01
妖精はこの世に存在している。
それはいつでも敦子にとって確固たる意見だった。
ふしぎのない世の中に、きっとそこに幸福などない。
*
母の姉と弟は親族のなかでもユニークで、ともに独身でともに姪である敦子をとてもかわいがった。
「敦子には賢さがあるわ。賢明というやつよ」
おばの美津はそういう。
「あっちゃんは芸術家の素質があるね」
そういってくれたのはおじの統だった。
敦子の母は大学を卒業後就職し、寿退社をしてすぐに敦子を出産した。
美津はなにをおもったか芸能プロダクションを立ち上げ、その慧眼を光らせて粒の良い素材をみつけて小さな事務所の社長をしていた。
統は学生のころから写真に才能をみせ、おもに雪山にかれの魂はいつでも惹き付けられた。しかし姉から請われると芸能事務所のタレントたちの撮影にも協力し、その才能が景色だけに限らないことを示した。
実際、統は雪山写真家というより被写体を美しく撮る写真家としての認知度のほうが高い。
そのおじとおばは、敦子の母から高校生である姪の様子をきいて、好きな相手でもできたかとお盆や法事などのさいにからかう。
「好きは好きでも、そういうのじゃないのよ」
和室でおばにつかまり、ふたりきりで問い詰められる。
「どう違うっていうの」
指先で煙草をくるりとまわして、美津の流し目でみつめられると敦子はぐっと息がつまる。
「だから――ブンちゃんは……」
「ぶんって名前なんだ」
いつの間にきたのか、座卓の端に缶ビールをおいて統はあぐらをかいてすっかり話をきく体勢だ。
「だからええっとブンちゃんは、なんていうか、生臭くない相手なの。そういう恋愛だとか嫉妬だとか、男女の仲の相手じゃないの」
そういうはしから、恋しいし、嫉妬もしているくせにと敦子はおもう。
「なんだそりゃ、それじゃまるきり男じゃないってことか。なあ、あっちゃん、その子の写真あるならみせてよ」
カメラをプレゼントしてくれた相手に撮っていませんともいえず、いつも持ち歩いているデジカメをため息をつきながらとりだして、画像を再生させた。
おじとおばは頭をくっつけるようにしてふたりしてのぞきこむ。
「ちょ、姉さん見えね」
「わたしが先。すーくんあとにして」
そういいながら勝手にボタンを操作して、加西文治以外の画像もつぎつぎに閲覧していく。敦子がとめる間もない。
「わ! かっこいい。この子かっこいいわねえ」
おもわず美津が嘆声を発した相手がだれであるか敦子にはみなくてもわかる。
「かれは小川くん。野球がめちゃくちゃうまいの。そのうちおばさんもしょっちゅう目にするようになるんじゃないかな」
「敦子が好きなのって小川くんでしょ。だってほら、ほかの子って賢そうだけどぱっとしないじゃない。あ、この子は普通ね」
おばとはちがい、おじは黙ったまま画像をみつめている。敦子はおじの感想が気になった。
統は顔をあげて姪をみた。
「なるほど。敦子がだれがいちばん好きなのかよくわかるよ。このブンちゃんて子にたいしてだけ撮り方がちがうね。おれが雪山を撮る時みたいだ」
おじが表示している画面には、「ブンちゃん」こと加西文治がうつっていた。
セピアがかった教室の窓際で、カーテンによりかかるようにして外をみている。
声もかけず、敦子は狂おしい気持ちでシャッターをきった。
手の平のこのカメラに捕獲できたらどんなにいいだろう。一度だけでいいから自分のものになってほしい。
だれがこの気持ちをわかってくれるだろう。
(雪山……)
では、おじはこんな気持ちなのだろうか。
どうしても惹き付けられてやまないのだろうか。