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愛しの勇者さま  作者: 鈴宮
帰都編
11/22

9/星

この日はこのまま洞窟で過ごすことになって、勇者さまとジェンニは干した肉とかを夕食にしていたけど、私は食べる必要がない。

もちろん好きなものは草とか木の実とかなのだけど、おやつ感覚で食べてるだけ。

何が私の魔力を生成し生きながらえさせているのかは自分でも分からない。

「本当に食べなくて大丈夫?」

「昼も草を食っただけだったじゃねえか」

食べない私を勇者さまとジェンニは不可解な生き物を見る目で見ていたけど、とにかく干してあっても肉は肉なので食事の間は遠ざかっていた。

夜は二人が交代で寝ずの番をすると言っていたけど、実は食べる必要もなければ寝る必要もない。

さすがに睡眠を取らないのはおかしすぎるので眠ったフリをしてずっと雨の音を聞いていた。

夜半には雨はあがって雨音が消えていた。

起き上がると焚火の横でジェンニが寝ていた。

洞窟の外に出て空を見上げると、空からは雨雲が一掃されていて漆黒の空には一面に光の粒がばらまかれていた。

手を伸ばして飛び跳ねても届かない。

「目が覚めたのか?」

「勇者さま」

勇者さまは洞窟の入り口に腰を降ろしていて、手招きをしてくださったので勇者さまの隣に座り込もうとすると「濡れるぞ」と言って膝の上に乗せてくれた。

あったかい。

ヴィサ以外の者の体温なんて随分久しぶりだし、ヴィサだってこんな風には私に触れない。

「15だなんていってもまだまだ子供だな。寒い場所で寝てたってのにまるで熱の塊だ」

勇者さまが温かいのかと思ったけど違ったらしい。

「まともに食事はとらないし、眠りも浅い。やはり旅は辛いんじゃねえのか?」

頭を撫でるように髪を梳かれて心地良い。

「いいえ。魔力を多く持っているとそういうものが必要でなくなるのです」

実際の因果関係の有無は知らないけどそういうことにしておく。

「つまりそれだけ膨大な魔力を持ってるってことか?」

「はい」

この世で一番持ってる。

今はうまくコントロールできないけど。

でも、そう答えたら勇者さまは大きな溜息を吐いてしまった。

「やっぱり失敗したかもしれねえな。変な事に巻き込んじまいそうだ。可愛い娘をふらふらと出歩かせるなんてお前の親父は一体何をしてやがんだ」

そろそろ魔城は落ちついた頃だろうか。

ヴィサとエイネが喧嘩してなければいいけど。

帰ったらどっちかの血肉が飛び散ってたなんてことになってたらいやだ。

実際そんなことになったら誰かが片づけておいてくれるはずだけど。

「母親はいないのか?」

「はい」

「珍しいことじゃないが、父親がアレじゃ苦労しただろうな。じゃあ父親以外に周りにはいなかったのか? まさか女に会ったことがないとか言わねえよな?」

「女…エイネ?」

「エイネ?」

「いつもヴィサと喧嘩しているのです」

「…ああ」

勇者さまの声が酷く優しげでなんとなく振り返ると、指の腹で摘ままれるように頬を撫でられた。

青葉色の瞳を見つめると私だけが映り込んでいることになぜだかとても満足感を得て、またうっとりと見つめてしまった。

無性に草が食べたい。

でも勇者さまは眉を顰めて顔をそらしてしまい、強制的に前を向かされた。

仕方がないのでそのまま首を上げると空が良く見えた。

ずっと見上げているとなんだかあの光る屑の中に吸い込まれるような気になる。

それでも手は届かない。

「星がそんなに好きなのか?」

「空を見上げたことなんて、ありませんでした」

だって魔界の空はいつだって雲に覆われていたから。

「父親は厳しかったのか?」

「いいえ」

むしろ過保護でどうしようもないくらい私を甘やかしてくる。

「恋しくねえのか? こんな見知らぬ男二人と旅をするなんて不安じゃないのか?」

「別に恋しくはないです。私は勇者さまと一緒にいられるほうがいいです」

「俺は勇者なんかじゃねえよ」

「いいえ、勇者さまに違いないです」

それは間違いない。

魔王の血を滾らせ、心を揺らす存在なんて、その対の存在以外に考えられないもの。

勇者さまは軽く息を吐いて「そう言うならいいけどな」と呟いた。

しばらく二人で星を見ていた。

勇者さまはあれが女神だとか、獅子だとか、蛇だとか、魚だとか、色々な形を教えてくれた。

私には全くそんなものは見えなくてただの粒にしか見えなかったけど、勇者さまが熱心に教えてくれるから楽しかった。

正直にそう言ったら呆れたような顔をされた。

「蛙の子は蛙、か? 感覚もちょっと変わってる」

「そうですか?」

魔族だとばれるんじゃないかとちょっと不安になった。

「父親が好きじゃねえか?」

ヴィサが好きかどうかなんて考えたことがなかった。

いるのが当たり前だったし、あれだけ崇拝してくる者を嫌いにならないとは思うけど。

首を傾げていると、勇者さまがごそごそと腰の巾着を探って何かを取りだした。

黒くて歪な小さい石みたいなもの。

「これは?」

「星の欠片だ。俺の知人にそういうのが好きな奴がいてな。降ってきた星の欠片を俺にくれた」

「落ちてくるんですか? 星が? 本当に?」

「信じられないか?」

「…だって…光ってません」

これが空で光っているものと同じものだとは思えない、思いたくない。

勇者さまは笑ったように息を吐いた。

「正体を見て残念だったか? だが、世界には遠くから見ているからこそ美しいものもあるってことだ。人だってそうだ。遠くから見ねえとその光に気付けねえような奴もいる。近くには居ても欲しくねえが、離れてみると大切なもんだって気付いたりする。そのうちお前も親父のことが恋しくなるに違いないさ」

ヴィサのことを恋しく思うかどうかはどうでもよかった。

だって恋しくなったら帰ればいいだけだから。

そんなことよりも間近にある勇者さまの温もりが心地良い。

勇者さまは生きている肉だからか、とても良い香りがしているように思えた。


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