19
寒くて目がさめた。
わたしのふところにはいるようにして、じゅうぞうはまだ眠っている。子供の体温が高いというのは本当だ。布団のなかはじゅうぞうのおかげでぽかぽかしている。でている顔が寒い。
寝るときは、敷布団を二枚ならんで敷き、そこにわたしとじゅうぞう。おじいは、わたしが来るまえからこたつで眠っていたそうだ。
だいたいおじいが一番はやく起きてストーブに火をいれる。それから時間がくるとじゅうぞうを起こす。ついでにわたしも起こされる。
しかし今朝はおじいよりもはやく起きたらしい。
(もうちょっと眠るかなぁ)
そうおもったが、眠れなかった。気合を入れてすこし布団からからだを出し、綿入れをつかむ。パジャマ代わりにしているトレーナーにひっかぶって、ブツブツいいながら這い出した。
土間におりるために裸足にスリッパをはくのが恐怖だ。
わたしがこのふたりの住居に居候することになってすぐ、ふたりしてどこからかわたしのための生活用具を調達してくれていた。
服はどれもお古のもの。茶碗や箸や歯ブラシは予備。新調してくれたのは下着だけだ。
わたしはそれらで不自由なく暮らしだした。別段ほしいものなどない。
ガスのボタンを数回押す。
つきが悪いのだ。白い息が顔のまえにひろがってすぐ消えてゆく。
(はやくつけ! はやくつけ!)
しゃがみこんで、からだをゆらしながら何度もボタンを押す。
ボ!
のぞき穴から火がつくのが見える。
青い火が赤くなる。どんどん広がり、はやくもわたしの顔を温かい手でふれてくる。
しばらくその手を味わい、表面を愛撫されたら納得して立ち上がり、水をいれたやかんを置いた。
「はやいな……」
「あ、おはよう。うん、なんだか目がさめちゃったよ」
おじいが上着を着ながら上体をおこしている。わたしは反対側からこたつにはいった。
「寒いねー」
「雪男、おまえいつもそれいってるぞ」
「あ、そう?」
しかしそれ以外あるまい。
時間がきて、じゅうぞうを起こし、ご飯や、身支度や、学校の用意をそろえさせる。
朝はたいてい食パンをストーブで焼いて、マーガリンをつけて食べる。他におなじようにストーブにのっけたフライパンに卵やハムやらソーセージやらを入れて、適当につまむ。飲み物はいまのところ三人そろってミルクココアだ。
男三人。
誰も凝ったものなどつくりはしない。
じゅうぞうが学校にいくとおじいとふたりきりになる。そのうちおじいもどこかへでかけていくので家にはわたしひとりとなる。
昼は家にあるもので、朝と似たようにして食べ、夜は三人そろって、おじいが買ってきたもので適当に、いくぶん料理っぽいものをこしらえて食べる。
昼間のひとりは、家にいるか、外をぶらぶらするかしていた。
おじいとじゅうぞうの家のまわりは何もない。
山並みと林と空の風景以外を何もないというなら、やはり何もない。
お隣さんの家もしばらく歩かないと見えない。
広く、なんておおきな空。
外にでると雪景色に夢中になってしまって、夕暮れをむかえてあわてて帰る、ということになる。そんなときは、じゅうぞうが玄関まえでわたしを待っていたりする。
「かえってきた! おじいちゃん、おにーちゃんかえってきたよ! かえってきた、かえってきた!」
丸いじゅうぞうが、雪に足をとられながら駆けよってきて、わたしにぎゅっと抱きつく。
(…………やっぱ、ここに帰ってこなきゃだめなんだな……)
小さく丸く重いじゅうぞうに抱きつかれると、そうおもった。
わたしは抱きかえし、じゅうぞうを「よっこらしょ」と持ちあげて数歩すすむ。
三人での生活は、なんとなくはじまり、わけしらず溶け込み、ここが帰っていく場所なのだとわたしにおもえてきた。
*****
二週間はたったころだろうか。
「おにいちゃんも学校いこうよ」
ランドセルを背負わしてやっていたら、赤い頬をしたじゅうぞうが、わたしを見上げてそんなことをいった。
「寒いから俺は昼からしかでないぞ」
「行け、雪男、行け」
「いこうよー」
強行に反対する気にならず、さりとて寒さは怖い、というわけでわたしは嫌な顔をしながらダッフルコートをはおり、マフラーをし、おじいの手袋を失敬し、靴下を二枚はいた。
「いってきまーす!」
「まーす」
おざなりにつづいて、家をでた。
快晴。
朝日に雪が反射して、信じられないくらいまぶしい。
(ひー!)
「おにーちゃんはやくぅー」
「ううう……」
丸く青い弾丸がころがっていったほうへすすむ。
「おにーちゃん」
じゅうぞうに追いつくと、左手をにぎられた。手をつないだまま、ざくざくすすむ。
寒さは用心したほどではない。距離をあるくほど慣れてくる。からだもぽかぽかしてくる。
「――じゅうぞう、学校ってどのへんだっけ……」
「あの山のしたらへん」
「――…………」
わたしは観念した。