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分身  作者: みやしろちうこ
第1部
6/56

06


 わたしは話しだすのが遅い子供だった。父と母はたくさん心配した。

 母は心配をしすぎた。

 もともといつもちぎれそうな何かを抱えていたひとだったのだろう。栗栖崎とであった小四のときには、母はわたしのことがよくわからなくなっていた。

 学校から帰宅してもご飯が父と母の分しかなく、ランドセルを背負ったわたしを見ても、母は「どこの子?」といっていた。


 白いロングスカートをはいた母が、縁側で柱にもたれて小さな庭を見ていた横顔をおもいだす。

 繊細な顔立ちで、手でこすったら消えてしまいそうだった。


 わたしは自分の分の夕飯がないと、父からわたされているお金で自分のを、近所のコンビニなどから調達していた。

「文治、がまんしような。お母さんはちょっと疲れてるだけなんだ」

 父はそうわたしにいい、母とふたりきりで夕飯を食べた。



***




 栗栖崎はどの授業であてられても「わかりません」といったことがほとんどない。運動はまあまあだったが、あのころからメガネをかけ、落ちついていた。誰とでも気軽にはなしていた。

 ただ、わたしとは話さなかった。

 わたしが話しをしなかったからだ。

 初めて話しをしたのは席替えをしてからだった。

 小学校のころはよく席替えをした。毎月していた気がする。来栖崎とならんだ。


「じゃあ、となりの子と、Aさんが何をほしがっていたのか話し合って、答えがでたら先生のとこまでしらせにきてくださーい」


 椅子をひく音や、いきおいよく話しこむ声でさわがしいなか、栗栖崎はからだごとこちらをむいた。

「加西くんはどうおもう?」

 ふでばこをいじくっていた手をとめて、栗栖崎を見た。流行りや新しい服を着ているところを見たことがなかった。兄がうえにふたりいる、と誰かに話していたのをきいたことがある。

 わたしのはお古ではなかったが、母が洗濯をしてくれないので、同じのや自分で洗ってシワシワのをよく着ていた。


「Aさんはなにがほしいのかな」


 栗栖崎がきいてくる。わたしは机に腕をくんで顎をのせた。ほしいもの。


「いいなーブンちゃんはクリスといっしょだから、すぐこたえでるよー」

「ほんとだーいいなー」


 一見相談しているようなのだろうわたしに、羨望の声がかけられる。栗栖崎は照れたように顔をふせた。わたしの姿勢から、そのうつむいた顔がよく見えた。


「Aくんはすごいといわれても、あまりうれしくない」

 栗栖崎は目を見開いた。わたしはつづけた。


「Aくんは、授業がつまらない」

「Aくんは、ちがう時間をすごしたい」

「Aくんは、ひとりぼっちがいいけどひとりぼっちはいやだ」

「Aくんは、ともだちがほしい」

「Aくんは、」


「加西」

 栗栖崎の手がわたしの肩をつかんだ。

「Aくんは、加西文治とともだちになるだろう」

 そういって、わたしは席をたった。

「せんせー! トイレいってきまーす!」

「加西くん、ちゃんともどってくるのよ!」

 もちろんわたしはクラスにもどらなかった。そのまま学校をでた。


 翌日は、給食時間になって登校した。お腹がへっていた。いつもはドアをあけたとたん残っているスープやパンをかき集めるのだが、その日は机のうえに全品ちゃんとそろっていた。

「――くるだろうとおもった」

「栗栖崎が? これを?」

 給食ナプキンをちゃんとひいたうえに食器をならべている栗栖崎がうなずく。

「ふうん」

 席について礼をのべるでもなく、わたしは食事をした。そのままお昼やすみに突入したが、栗栖崎はさそわれるのもことわって、わたしが食べ終わるまで席についていた。

 クラスにはわたしと栗栖崎だけがのこった。

「加西はかわっているな」

「ふうん……このプリンおいしいね」

「うん。――うちんちの母さんのつくったプリンもおいしいよ」

「じゃあ、これからいこうか」

 プリンを食べる手をとめてそういうと、栗栖崎はまた目を見開いていた。

「ど…………土曜の午後からにしなよ」

「じゃ、そうする」


 その週の土曜日、栗栖崎の家にいった。いま住んでいるこの家じゃない。中古の三階一戸建てだった。

 お昼と、午後のおやつのプリンと、夕飯もいただいて、わたしは帰った。そのうち週末は栗栖崎家にお泊りをするようになった。

 父はよく栗栖崎家に電話をして頭をさげていた。わたしに泊まりに行くなとはいわなかった。


 五年と六年はクラスが離れたが、週末のお泊りはつづいた。おなじ校区だったので中学もいっしょになった。クラスは離れた。だがそれでも週末のお泊りはつづいた。

 つづかなくなったのは、中学一年の秋に栗栖崎が引越すことになったからだ。

「ふうん……もう、お泊りしにいくには遠いね」

「そうか…………そうだな」

 わたしは見送りには行かなかった。お泊りついでにみてもらっていた勉強も当然ほうりだした。

 

 父から渡されたお金でパンを買い、お昼の弁当にしていた。

 お昼を食べたらたいてい栗栖崎がクラスにやってきて、話しをしたり学校をブラブラあるいたり、日当たりのいいところで寝転んだりしてすごしていたが、栗栖崎が転校したらわたしはブラブラと寝転ぶことをひとりでつづけた。

 そのうちひとがよこにきて話しかけてきたりするようになったが、なにをいわれたかまるきりおぼえていない。

 きこえてもいなかったとおもう。



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