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分身  作者: みやしろちうこ
番外編 父と子
37/56

03

 パジャマのまま、まっすぐ玄関にむかうと、父に腕をつかまれた。あまりの強さに眉をしかめて立ち止まる。

「まさか帰るのか」

「うん」

「だめだ、なにいってる。何年ぶりだとおもってるんだ、おい、文治」

 目は血走っているために赤いように見えた。

「……父さん、高校のとき俺、ホモっていわれたよ。栗栖崎とできてるって。俺は同性が好きじゃない。でも栗栖崎とだったらどんな関係にでもなれる。奴とは離れないよ。ずいぶん前まで離れてたんだ。いまはそのぶんよけい、離れたくない気持なんだ。帰るよ」

「文治!」

「父さん、手、離して」

「だめだ。間違ってるぞ文治――文治!」

 玄関の取っ手をもつと、父は叫んでわたしの腕をねじりあげた。よろめくと、そのままかつてのハンドボール部エースに引きずりあげられる。廊下でふたりして倒れこむと、わたしの背中にしがみついた父が、声をはなって泣き出した。



 昨日の夜は、けっきょく帰ることはできず、居間のよこの和室で布団を敷いて眠った。今夜は泊まるからといったのだが、父は二階の寝室にはいかず、わたしとならんで眠った。あの話題についてはその日ふたたびもちあがらなかった。

 朝は、父が会社に電話をかけている声で目がさめた。休む、とのことだった。

「文治、起きたのか。食パンでいいか」

「うんいいよ」

 前日の服をまた着る。

(今日はぜったい家に帰ろう)

 そうおもった。

「父さん、俺じゅうぞうの見舞にいったら、そのまま栗栖崎家に戻るよ」

「だめだ。文治は当分ここで暮らすんだ。俺とおまえは親子なのにそれらしいことは全然してこなかった。これからそれを取り返すんだよ。母さんにも会いたいだろう? そのじゅうぞうって子はおまえが世話になってた家の子供だってな。その見舞には父さんも付き合う。母さんの見舞にもいっしょに行こう」

 レンジがチンと音をたてた、カウンターのなかにいる父は三角に切ったトーストをとりだすと皿にのせた。

 差し出してきた皿とバターをうけとった。

 わたしはこの父を、どうしても結果的には哀しませることになるんだろう。それでも、もうちょっとくらいは、付き合ってもいいのかもしれない。しばらくは、父のいうとおりにするべきなのかもしれない。

 父が、わたしのために奔走しなかったわけじゃない。母もわたしも、とにかくマイペースで、欲求どおりにしか生きない人間なのだ。

 甘い香りのするトーストをかじった。


 父の車で午前中にじゅうぞうの見舞にいき、昼を外食し、母の入院している県外の病院にいった。

「母さんは重めの精神病なんだよ」

「ふうん」

 頬杖をつきながら窓のそとを眺めた。父はハンドルを握りながら母のことをいろいろ話した。わたしはあまりきいていなかった。

 わたしと母はよく似ていて、そして対極に立っている。なんとなくそんなイメージがある。理解しているとかそんなんじゃなく、彼女はそう生きていると見ているだけだ。

 母に世間では病名をつける。だが本当にそうなんだろうか。それが母の真実だとはおもえない。

 山並みの美しい眺望がのぞめる、築の浅い病院だった。

 入口よこの待合場所で、ふかぶかとした椅子にすわっていると、エレベーターからおりてくる母の姿が見えた。父はそとの景色に見入っていて気づかない。近づいてくる母を見ていたのはわたしだけだ。

 ふんわりしたロングスカートに、上下ともベージュで、髪はパーマがとれて、とても長かった。ふわふわとして、気持良さそうに歩いてくる。

「あなた」

 背もたれに手をおき、母は父をのぞきこんだ。髪がさらさらと背中を流れていく。

「庸子、やあ、元気かい」

「いい天気よね」

 髪に白いものがまじっているふたりであるのに、視線をあわせ微笑みをかわす姿は少年と少女のようだ。

「今日は文治も会いにきたんだよ、ほら」

 正面にすわるわたしを見るよう、父は母をうながした。母はかたむいた姿勢のまま、わたしを見た。

 繊細な顔のつくりは昔のままだ。そのまま年をとっている。

「ね、そとに散歩にでましょうよ。青空と山がとっても綺麗なんだから」

 母はなにごともなかったように父の腕をとった。母とわたしのあいだで視線をさまよわせている父に、わたしはうなずいた。

「わかったよ――文治、すぐもどるからな」

 ふたりは腕をくみ、眩しい外界にでていった。

 わたしはロビーに小銭のはいる公衆電話の存在を確認してから、案内所にすわっている職員に近づいた。

「百円かしてくれませんか」


 病院の最上階はレストランになっていて、われわれはそこで午後のお茶を飲んでいた。母は父とふたりでそこにすわっているようにして、楽しそうにしていた。父はなんとか笑顔をつくっていたが、重苦しそうだった。その顔がこわばった。わたしは首をめぐらして、片手をあげた。

 栗栖崎が店員の案内をことわって、わたしたちのテーブルに歩み寄ってきているところだった。



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