02
「栗栖崎、加西が二年生の渡辺先輩のバイクの後ろに乗って、学校を出たそうだ」
能見純一は眼鏡をかけた男だ。
銀縁の眼鏡がこれ以上なく似合っている。
容貌も態度も冷たい。だが心は熱い、ということが、会長副会長という関係になって、栗栖崎にもだんだんわかってきていた。
パイプ椅子を引いて立ち上がったのは北川のほうが早かった。
「渡辺先輩って、あの……?!」
「え、渡辺?」
戸棚を整理していた二年生女子の書記が振り返った。
同学年である書記からの情報によると、二年生の渡辺伸介は、長身で痩せ型、猫背で髪を染め、服装は乱れ、なにかと生活指導の先生に呼び出されている一匹狼な不良で、喧嘩は強いらしい。一般の生徒からは敬遠されている。
たいたいこんなのんびりした高校で不良をしていることじたい流行らないのではないかとおもう。
文治とのあいだで、この先輩を話題にしたことがあっただろうかと栗栖崎は考えた。
考えながら席を立ち、ドアに向い、能見とすれ違う。
「心配なら学校側に話をしておくが?」
眼鏡レンズ越しの目と、目が合う。
「いや、まだいいだろう。文治は危険には聡いんだ。無理矢理に乗せられた可能性は低いとおもう」
こういうとき、文治が携帯電話を持ってくれないのは不便だ。
だが、学校と家がいっしょのいま、それがほとんど必要ないのも事実である。
栗栖崎は長い足をうごかして、校門に向かった。
「――戻ってくるとおもうの?」
音もなく付いてきていた北川がたずねてきた。
この戻ってくるというのは、学校に、という意味だろう。しかし栗栖崎は自分の元に、と受け止めた。
「戻ってくるよ」
文治は他のどこにもいかない。
自分たちはずっといっしょだ。
将来、実家を出たとしても文治といっしょに出る。
海外の大学や研究機関に就職することがあっても、文治といっしょに渡る。
――そう決意していた。
校門にいる学校内でちょっと顔と名前の知れたふたりに、生徒たちが好奇の視線を送りながら下校していく。
そんななか轟くエンジン音がだんだんと近づいてくるのに気づいた。
やがて両手をポケットに入れた栗栖崎のまえに、ブレザー姿にヘルメットを被った男子高校生ふたりが、黒いスクーターに乗って滑り込んできた。
ハンドルを握る男の腰に手を回していた後部に座っていた男が、ぴょんと下りた。
黒いヘルメットを外そうとして手間取る。
栗栖崎は留め具を代わりに外してやった。
髪を乱してヘルメットをとると、加西文治が栗栖崎をみあげて笑顔をみせた。丸い小さい、平凡な顔をしている。
「風、すごく冷たいぞ栗栖崎」
「もう秋もだいぶ深いからな」
「先輩、乗るときはもっと着込んだほうがいいよ」
文治はそういいながら栗栖崎に背を向け、被っていたヘルメットを運転手に渡している。
それを受け取った渡辺は、横長の目で栗栖崎をちらっとみた。
「気が向いたらまた乗せてやるよ。じゃあな」
「ありがとう。さよなら」
方向転換をして、バイクは校門を出ていった。
「きゃっ、ブンちゃん手がすごく冷たくなってる。部屋に戻りましょう。温かいお茶入れてあげる」
「ありがとう、あつこ。バイクも楽しいな。おまえ免許取れよ」
北川に手を引かれて校舎に向かいながら、文治は振り返って同居人をみあげた。けして自分が取得するとはいわない。なぜなら勉強が嫌いだから。栗栖崎が免許取得するということは、自分が取得したも同然だとその頭は考えているようだった。
「バイクに乗りたかったから先輩にお願いしたのか」
文治の答えはこうだった。
――放課後、栗栖崎と別れて生徒会執行部の部屋を目指して歩いていると、廊下の端から以前からまれた先輩ふたりの姿がみえた。
目が合ったとたん、嫌な笑みを浮かべたふたりに文治は身をひるがえして逃げた。階段を駆け下り、校舎を飛び出し、それでも先輩たちが追いかけてくるのをみて、どこに逃げようかと焦っていると、駐輪場から出てきたバイクの進路を妨害しており、クラクションを鳴らされた。
そこで文治はそのバイクの後部に乗り、目を見開いて振り返った男子高校生にむかって、
「出発!」
と声をかけた。
追いかけてきたふたりと、バイクの乗客を交互にみた運転手は、そのまま発進し、高校の前の道路を曲がったところで、バイクを止め、予備のヘルメットを出して文治に被せ、そこらへんを流してくれたのだという。