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分身  作者: みやしろちうこ
番外編 その片割れの断片
50/56

05


 両手のなかで土をこねる。

 粘土のなかの空気を抜いていく。

 上から体重をかけ、ぎゅうぎゅうと押していく。

 土の質によって、乾かないよう濡れた布を巻いて寝かせる期間が違う。

 陶芸は芸術家の感性と、計算で成り立っている。肉体および頭脳労働でもある。

 しかし窯の火のなかに入れてしまえば、どれほどの計算でもおよばない科学変化がおこるのだ。想像を超えた――それが栗栖崎をとらえる。

 小さな窯は家の庭に作ってあった。

 次男の周太が作った大きな屋根のついた家があり、そこを陶芸の作業場所に使用していた。

 いつから土をいじりたいとおもっていたか定かではないが、この家に引っ越してきてから形になったことははっきりしている。

 無心に土をこねていると、一番いい気分転換となる。

 すべてが独学だ。入門書や雑誌は一通り目をとおしたが、自分ではじめたときすべて忘れた。その状態から何か浮かんできたものだけが自分が選択したものだ。

 自分の計算や想像を超えたものを、この手で生み出してみたい。大地と火の力を借りて、目にみえない力が形として顕在するところをみてみたい。


***


 小学生時代からの友人とそういう関係を結んだのは大学に進学した夏だ。ただ、とてもかれが欲しくて、手を伸ばした。

 その後、その関係がばれた弟に、文治をないがしろにしているという理不尽な理由で殴られた。研究に没頭して家を空けているせいだろうとそのときは考えた。それでもどうして殴ってまでくるのか。

(……嫉妬だろう)

 周介は文治に懐いていたから。

 研究所まで呼び出しにきて、敷地のカフェテラスの端での兄弟喧嘩。

 頬にできた赤い跡はどうしようもなく、薬局に寄って湿布をし、その日は早く家に帰った。

 いつだって文治はくすぐったがりはしたが、拒みはしなかった。

 好きだということばには、

「そうか」

 といって笑っていた。

 長年おもいつづけていた加西文治は自分の恋人となったのだ。


 ――土と火と、創造の女神からいつ心離れてしまったのか。


 栗栖崎周平が大学研究員となり、その学者人生で最大の発見を証明しようと躍起になっている、年が明け、雪がいまだちらつく季節だった。

 恋人が姿を消した。

 紅茶喫茶できいた事実に打ちのめされて引き返した赤レンガ色の研究所から、二週間ぶりに帰ってくると、電気のついていない緑ヶ丘サンハイツの一室は寒々としていた。

(どうせ実家だろう)

 そう、そのほうが清々する。

 高校時代の長い黒い髪の女生徒の姿が脳裏にちらつく。

 結局、男より女のほうがしぶとい、ということだ。

 数々牽制してきたが、北川はずっとチャンスをうかがっていたのだ。

(あれだけ、ぼくのだっていったのに)

 ことばではっきりいわずとも、聡明なかのじょのこと気づいていたはずだ。そして尊重してくれていたはずなのに。

 何がどうして、いままでの形がこうも壊れていくのだろう。

 おもわず栗栖崎は履いていたスリッパを居間の壁に蹴りつけた。

(子供……)

 部屋のなかより目の前が真っ暗になるおもいがした。研究に没頭している間は忘れていられたのに。この、自分と文治の家に戻ってくると、気持ちがよみがえって仕方なかった。

 かつて弟と友達に殴られた。そのときみたいにじんじんと痛むかのような苛立ち。

 ここにはいられないとおもい、栗栖崎はふたたび家を出て研究所に向かった。


***




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