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分身  作者: みやしろちうこ
第2部
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 栗栖崎が大学生になるとふたりで家をでて、大学にちかいマンションをかりた。

 緑ヶ丘サンハイツという名前だ。

 わたしはクリスツーこと次男の周太さんの紹介でバイトをはじめた。それはサンハイツから電車で一駅分さきにある、動物愛護団体による里親施設での犬や猫の世話だ。

 毎日いかなくてもよいが、手が足りなくなると電話がはいってくる。

 栗栖崎が大学に出かけると、わたしもバイトへ行ったり、栗栖崎の家に行ったり、どこにも行かなかったりして過ごす。


 部屋は二LDKというらしい。リビングよこの洋室は栗栖崎の部屋で、奴の本やパソコンやベッドがあり、わたしは居間のソファベッドで寝起きした。

 食事はおたがいが作ったり作らなかったり。実家へかえったりするとママさんが料理をもたせてくれた。


 マンションを借りるお金や生活費は、さいしょパパさんが出してくれていた。わたしの父もいくらか出していたそうだ。

 しかし栗栖崎が二年で飛び級して大学院生となり、研究室から研究職員としてお金をもらいだすと、そういった応援もいらなくなったようだ。

 デビットカードを一枚、わたしは手渡された。

「お金が足りなくなったらここから出したらいいから」

「いっぱい使うぞ」

「ほどほどでたのむ」

 二十才になった栗栖崎は色が悪くなった顔で笑った。


 奴はだんだんと暗いものを背負うようになった。

 ほんとうにじょじょに。そしてとうとう、巨大に。

 バイト帰りにカードをつかってコンビニのラムネを買い占めたりして豪遊していたわたしも、その変調にほうっておけなくなった。


 食事の用意をして、ちゃんと食べるか見張ったり、だいぶ上手になった洗濯をしてやったり、

「休め。大学に行くな」

 とくりかえしいった。


「――どうしたんだよ文治。僕はいま研究がたのしいんだよ」

 玄関まえで、靴をはいていた栗栖崎の邪魔をした。腕に抱きついてなかへひっぱりこもうとこころみた。

「もういいだろう。そういうの、もういいだろう。よせよ。やめとけよ」

「そういうのって……?」

 ずれたメガネを指であげて、わたしを見下ろす。

「なんか、おまえのなんかをなくしてるやつのことだよ」

「――」

「顔色わるいっていわれるだろ」

「いや、いきいきしてるっていわれるけどな」

「嘘だ」

「ほんとうだよ。な、文治、もう行くから。バイトあるんだろう? がんばれよ。じゃあな」

 片腕でわたしをひきはがすと、栗栖崎はすこしだけ振りかえり、ドアを閉めた。

 ドシンとした震動。



 *




 能見は栗栖崎とおなじ大学だ。政治のことを勉強しているらしい。ごくごくたまにサンハイツまで顔を出しに来る。たいてい家にはわたししかいない。それじゃ、とふたりで外食をする。

 話題は小川やあつこのことなど。


 小川は、高校を卒業した年にプロの野球選手になっていた。最初の一年は栗栖崎とよく球場まで観戦しに行ったが、二年目になると忙しいというので、球場までつき合ってくれるのは、能見やあつこ、クリスフォーだった。


 あつこは別の大学に進学していた。

 よく電話をくれるので、たまに待ち合わせして会っていた。免許をとると直接むかえに来てくれるようになり、車に乗ったまま映画を見たり、足をのばして乗馬できる場所まで行ったりした。


 栗栖崎家ファイナルカード・周介はとうとう高校で百九十センチに手がとどいた。そのくせ、まだ伸びてもいいといっている。バスケットボールをするには背が高いのはいいのだそうだ。

 全日本の学生チームの一員に選ばれたときは、テレビで試合するから見ろとか、どこそこでやるから会場まで応援しにこいだとか、電話してきたり、実家で会うと約束させられたり。

 わたしは室内競技より、野外のほうがひろびろとしてて観戦するのが好きなのだが、体育館とよばれる会場もおそろしくひろいところがあるのを、周介応援メンバーとして参加しているうちに知った。



 「栗栖崎さ、顔色わるいんだよね」

 そういうと、たしかに能見もあつこも、周介も首をかしげた。

 たしかにずっと研究室にこもってるみたいだから青白くなってるかもしれないけど、充実してるように見える、というのがおおかたの意見。

 栗栖崎周平の頭脳がようやく発揮される場所にいたったというのだ。


「自分より研究を優先されて淋しいのか?」

 周介にはそうからかわれた。



 ――淋しい?


 いや、そんなものではない。

 存在そのものの危機だ。




 唯一、そうかも、といってくれたのはママさんだった。

 背の高い栗栖崎家で一番ちいさいのは彼女だ。しかしそれでも百七十近くあって、わたしより高いくらいだ。

 しっかりした骨格に、長い首、まっすぐのびた姿勢から、のびやかな声が腹からほとばしる。

 結婚するまで声楽家をしていたそうだ。周介が高校生になったこの時期、ふたたび活動を再開していた。

 髪をアップしてドレスを着て、舞台にたつママさんは、さすがに周一さんの母親だった。


「このあいだ、ひさしぶりにあったら、あの子、なんだか余裕がないかんじしたわね。こんをつめてがんばっているのかも、という気もしたけど、あんまり自然じゃないのよね」

「そうそう! そうそう! そうなんだよ!!」

 まさにそのとおり。


 栗栖崎は自然じゃなくなっている。

 わたしが暗いのを追い払おうとしても、それは本人にとっては困惑だったし、周囲にとっては栗栖崎の才能の邪魔に見られたようだった。




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