05
北川敦子のことをいつのまにか、「あつこ」とわたしは呼ぶようになっていた。あつこのほうも、わたしのことを「ブンちゃん」と呼んだ。
あつこは生徒会役員でもあったし、映像部の部員でもあった。彼女の手にはいつもデジカメや一眼レフ、ビデオカメラなどがあった。
「見て見てこれ」
放課後、生徒会室でテーブルのうえにあつこはプリントアウトした画像をひろげた。
「あ、俺と栗栖崎だ」
画板をもつ、わたしと栗栖崎がななめ上から撮られていた。わたしが落とした画板を、自分の画板を片腕にかかえた栗栖崎が長身をおって、ひろっている。
もう一枚は、小川と能見だった。ふたりとも後姿だがわかる。小川は野球着で、能見は制服。校門をでていくところを望遠で撮影したものだろう。影が濃く、のびている。
「わたしの好きな四人」
そういったあつこに、わたしは顔をむけた。あつこは頬杖をついてこっちを見ていた。
*****
わたしにとっての高校生活はだいたいが平穏にすぎていった。テストまえになると頭に雲をのっけたが、それいがいでは、たまに遭遇する危機をのりきっていたばかりだ。
わたしのとくに親しくしたメンバーである、能見、あつこ、小川といった面々は、ビー玉があるとすると、だれもがお気に入りにしたい綺麗なビー玉たちだった。
能見はどちらかというと恐れられていたが、その怖さに惹きつけられたものたちもいた。
中学のときから、栗栖崎といっしょにいることでなんだかんだといわれていたが、高校ではそれが、栗栖崎関連できたかとおもうと、あつこ関連だったり、小川だったり、能見だったりした。つまり、わたしが彼らと親しくしているのがどうも気にいらないようなのだった。
「ブンちゃん、ちょうどよかった、これ日曜日に焼いたの、お昼のデザートにでもして」
職員室まえでばったり会ったあつこに、綺麗に包装されたクッキーをもらった。礼をいってわかれ、廊下の角をまがると、ひととぶつかりそうになった。わたしは避けた。
避けたはずだったが、肩がぶつかり、バランスをくずした。
尻餅をつくと手からはなれたクッキーは廊下をすべっていった。
「あーごめんねーブンちゃ~ん、僕よそ見してたみたいー」
「あ……うん」
「なにか落ちたよー、俺、ひろってあげようねーあ! ごめんごめん、踏んじゃったーごめんねー」
「――」
「うわ、おまえらひでーブンちゃんショックー」
三人そろって笑いながら、たしか同学年だった彼らは去っていった。
包装がやぶけて、こなごなになったクッキーがこぼれていた。
お尻を手ではらいながら立ちあがったわたしは、周囲で一連の出来事を見ていた生徒から声をかけられる。クッキーをひろう。
「ひどいよいねー大丈夫、加西くん?」
「最低よね!」
わたしはうなずく。
「クッキーは大丈夫みたいだ。食べられるよ」
両手にクッキーをつつんで、階段をのぼった。教室で待つ栗栖崎と食べようとおもった。
こぼれないように慎重に廊下をあるいていたら、足音もあらくおなじクラスの津田があらわれた。
「か、加西! おまえ、さっき廊下に跳ね飛ばされたそうだな!?」
「されてないよ」
尻をついただけだ。
「大丈夫なのかよ」
話をきいてないのか、津田が腕をつかんでくる。ぐいぐいひっぱる。半そでのむきだしの肌に、津田の汗ばんだ肌が触れて、わたしは大きく震えた。
「――そうだよな。怖かったよな。かわいそうに……」
(いや……そうじゃなくて……)
そういいたくて、ちょっと上にある津田の顔を見た。しっかりした眉に、大きめだが、高い鼻の津田は小川クラスとは比べようもないが、ハンサムな部類の男だった。
「あいつら、北川さんと親しくしてるおまえに妬いてるんだよ。あっちはいくらいっても相手にしてもらえないから。そんなの加西のせいじゃないよな。加西は被害者だよ」
そういいながら、津田はわたしのすすもうとしていた方とは違う方へからだを押していく。水場の角へ。
「津田くん」
「――もう、さ。生徒会に行くのやめちゃえよ。みんな栗栖崎だけでなく、能見や小川や北川さんとまで加西が仲いいの、ひがんでんだよ。やめたほうがいいよ。今日みたいなことずっとされるよ? やめたらさ、俺がさ、そんな目にあわないようにさ……」
だんだん近づく顔と、押しつけてくるからだで暑くて、わたしは両手でクッキーを包んだまま、身をよじって抵抗していた。
「津田くん」
暑苦しい。
「――津田。まえにもいったとおもうんだけど」
津田がすごいいきおいで振りかえったので、密着していたわたしはあやうくクッキーを手放してしまうところだった。
「ちょっかいだすなよ」
「な、なんだと……! お、俺は被害にあってる加西がかわいそうだから……!」
「文治は見かけより強いよ。それに、こいつの面倒は僕がみるってきまっているんだ」
栗栖崎は壁と津田のあいだにはさまっていたわたしを、そっと引き出した。
「……だれがいつ、そんなの決めたんだよ……!」
「十三のときに、おたがいに、だから」
わたしの両肩に手をおいた栗栖崎は、顔だけむけて津田を見下ろした。
「おまえの出番はないよ」
もとの進路方向に行きながら、肩に手をまわしたままの栗栖崎をわたしは見上げた。
すれちがう女子たちがこそこそ話しあったり、口に手をあてたりしている。
「あつこからクッキーもらったよ」
「そうか」
「割れたから食べやすいよ、きっと」
「そうだな」