08
目がさめたとき、自分のことをクリスザキなのだとおもった。
からだが痛くてその存在がわかった。この四肢は自分のものだ。だがその自分はだれだろう?
(――クリスザキ……栗栖、崎……俺は、栗栖崎……)
天をあおいでいた視線をよこにむけた。
こちらに手をのばした男がうつぶせで倒れていた。わたしは地面にほうりだしていた腕をうごかしからだを反転させ、男ににじりよった。
ざりざりと音をたてて移動する。
のばした手が髪にふれた。
「栗栖崎……」
そう、栗栖崎はこの男だ。
なんども呼びかけ、肩をゆすると身動きした。目がうっすらとひらく。
「……ん……っ」
栗栖崎の顔には青アザやすり傷がたくさんあった。メガネがどこにあるのかわからない。わたし自身も、手の甲や、顔がひりひりしていた。上体をおこすと骨がきしむような気がしたが、折れてはいないようだった。
「栗栖崎……大丈夫か」
「あ……ああ……。った……いた……」
ぼうっとした声をだして、顔をしかめている。メガネのない表情は、いっそう無防備だ。
「ぶんじ……」
「うん。ここにいるぞ」
「ぶんじ……」
無理矢理からだをあおむけにした栗栖崎は、のぞきこんでいたわたしに腕をのばしてきた。ひきよせられるままにまかせる。口の端にできたかさぶた。
「ぶんじ……」
声がふるえている。泣いてはいない。
「ぶんじ……」
栗栖崎は自分の名前をわすれたように、わたしの耳元でわたしの名前を呼んでいた。
わたしを抱き寄せていた腕から力がぬけた。
ふたたび瞳をとじた頬をなで、わたしは立ちあがった。一瞬、足元がふらついたがしっかり立てた。右太股がずきずきしたがあるけないほどではない。
栗栖崎にやぶれたジャケットをかけ、わたしは周囲を見わたした。見覚えのない場所。白いコンクリートでできた外壁と階段。水の流れる音がしていた。
階段をあがった。一階分くらいの高さだろう。フェンスで囲まれ、巨大な白いパイプが地面からU字の逆さまのかたちで生えている。
鍵のこわれたフェンスのドアがあった。そこから道路にでた。地面におちていた錆びた看板には第二浄水場Bと書いてあった。
脳裏に栗栖崎のまぶたをとじた顔を思い浮かべながら公衆電話をさがした。車もまばらだ。日中なのはわかるが時間がつかめない。
右足をややひきずりはじめた頃、コンビニを見つけた。緑の電話のまえまできてじっとしていて、通りかかったおじいさんに声をかけた。
「十円ください」
****
暗記していた番号にかけたらツーコールでママさんがでた。
『あれ、ブンちゃん?』
「うん。あのね、車、うごかせる?」
『迎えにきてほしいのね』
「うん」
ママさんのくすくす笑いが耳朶に心地良くひびく。
『ちょうど周一がいるのよ。周一に行かせるわ。場所は?』
わたしは電話ケースに貼ってあった住所をいった。
周一さんはこのとき十九才で、大学生だった。彼が海外にでていったのは翌年のことだ。
ワゴンからまさに、颯爽とあらわれた周一さんは、コンビニの入口にすわりこんでいたわたしを見て、綺麗なかたちの目を見開いた。
「ど……どうした、ブンちゃんその顔!」
「うん。さあ、どうしたんだろう」
「おいおい。――俺んとこのバカ弟は?」
「うん。あっち」
「え、あっち?」
ワゴンの助手席にのって、周一さんを案内した。
ふたりがかりで栗栖崎を車に乗せると、奴の意識がもどった。
「周一さんが来てくれたよ。これから病院に行くんだって」
「……そう……か」
後部座席に栗栖崎を寝かせ、わたしは足のスペースに膝をおり、転がり落ちないようにささえていた。
「ぶんじ……」
「うん」
「ぶんじ……」
栗栖崎はまた目を閉じた。