ネクタイの儀式
体育の時間が終ると、男女は体育館したにある各更衣室にわかれる。
ワイシャツをはおりボタンを締めると首にネクタイをぶら下げて、加西は隣りで着替えている栗栖崎のほうへ胸をむける。
「栗栖崎」
「ああ、ちょっと待って」
ベルトを締め終わると、自分の着替えも済んでいないのに栗栖崎は長身をかがめて加西のネクタイの両端をもち、バランスを調節してからくるくると器用に結んだ。形のいい結び目ができる。
「よし」
満足げに栗栖崎がずれた眼鏡をなおしながらいうと、加西は礼もいわずただにっこりと笑った。上着に袖を通し、体操服を袋につめると、更衣室の出口まで行きながら立ち止まりぼうっと天井をみあげる。
栗栖崎は自分の身支度を整え、体操服の袋を小脇に抱えると加西の傍にいった。
「行こうか」
「うん」
ふたりは前後になって出て行った。
これが体育終了後の毎度のことだった。
一年生のクラスメイトたちは、最初のときこそなんとなくみてはいけないものをみたような気持となり、空気がざわめきもし、視線を不自然なくそらそうという努力も払われたが、本人たちがいたって堂々と繰り返すので、いつの間にかそういうものなんだとおもうようになった。
*
ある日、お昼休みがそろそろ終るころ、加西が教室にふらっと戻ってきた。手に自分のネクタイをもっている。
するすると窓際の席におさまっている人物に近づく。自分の首にネクタイを回すといった。
「栗栖崎、外れた」
「ん? ああそうか」
栗栖崎は目を通していたノートを置いて、体の向きをかえ、立ったままの加西の襟元に両手を伸ばした。
教室にいた男子生徒たちは空気のざわめきを感じ取った。
自分たちのものではない。更衣室以外ではじめて披露される加西と栗栖崎によるネクタイの儀式に女子たちが瞠目しているのだ。
長い指をうごかし、栗栖崎は加西の襟元に形よくいつものようにネクタイを結んでやった。加西はされるがままで突っ立ち、終わると首もとに指を入れて頭を左右に振った。
「きつかったか」
「ううん、ちょうどいい」
そう返事をすると加西は栗栖崎のうしろの席に座った。その席はくじ引きで決まったあと、交渉して譲ってもらったものだ。授業中たいてい寝ている加西にとって、背が高い栗栖崎の背後は隠れるのにちょうどいいという。栗栖崎の口添えもあって、友好的に譲渡が決まった。
ふたりが席に落ちつくと、教室のさざなみに似た気配も静まった。
続いてタイミングよくチャイムが鳴るのをききながら、男子クラスメイトたちは、やっぱりあれはびっくりするよな……と各自胸のなかで確認していたのだった。
終わり