25
男女は予想どおり店にきた。
翌日から週末まで連日ふたりで店のテーブル席におさまり、わたしの働く様子を見ていた。
常連たちや店長もやがてこのふたりの、わたしへの関心に気づいたようだ。
質問され、男――能見となのった――は、
「雪男さんが、自分たちの行方不明の親友に似ているんです」
と話した。
「雪ちゃんはその友人さんなの?」
わたしにこの店のコーヒーをはじめて飲ませてくれた長谷川さんがきいてきた。
「ちがいますよ」
そうきっぱりいったけれど、本当のところわからないのだった。
その出会った週がすぎてからは、ふたりはいっしょのときもあれば、どちらかひとりで毎週末に店にあらわれた。
女性のほう――北川となのった――は、店にはいってくるなりわたしをさがし、確認するとほほえむ。
「こんにちは、だんだん寒くなりますね」
「いらっしゃい」
店長に話しかけ、注文されるまえにコーヒーカップを用意するわたしから目をはなさない。
「……雪男さん、髪は切らないの?」
「うん。でも切ったほうがいいかな」
「ながいのも似合ってるわ」
そういって、彼女は頬杖をついてわたしに笑いかける。なんとなくこんなふうにして穏やかに見つめられたことがあったような気がした。
男のほうは店にひとりできた場合、ふたり用のテーブルに座り、そのうえにノート型PCや書類をひろげ、わたしの存在を確認し、コーヒーを注文してからひたすらそれらに没頭している。
疲労の色が濃いのに、着こんだスーツが乱れている様子はない。コーヒーを置きに、テーブルにちかよると、目のつぶれそうな細かい文字がぎっしりの紙類に圧倒された。
「うわ、なにこれ仕事? こんなの頭はいってんの?」
能見はコーヒーをうけとり顔をあげた。
「頭にはいらんで仕事になるか」
「いそがしそうだし、疲れてるのによく通うよな。俺がいるかどうか電話でもすればいいじゃないか」
男は片眉をあげた。そしてコーヒーをすする。
「ここのコーヒーは足をはこぶ価値があるさ。それにな……」
「なに」
「自分でもびっくりしているんだ。雪男、俺はな、案外とおまえを高校のときから気に入ってたようだよ。あいつとふたりでいるおまえのことが、北川といっしょで見ててなんとなく気持よかったのさ。また、それが見たいというわけだ……それと、消えるまえのおまえを最後に見たのは俺だ。俺は、またおまえに消えられるのが本当に怖いんだよ」
コーヒーを口に運び、能見は無言でPCのキーをたたきだした。
わたしは盆を脇にかかえカウンターにもどり、ペーパーナプキンの補充をしてまわった。
*******
「じゅうぞー風呂わいたぞー」
「はーい」
「すぐはいれよーふたあけとくからなー」
湯加減をみるためにめくっていた袖をもどし、風呂場をでた。じゅうぞうが、パジャマとタオルをかかえ脱衣所にはいってくる。
「おにーちゃんもいっしょにはいろうよ」
「狭いだろ」
「かわりばんこにはいればいいんじゃ」
「じゃあそうするか」
じゅうぞうを茹で団子にしながら、髪をあらった。
「ねぇ、にーちゃん、にーちゃんのともだちが店にきてるんだってね」
「……ともだちかどうかわからないぞ……」
泡立てた頭に指をさしこみながら返事をする。
「そのひとたちと帰っちゃうの?」
泡のついた髪をかきわけ、湯船につかっているじゅうぞうの赤い顔を見つめた。
「――そのひとたちは、俺のことを自分たちの探し人だとおもってるようなんだ。正直、にーちゃんにはその探し人が俺のことなのかどうなのかわからないんだよ。ただな、俺はおじいとじゅうぞうが好きだ。じゅうぞうたちがここに居て、俺も居てよくて、帰ってきていいなら、俺が帰ってきたいのはここだけなんだよ」
じゅうぞうは黙ってしまった。
髪が洗いおわり、今度はわたしが湯船にはいった。
浴室に湯気がたちこめている。
「雪の日にね、にーちゃんをはじめて見たよ。それからおじーちゃんといるときも見かけた。あのひとなにしてんだろうねってきいたら、冬の寒い時期にひとりでいるような人間はひとじゃない。あれは雪が人間に化けてるんだっておじーちゃんがいった。おにーちゃんは、雪の景色を見て、いつも笑ってた。俺、雪がなくなったらおにーちゃんはいなくなるっておもってたよ」
いなくならなかったけどね、とじゅうぞうはわたしを見て、目を細くして笑った。