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周介の視線が自分の首筋にあるのに、わたしは気づいた。首に手をやって、なんだ? とかしげる。
すると周介は、ながい腕を椅子にすわったままのばしてきて、わたしのポロシャツをめくった。
そのめくられる力の強さに、わたしはよろめいた。
「おい、離せよ……!」
するとすごいいきおいで手をはなされ、周介はあっという間にベランダの窓際に立っていた。
「な、何なんだよ」
「ブンちゃん」
「だからなんだよ。コーヒーでいいのか? ジュースがいいのか?」
「ブンちゃん」
「――」
こちらに背中をむけて、周介はうつむいていた。
「――兄貴のこと好き……? それで、いいの……?」
はじめて周介にであったのは、わたしが小学四年生で、奴が小学一年生のとき。わたしより当然ちいさく、舌ったらずながらお喋りだった。
栗栖崎家ではわたしはかわいがられる存在だったが、周介にたいしてはこいつが自分の弟のような気がしていた。よくじゃれてきて、いっしょになって転がっておおさわぎした。たあいもない競争や、言い争い、しょうもない頼みでもすすんで引きうけてくれた。
かわいいかわいい奴。栗栖崎家の大切な一員。
「栗栖崎のこと……? そうだな、好きだな」
「――うん……わかってたよ。ブンちゃんと兄貴は特別だもんな」
「周介」
いくら呼んでも周介はこちらをむいてくれなかった。奴はおおきなからだをちいさくして、家をでていった。クリスフォーがいなくなった空間は、おそろしいくらいひろく感じられて不思議だった。
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その日、二十二時ごろ帰宅した栗栖崎の頬には湿布がはってあった。
「なんだそれ」
まっさきに遠慮もなく指摘してやると、栗栖崎はちいさく苦笑して、顔をしかめた。
「……なんでもない。ちょっとぶつけた」
「ふうん。あ、冷蔵庫にスイカがあるぞ。周介がもってきてくれたんだ。鳥取産の甘いやつ。美味しいぞ」
「そうか」
栗栖崎は自分の部屋にはいり、荷物をおき、パジャマを手に、すぐでてきた。椅子にすわっていたわたしの頬をかるくなでると、浴室にむかった。
濡れた髪をタオルでふきながらでてきた栗栖崎と目があった。
「スイカだしてやろうか」
「うん」
四分の一をそのままでん、とだしてやる。スプーンはふたつ。大胆に食べだした。
アイスクリームみたいに果実を丸くくりぬいてみた。それを口にいれて、水分と甘味を楽しむ。自然と微笑んだまま正面に座る栗栖崎と見つめあう。湿布はなくなっており、頬に赤いあとがついている。
「文治、……嫌なら、家に帰ってていいんだからな」
「――ん?」
「…………僕たち、離れたほうがいいのかもしれない」
「離れて、ほしいのか」
栗栖崎は首をふる。
「いやだ。でも、止まらないんだ」
転がる石。
「なにもかもうまくいってるはずなのに、何なんだろう。僕には充実感だけがあるはずなのに、すみっこに手がとどかないような、イライラするんだ。世界なんてどうでもいいってくらいイライラするんだ。文治のこともどうでもいいっておもえてきそうなんだ」
転がる石をどうやって止めればいいのか。
わたしも奴も、無力だった。
片頬を赤くした栗栖崎は、その夜、いままでないくらいわたしをひどくあつかった。




