその悪心を吸いこんで、また吐きだす。

美しいものをなんなく手にしている人間たちを弄び、誑かし、破滅させていく。

それに倣ったら勇者さまはここまで来てくれるかなあ。

「どうされたというのです、我が魔王陛下…。魔王たる者がそのような些細なことにお気を囚われるなど。もっと傍若無人になさったらよいのですよ」

そうしたいのにそうできないから悩んでるんじゃないのさ!

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