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分身  作者: みやしろちうこ
第2部
13/56

13

 からだを反転させた拍子に目がさめた。腕をこするタオル地のシーツが気持いい。

「うーん…………ん」


 声がおかしい。喉が痛いような……。ひじをついて上体をおこす。電源のはいってないパソコン。積み上げられた分厚い本。ノート。束ねられた書類。ハンガーにかかった地味な色の上着。すべてきちんとされている。だが物がおおい。栗栖崎の部屋だ。


「あー……そっか……」

 そうだった。昨日はこっちで寝たんだった。こっちのベッドは狭いからあまり好きではない。いつ落っこちてしまうか気が散るのだ。居間のほうならいくらころがっても落ちることはない。

 栗栖崎はどうやらわたしが、そうやってゴロゴロして逃げたりするのが嫌なようだった。こっちのベッドだと逃げ場がなくてすぐつかまる。並ぶのではなくてどっちかがどっちかの上か下にいるなら、場所もとらないといえないこともない。


 時計を見ると十三時を過ぎていた。奴は大学だろう。

 ベッドサイドに服がたたんで置いてある。下着すがたのわたしは、それをつかんで部屋をでた。

 壁づたいに浴室にいった。ドアをあけると左側に洗面がある。しかめた顔をした自分がうつる。

 ポロシャツとスエットパンツを片手に持った、パンツ一枚の裸の男。二十歳になった成人。酒も煙草もOK。

 かっこよく微笑もうとして、喉をさすった。声の出しすぎだろう。全身にある栗栖崎がつけた跡をしげしげと見たあと、わたしは浴室にはいった。



 シャワーからでてくると、適当に頭をふいて、タオルを首にかけ、ベランダの窓をおおきく開けた。

「ひゃー、まぶしい……!」

 そして圧倒されるような蝉の声。

 全開にしたままキッチンにいき、冷蔵庫にはいっていたサンドイッチと百パーセントオレンジジュースをトレイにのせてソファにすわった。

 はんぶん食べて、薄いあずき色のソファに寝そべった。

「……んー……気持いい~」


 窓からささやかな風がはいってくる。ほとんど熱風で、涼とはならない。濡れていた髪があっという間にかわいて、わたしは嫌々おきあがって窓を閉め、エアコンをつけた。のこりのサンドイッチを食べてしまう。

(風鈴がほしいよな)

 熱風でもあの音がきこえたなら、もうちょっと涼しげだったはずだ。

(今頃おそいかな)

 八月下旬だった。夏の高校野球もおわり、千葉県代表が優勝した年。


 折りたたんでソファ、ひろげてベッド。

 わたしはからだをのばして目をとじた。タオルケットに抱きつき、右をしたにしてからだをまるめた。


「――文治……」


 栗栖崎の声が耳にのこっている。さすがにあれだけ耳元で呼ばれつづけたら、とおもう。

 なんとなく昨夜あったことを脳裏でおもいかえしていたら、チャイムが鳴った。面倒で居留守をきめこんでいると、玄関をがんがんたたく音。

「ブンちゃーん! いるんだろー!?」




********




 スイカをもってあらわれた周介は、髪を短く刈り込み、真っ黒に日焼けしていた。

「なんで室内練習でそんなに黒いんだ」

 周介は夏季合宿からもどってきたばかりといった。


「マラソンですね。十キロはしったりしますから」

「そうか――スイカ半分切ってくれよ」

「冷えてないぞー」

「いいからいいから」

 周介を誘導して台所へいき、奴に切らせる。こういう大物は、手がおおきくて力がある奴が切ればいいのだ。

「スイカ食べんの今年はじめてだ」

「本当かよー家にはけっこうあったみたいだぞ」

「ああ、家、もどってないんだよな、最近」

 半分をさらに半分に切った周介は、ちょっとわたしを見たが、切る手はとめなかった。


 テーブルに移ってさっそく食べた。

 周介にもすすめたが、家で腹が裂けるほど食べたと手をつけなかった。残りの四分の三は冷蔵庫にいれてある。


 塩をテーブルに用意したが必要なかった。

「あまっ、甘いな!」

「だろう? 鳥取県産だって」

「へえ」

 口元をタオルでぬぐいながら周介を見上げて笑った。クリスフォーもつられたように笑った。

 いちだんとのびた手足、長身だがぺらったいからだの栗栖崎とはちがって、四男は厚みがある。おおきな手はスイカを片手でつかめる。


「兄貴は大学?」

「そう」

「いつ来てもいないよなー正月に会ってから見てないよ、俺」

「あ、そんなになるか。そうだなぁ、たまには家に帰ればいいのにな」

「ブンちゃんがいえばふたつ返事だろ」

 わたしは言葉につまった。

 スイカの皮ののった皿をはさんで対峙している周介が、目を見開いた。栗栖崎と似た、小さくまるい目だ。メガネはしていない。


「マジ?」

「いまは帰る気しないんだって。帰りたかったら俺ひとりで帰ればいいって。僕はいいよって」

「――」

「あ、俺、お茶もだしてないな。アイスコーヒーがあるぞ」

 椅子から立ち、周介のうしろをとおって台所に行こうとした。腕をつかまれた。

「ジュースがいいか?」

 見下ろすと、周介はわたしの一点を見ていた。

「ブンちゃん……」

「なに」

 つかんでいた腕をはなされた。



「兄貴と寝たの…………?」




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