13
からだを反転させた拍子に目がさめた。腕をこするタオル地のシーツが気持いい。
「うーん…………ん」
声がおかしい。喉が痛いような……。肘をついて上体をおこす。電源のはいってないパソコン。積み上げられた分厚い本。ノート。束ねられた書類。ハンガーにかかった地味な色の上着。すべてきちんとされている。だが物がおおい。栗栖崎の部屋だ。
「あー……そっか……」
そうだった。昨日はこっちで寝たんだった。こっちのベッドは狭いからあまり好きではない。いつ落っこちてしまうか気が散るのだ。居間のほうならいくらころがっても落ちることはない。
栗栖崎はどうやらわたしが、そうやってゴロゴロして逃げたりするのが嫌なようだった。こっちのベッドだと逃げ場がなくてすぐつかまる。並ぶのではなくてどっちかがどっちかの上か下にいるなら、場所もとらないといえないこともない。
時計を見ると十三時を過ぎていた。奴は大学だろう。
ベッドサイドに服がたたんで置いてある。下着すがたのわたしは、それをつかんで部屋をでた。
壁づたいに浴室にいった。ドアをあけると左側に洗面がある。しかめた顔をした自分がうつる。
ポロシャツとスエットパンツを片手に持った、パンツ一枚の裸の男。二十歳になった成人。酒も煙草もOK。
かっこよく微笑もうとして、喉をさすった。声の出しすぎだろう。全身にある栗栖崎がつけた跡をしげしげと見たあと、わたしは浴室にはいった。
シャワーからでてくると、適当に頭をふいて、タオルを首にかけ、ベランダの窓をおおきく開けた。
「ひゃー、まぶしい……!」
そして圧倒されるような蝉の声。
全開にしたままキッチンにいき、冷蔵庫にはいっていたサンドイッチと百パーセントオレンジジュースをトレイにのせてソファにすわった。
はんぶん食べて、薄いあずき色のソファに寝そべった。
「……んー……気持いい~」
窓からささやかな風がはいってくる。ほとんど熱風で、涼とはならない。濡れていた髪があっという間にかわいて、わたしは嫌々おきあがって窓を閉め、エアコンをつけた。のこりのサンドイッチを食べてしまう。
(風鈴がほしいよな)
熱風でもあの音がきこえたなら、もうちょっと涼しげだったはずだ。
(今頃おそいかな)
八月下旬だった。夏の高校野球もおわり、千葉県代表が優勝した年。
折りたたんでソファ、ひろげてベッド。
わたしはからだをのばして目をとじた。タオルケットに抱きつき、右をしたにしてからだをまるめた。
「――文治……」
栗栖崎の声が耳にのこっている。さすがにあれだけ耳元で呼ばれつづけたら、とおもう。
なんとなく昨夜あったことを脳裏でおもいかえしていたら、チャイムが鳴った。面倒で居留守をきめこんでいると、玄関をがんがんたたく音。
「ブンちゃーん! いるんだろー!?」
********
スイカをもってあらわれた周介は、髪を短く刈り込み、真っ黒に日焼けしていた。
「なんで室内練習でそんなに黒いんだ」
周介は夏季合宿からもどってきたばかりといった。
「マラソンですね。十キロはしったりしますから」
「そうか――スイカ半分切ってくれよ」
「冷えてないぞー」
「いいからいいから」
周介を誘導して台所へいき、奴に切らせる。こういう大物は、手がおおきくて力がある奴が切ればいいのだ。
「スイカ食べんの今年はじめてだ」
「本当かよー家にはけっこうあったみたいだぞ」
「ああ、家、もどってないんだよな、最近」
半分をさらに半分に切った周介は、ちょっとわたしを見たが、切る手はとめなかった。
テーブルに移ってさっそく食べた。
周介にもすすめたが、家で腹が裂けるほど食べたと手をつけなかった。残りの四分の三は冷蔵庫にいれてある。
塩をテーブルに用意したが必要なかった。
「あまっ、甘いな!」
「だろう? 鳥取県産だって」
「へえ」
口元をタオルでぬぐいながら周介を見上げて笑った。クリスフォーもつられたように笑った。
いちだんとのびた手足、長身だがぺらったいからだの栗栖崎とはちがって、四男は厚みがある。おおきな手はスイカを片手でつかめる。
「兄貴は大学?」
「そう」
「いつ来てもいないよなー正月に会ってから見てないよ、俺」
「あ、そんなになるか。そうだなぁ、たまには家に帰ればいいのにな」
「ブンちゃんがいえばふたつ返事だろ」
わたしは言葉につまった。
スイカの皮ののった皿をはさんで対峙している周介が、目を見開いた。栗栖崎と似た、小さくまるい目だ。メガネはしていない。
「マジ?」
「いまは帰る気しないんだって。帰りたかったら俺ひとりで帰ればいいって。僕はいいよって」
「――」
「あ、俺、お茶もだしてないな。アイスコーヒーがあるぞ」
椅子から立ち、周介のうしろをとおって台所に行こうとした。腕をつかまれた。
「ジュースがいいか?」
見下ろすと、周介はわたしの一点を見ていた。
「ブンちゃん……」
「なに」
つかんでいた腕をはなされた。
「兄貴と寝たの…………?」