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分身  作者: みやしろちうこ
第2部
14/56

14

 周介の視線が自分の首筋にあるのに、わたしは気づいた。首に手をやって、なんだ? とかしげる。

 すると周介は、ながい腕を椅子にすわったままのばしてきて、わたしのポロシャツをめくった。

 そのめくられる力の強さに、わたしはよろめいた。

「おい、離せよ……!」

 するとすごいいきおいで手をはなされ、周介はあっという間にベランダの窓際に立っていた。

「な、何なんだよ」

「ブンちゃん」

「だからなんだよ。コーヒーでいいのか? ジュースがいいのか?」

「ブンちゃん」

「――」

 こちらに背中をむけて、周介はうつむいていた。


「――兄貴のこと好き……? それで、いいの……?」


 はじめて周介にであったのは、わたしが小学四年生で、奴が小学一年生のとき。わたしより当然ちいさく、舌ったらずながらお喋りだった。

 栗栖崎家ではわたしはかわいがられる存在だったが、周介にたいしてはこいつが自分の弟のような気がしていた。よくじゃれてきて、いっしょになって転がっておおさわぎした。たあいもない競争や、言い争い、しょうもない頼みでもすすんで引きうけてくれた。

 かわいいかわいい奴。栗栖崎家の大切な一員。


「栗栖崎のこと……? そうだな、好きだな」

「――うん……わかってたよ。ブンちゃんと兄貴は特別だもんな」

「周介」

 いくら呼んでも周介はこちらをむいてくれなかった。奴はおおきなからだをちいさくして、家をでていった。クリスフォーがいなくなった空間は、おそろしいくらいひろく感じられて不思議だった。





****




 その日、二十二時ごろ帰宅した栗栖崎の頬には湿布がはってあった。

「なんだそれ」

 まっさきに遠慮もなく指摘してやると、栗栖崎はちいさく苦笑して、顔をしかめた。

「……なんでもない。ちょっとぶつけた」

「ふうん。あ、冷蔵庫にスイカがあるぞ。周介がもってきてくれたんだ。鳥取産の甘いやつ。美味しいぞ」

「そうか」

 栗栖崎は自分の部屋にはいり、荷物をおき、パジャマを手に、すぐでてきた。椅子にすわっていたわたしの頬をかるくなでると、浴室にむかった。


 濡れた髪をタオルでふきながらでてきた栗栖崎と目があった。

「スイカだしてやろうか」

「うん」

 四分の一をそのままでん、とだしてやる。スプーンはふたつ。大胆に食べだした。

 アイスクリームみたいに果実を丸くくりぬいてみた。それを口にいれて、水分と甘味を楽しむ。自然と微笑んだまま正面に座る栗栖崎と見つめあう。湿布はなくなっており、頬に赤いあとがついている。


「文治、……嫌なら、家に帰ってていいんだからな」

「――ん?」

「…………僕たち、離れたほうがいいのかもしれない」

「離れて、ほしいのか」

 栗栖崎は首をふる。

「いやだ。でも、止まらないんだ」

 転がる石。

「なにもかもうまくいってるはずなのに、何なんだろう。僕には充実感だけがあるはずなのに、すみっこに手がとどかないような、イライラするんだ。世界なんてどうでもいいってくらいイライラするんだ。文治のこともどうでもいいっておもえてきそうなんだ」


 転がる石をどうやって止めればいいのか。

 わたしも奴も、無力だった。



 片頬を赤くした栗栖崎は、その夜、いままでないくらいわたしをひどくあつかった。




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