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栗栖崎周平はちゃんとわかっているのだとおもう。
加西文治にたいする、ちょっとした執着をみつけると、のっそりと立ちあがり、はっきりと牽制し、追い払う。
敦子のことはちらっと視線をよこすけれど、なにもいってこない。それがまた敦子には小面憎い。
文治と朝も夜も学校も家もいっしょだなんて、そんなのうらやましすぎる。
(わたしだって小学生のときに出会ってたら……!)
これは嫉妬だということはわかっていた。
能見純一は、人を害そうな法律を無視するが、加西文治は法律そのもの、社会の常識といったものがそもそも頭にない。経歴や出世や成功や失敗などかれの知るところではないのではないかと敦子はおもう。
好きなのは小川貢が打つホームランの放物線。
あたたかいごはん。
動物の毛ざわり。
決まった時間に起きて、定められた授業を受けて、指示されたとおりに宿題を果たすということはまったく加西文治にとっては目を丸くする、理解できないことらしかった。
「加西に高校生活を送らせようという、おまえとおまえの一家の奮闘には頭がさがるよ」
生徒会室で、会長と、ふたりの副会長の三人だけのとき、能見が書類に視線をおとしながらいった。
「高校は卒業してほしいというのは文治のお父さんの願いなんだ。おれも、文治といたいし」
ほんらいなら加西文治の担当である小川貢ファンクラブの会員名簿と、会誌の清書をノートパソコンに打ちこみながら栗栖崎はこたえた。
「加西はどうしてああなんだ」
敦子は顔をあげた。
能見の背後の窓から空がみえた。隙間から風にのった運動部の声がきこえてくる。
敦子は文治の正体をしっている。
学生服をきて、ネクタイをしめて、教科書やノートをもっていたとしても、そんなことではだませはしない。
「ああっていうのは? あれが文治だよ。どんな分析も病名も必要ない。そんなのじゃない。文治をみててなにもおもわないか」
「おもうからいうんだろう」
会長と副会長のやりとりを敦子はだまってきいていた。
やはり、栗栖崎周平はちゃんとわかっているのだとおもう。
自分よりさきにであって、こころを結んでしまっている。自分が割りこめるような仲ではない。
世界でただひとつほしいというものがわかったというのに、それはもう手に入らない。
手に入れてはいけない。
なぜなら、くっついている「ブンちゃん」と「クリス」が好きだからだ。
かれらをカメラにおさめる。
北川敦子はカメラをむけるたったひとつの方針をもっている。好きな人、好きなものだけを撮ること。
写真のなかに加西文治の魂がはいることはないけど、北川敦子の心は確実にはいっている。