07
中学生になって栗栖崎はとおくへいき、わたしはだんだんと栗栖崎のことを思い出しさえしなくなっていった。
そろそろ冬という時期。
夜中、わたしは二階の自室で目がさめ、寒さで身をふるわせながら着替えをした。ジーパンにトレーナーにジャケット。
両親に気づかれることなく家をでた。
ジャケットのポケットに両手をいれ、しずかな住宅街をよこぎった。外灯がけなげに立っている。
家のちかくには市の境界線となるおおきな川がながれていた。その河川敷はスポーツや公園、集まりにかかせない市民の憩いの場所となっていた。
防波堤のうえから街並みを見下ろした。
夜に雲がある。なんど見ても不思議な風景だ。月は雲によって、顔をだしたりひっこめたりしていた。
「文治」
わたしが声のしたほうをふりむくと、ボトムにパーカー、メガネをかけた賢そうな少年がたっていた。年はわたしとおなじくらい。
やや面長で、眉はきれいな形。鼻筋がとおり、口はちいさい。目は……よく見えなかったが、かわいいくらい小さくて丸い。それをわたしはしっている。
「栗栖崎」
わたしは、かるく片手をあげた。
足のながい栗栖崎はあっという間にそばにきた。手をおろすと、その手を栗栖崎がにぎった。
「――僕のことわかるのに…………なんで、電話でしらないなんていった……?」
「電話? ……いつ? 俺でたの?」
「――」
月が顔をだして、小学四年からのともだちを照らした。あのときのまま大きくなって、背もまっすぐ、まるでひっぱられるみたいに伸びている。
手櫛でととのえたようなあっさりしたストレートの髪型。飾りのない少年。
「……文治はなんでこんなところにいるんだ。夜中だぞ」
「さあ……目がさめたからかなぁ……」
それいがいの理由を思い出せない。
栗栖崎が手をひく。肩を抱き寄せられた。
「文治は僕をむかえにでてきたんだよ。二十時頃、電話した僕のこと知らないなんていうから、僕はこれからそっちへ行くっていったよ。ここにつくのは夜中だともいった。だから文治はここに来てくれたんだよ」
「……ふうん、そうか。そうかもな」
「そうおもうか」
「うん。俺、栗栖崎が来るって知ったら待ってただろうし、久しぶりだし、会いたかったよ」
栗栖崎はわたしの肩に腕をおいたまま、あるきだした。足元に影ができたり消えたりする。風がある。雲のうごきがはやい。
「文治」
栗栖崎はクラス中がわたしのことを「ブンちゃん」と呼んでいたときでも「加西」と呼んでいた。
中学になって周囲が「加西」「加西くん」と呼ぶと、「文治」と呼びだした。
負けず嫌いなんだなぁとおもった。そう本人にいうと、まえから呼びたかっただけだ、と。
「文治」
「ん?」
「いや……呼んだだけ」
「……栗栖崎って、文治好きだろ」
「え」
「文治って名前、いつもうれしそうにいうからさ。好きな名前だろ。俺も栗栖崎って名前好き」
「僕んちはみんな栗栖崎だぞ」
「だなー。でも俺にとっての栗栖崎って、栗栖崎だけ。栗栖崎は栗栖崎だよな」
「わかったわかった。わかったよ文治」
いっしょに河川敷沿いにあるきながら話していた。
栗栖崎の財布でホットコーヒーを買った。それで両手をあっためながら、朝日を待った。
帰れ、とも帰るともどちらもいわなかった。だからそのまま、学校に行かなかった。
夕方になると栗栖崎は公衆電話から両方の家に連絡をした。
「捜索届けだされたら面倒だからな」
わたしは財布をもってでてこなかったので、腹がへると栗栖崎がふたりぶん払った。
そんなふうにダラダラ街をあるき、足をとめたり、ファミレスで眠ったりしながら数日をすごした。




