便乗
生徒会室はわたり廊下でつながっている別棟の二階にある。教室の半分くらいのひろさがあり、何回も掃除と整頓作戦が実行されながら乱雑な印象がある。
能見がのんびり廊下を歩いていくと、すれちがう生徒から挨拶されることもあるが、生徒会長だからといって注目されている存在でもない。銀縁眼鏡をかけ、学校指定のブレザーをつけた能見は陰気だった。それにくわえて意地がわるそうにも見えた。外見から好かれるようなタイプではない。
だがかれは対抗馬優勢の生徒会選挙でまちがいなく勝ったのだ。
生徒会室にはすでにメンバーがあつまっていた。
「会長、抹茶もってきたんだけど飲む?」
「抹茶……? ああ、飲むよ」
同学年の北川敦子は副会長だ。ときどき魔法瓶持参で飲み物や、手作りのお菓子をもってくる。
「能見、これすごく美味しいぞ」
「そうか」
他の面々は先に頂いたようで、加西の言葉にうなずいている。北川が加西に笑顔をむけた。加西文治は生徒会役員ではないが、とあるクラブの運営スタッフとして、この部屋にかよってきている。
加西のとなりには背と成績が高い、眼鏡をかけた栗栖崎周平がいつものように座っていた。栗栖崎は北川とならんでもうひとりの副会長だった。この毎日のふたりの並びに、能見はちらっと目をやり、そのまま窓まですすんだ。
野球部の練習風景が一望できる。
フェンスのまわりにはこの初冬さらにギャラリーが増えていた。
左腕のあたたかい感触に顔をむけると、加西が能見にもたれるようにしてグランドをのぞいていた。加西の背は能見の顎ぐらいだ。
「小川さっき素振りしてたぞ。見てるだけで音がきこえてきそうだった」
「調子は良さそうなんだな」
「うん快調だよ」
加西はそれがさも嬉しいというように笑顔を能見にむけた。邪気のない表情に、ついひきこまれそうになる。
「あ……」
加西の声につられてふたたび視線をもどすと、ミットを手にホームベースに集合している小川が、片手を肩くらいまであげていた。目があう。
こちらからよく見えるということは、あちらからもよく見えるのだ。
「おーい」
加西が両手でふりかえしている。小川も、ちょっと照れたようにしてあげていた手を左右にふった。ギャラリーから小さくない声があがる。
能見は一瞬だけ手をあげ、その手で加西の頭をこづく。
「ほれ、さっさとたまってる名簿をつくれよ加西」
「小川、手、ふったよな」
加西は抵抗せず栗栖崎の背をまわってその横の席にすわる。つみあがっている用紙に目をくれたのはかたちだけのようだった。
「能見が窓際に立ってるとよくふってくれるんだよ。だからおれ、たまにそれに便乗」
能見は口にふくんだばっかりの抹茶を、吹き出しそうになった。
終わり