03
大路学園の野球部は、いつも甲子園出場では予選の第一回戦か、第二回戦で敗退していた。しかしその年、小川貢が入学して、入部した年、さっそく小川マジックがおきた。
代表決定戦まですすんだのだ。
高校一年ですでにレギュラーとなった男は、とびぬけた身体能力という個性をもっていた。
そしてそれだけでなく、整った容姿。
野球部がいいところまでいったという点、来年はかならず甲子園に出場するだろうという期待、小川のまわりにはつねに期待がとりまいていたし、それをスマートにうけとめ、背筋をのばして優雅に叶えてしまえる実力が彼にはあった。
小川はきちんと夏服をきていた。この学校の制服もなかなかかっこいいじゃないかとおもわせる。実際は、小川が着れば、なんだってかっこいいのだ。
わざわざ彼は自分をかっこよく見せようとしなくても、そのまま存在しているだけでかっこいい男だった。
彼の親友である能見がいったものだった――、
「小川というのは、嫌味なくらいかっこいい存在だよ。ああなりたいとおもわせるかっこよさを、本人はなんの努力もしてないんだからな」
「先輩がたがわざわざ後輩に教えてくださるにはおよびませんよ。加西くんとは自分が同学年ですし、僕が教えますから」
トイレにはいってきた小川がそういって、穏やかに笑った。
*****
先輩がたがでていくと、わたしはじっと小川を見上げた。こんなに近くで一年で四番になった選手を見るのは初めてだった。
「平気か?」
黒い髪も、涼しげな目元も、きちんととめられたボタンも清潔そうな男だった。
「うん。何なんだろうね、あれ」
わたしはネクタイを手にしながら、壁から背をはなした。
「さあ……それは俺にもわからないな」
「よく俺の名前しってたね。初めて口きいてるよね、俺たち」
そう話しながら元凶であるネクタイを結ぼうとした。
「そうだな初めてだ。でも君、栗栖崎といっしょにいるだろ?」
小川の手がのびてきて、わたしの首にふれた。目を見開いていると、小川はちょっと照れたような顔をしながらささっとネクタイを結んでくれた。
「ネクタイ、苦手なんだ?」
「うん」
「いつもは学校ではずれたら栗栖崎が?」
「うん――今日、あいつ熱だしたんだよ」
「ああ」
小川は結びおわると、わたしからすこしはなれて出来具合をたしかめた。長身で、長い手足は、ただ長いだけの栗栖崎とちがって厚みと俊敏さをかんじた。
「じゃ、また栗栖崎がいなくて困ったら、俺のとこにきたらいいよ」
そのときチャイムが鳴った。
「行こうか」
わたしは小川のひろい背中のあとをついていった。廊下の端に先輩がたのすがたが小さく見えたが、わたしが小川といっしょにいるのを見ると、消えた。
三組のまえまでくると、小川は手をかるくあげてはなれていった。
わたしはその日の午後、教室のなかでずっと小川のことをかんがえて過ごした。
(かっこよかったなぁ……)
容姿でいえば、周一さんのほうが華があるし、絵になるんだが、小川は同学年でのスターだった。
栗栖崎が、野球部にいるすごい一年生の話をしていたときは、興味もなくきいていただけだったが、俄然わたしは興味を持った。
*****
その日、帰宅したらだいぶ様態のよくなった栗栖崎の枕元にすわって、わたしは学校であったことを話した。
いかに小川がかっこよかったかについて。
栗栖崎はだまってきいていた。
「今度、野球部の練習、見ような栗栖崎」
そうニコニコしながらいうと、笑顔をかえしてくれた。
翌日、まだすこし熱があるわよ、というママさんの忠告に大丈夫といって、栗栖崎はいっしょに登校した。
そして門をくぐると、教室ではなくグランドへむかった。
朝練をしている野球部がいた。
フェンスのまわりに女子がいくにんかいる。
背番号のつけてない白いだけの野球着をつけた面々が、三々五々荷物をかかえて、部室や倉庫へ散っていく。
「小川くん」
グランドからでてきて、タオルやドリンクを手にした女子にかこまれた小川に、栗栖崎は声をかけた。背のたかいふたりは、なんなく視線をあわせる。
帽子をかぶったままの小川は、輪からぬけて近づいてくる。制服もにあうとおもったが、練習着はその倍にあっていた。きっとユニフォームすがたは目もくらむばかりだろう。
とにかく帽子がかっこいい。
(ぼ、ぼうし……)
じっと帽子を見上げていた。
「おはよう小川くん」
「おはよう。昨日、熱で休んでたってきいたんだけど、もういいのか?」
「ああ、お礼がいいたくね」
「ああ、別に」
「ありがとう」
栗栖崎がそういうと、小川は不思議なものでも見るようにわたしたちを見た。
「昨日、小川くんに助けられたって話をきいてたら、文治が君にありがとうっていってなかったみたいだったし、……助かったよ」
わたしのことを自分のことのように語る栗栖崎を、小川はちょっとおぼつかなげな顔できいていた。
「――おまえたち、ちょっと変だな……。その、あのことはもういいよ。わかったから。ただ、あまり目をはなさないほうがいいとはおもうけどな」
「ああ、それは前からわかってたんだけどね、じゃ」
「ああ、じゃあな」
わたしは話のおわった栗栖崎についていきながら、何度もふりかえって小川を見た。小川はわたしにむかって前日のようにかるく手をあげてくれた。
わたしもすこし手をあげて、左右にふった。
わたしの現在にいたるまでの小川貢ファン魂がやどったのは、まさに高校一年のこのときからだった。
小川のことをあつかった記事や雑誌はとうぜんあつめたし、放映された試合は全部みた。観戦しにもいった。
そして当時発足された小川貢ファンクラブにも会員ナンバー三として登録されたくらいだ。このクラブが発足されたのには、こんなことがあった。




