鉄神になる
平成二年 七月一九日
岩手県 北上市
午前 一一時三八分
白い雲の形がとぐろをまいたウンコのようなので、「こりゃあいい」と思い、カメラを向けると、後ろから「さっさと歩け」と蹴りつけられた。
後ろにいた千田涼夏はいつもノロノロしている透明青空という少年のことが嫌いだった。
青空は「ごめんよ」とへらへら笑って、少し足を速めていた。
この日はあまり好きではない行事の日だった。
夏休み・冬休みの前に必ずある町内のゴミ拾い。
涼夏はいままで一度しか参加していなかったが、今日は好きな男子に「出ないとならないぞ」と言われてしまったので、仕方なく参加。
すると、嫌いな青空と同じ班に割り当てられてしまった。
嫌いな行事を嫌いな奴と……というので、イライラしていた。
「なにがお世話になっている街を綺麗にして楽しい長期休みにしようだクソったれ」と怒りに任せた事を呟きながら青空の頭に木の葉が落ちるのを見る。青空はそれに気付いていない様子で、前にいた別の班の友人と話をしていた。どうせ新しい特撮映画の話だろう、と思う。
いつも教室の隅で似たような眼鏡ばかりかけて似たような臭いをさせたれんじゅうと寄ってたかって、「今季は海外アニメが良き。日本は負け始めています」「貴様ア、クレイジー・クレイジーを観たうえでの日本アニメ批判か?」「当たり前だねい」などと話していて、マジで気持ち悪い。
クレイジー・クレイジーってなんだよ、と。
「ってコラコラ、ショークマン。頭に木の葉がライドオン」
「あっ、マジだ。ショークマンは油断も隙もない! そんなあざとい事をしてオナゴにモテモテになろうとしたところで、貴様を待つのは千田涼夏のゴムまりでい」
「オヒッ! まるで『大幻術戦士ジジン』の狸老師のようですねぇ!」
「わざとじゃないんたけどなあ」
「あれやって! あれ!」
「ふふふ! よかろう! 我が家はターヌキッ! ルォーシなり」
「似すぎ!!」
狸老師ってなんだよ、と思いつつ、その背中を見てみる。
時折ほかの女子たちとも何かを話しつつ、青空は声真似をしてみせる。
女子たちが笑って、青空も笑って、青空の友人たちも笑っている。
いつもひとりでいる自分なんかより……。
などと考えて、さらに腹が立つ。
先頭の班にいた涼夏の気になる男子・門出春光がやってきて、青空のよくわからん一発ギャグに笑っていた。
全部を、全部を、透明青空に奪われる。
あの顔を向けられておいて、いつもへらへらわらっている。雲のように白い心を持っているみたいに、彼の頭の上の空はいつも青かった。
平成二年 七月一九日
宮城県 石巻市
午後 一時八分
奥羽山脈・籠野山。
そこでまったく未知の高エネルギーを持つ大きな鉱石が発掘された。おおよそ八メートルほどの高さ、四トンほどの重さ。
それは極めて透き通る透明だったが、人が触れると、赤や青、または紫や緑色になってしまった。
専門家は知り合いの民俗学者に頼って、その鉱石を知らないかと訊ねた。その民俗学者は「鉱石を信仰する人間」についての研究をしているらしかった。
そして、古文書「星界風土記」に似た鉱石の記述があった。人を鬼に変えてしまう空から降ってきた神の石。
「隕石か!」
「そのようだけど、なしてこんなものが今更になって発掘されたのかこれがわからない。あの山はいままで何度も工事が入っていたし、発見された地点はまるきり掘り返して、もう一度埋めたような場所で、前回ほっくり返したときは何も出てこなかったんだろう」
「この石……星界風土記にならって籠野黒天鉱と呼ぶが、この石には不思議な力があるんだろう。事実、大きなエネルギーが宿っているというのは見た話だ」
「ええ、そうです。この石の欠片をネズミに移植したところ、別の生物になってしまいました。おそらく石から発せられるエネルギーが細胞の並びを変えてしまうんだと思います」
「な……るほど。しかし……そんな事が実際にあり得るのか?」
「外部から強いエネルギーを当てておけば可能っちゃ可能ですが、エネルギーの度合いが太陽の二個分ほど……あんな小さな物でそれほどの力を持っていたら、あの山の生態系は一秒もかからずに滅びているはずです」
「ううむ……いずれにせよ……あの石は誰の手にも触れぬようにかたく封印しておく必要があるな」
「そうですね」
そうしていると、そこに電話があった。
男が出てみれば、その奥からは女の声がした。どうやら婦警のものらしく、焦っており、話を聞いてみれば驚いた。
籠野黒天鉱が消失したのだと言う。
「恐ろしいことになりますよ」
「恐ろしいこと……」
「人が怪人になります。我々はそれに対抗する手段を持たないでしょう。するとどうなるか」
「…………」
「まぁ、楽に死ねれば良い方ですね」
「冗談じゃない……」
籠野黒天鉱は姿をくらませ、何をしてみせたかといえば、分裂し、人々に振り注いだ。まずは最初にこぶし大の二つがそれぞれ別々に飛んで行った。それから、一回り小さいものが東北圏全体に散らばるようになって散っていく。
それらは凶悪な犯罪者たちに寄生していく。
籠野黒天鉱は人を鬼に変えてしまう驚異の鉱石。
人々が悪しき怪人になっていく。この世に混沌が訪れる。
平成二年 七月一九日
岩手県 北上市
午後 二時〇分
籠野黒天鉱は青空の胸に突き刺さった。
青空たちの班員や、春光や、涼夏はほかの班や生徒から離れて最後尾にいたのでそれを見たのは彼らだけだったが、五人が紛れもなく赤く輝く石が青空の胸に突き刺さるのを見ていた。
「う、うわ! うわあぁぁぁ〜〜〜〜〜青空!?」
「なんだ!? 狙撃されたか!?」
「誰か救急車呼べ救急車!!」
籠野黒天鉱は青空の身体に根を張り、身体のつくりを変えてしまう。まず最初に神経系の基礎部分を乗っ取り、彼の身体に特殊物質を分泌できるようにした。
そして、身体には石を隠しておけるスペースが欲しかった。
籠野黒天鉱自体も変化していき、尖っていたそれは丸く太陽のような模様を浮かび上がらせ、胸の中心に埋まった。
まるで目を開くような構造を作り出し、普段閉じている際は他人に視認できないように細工もした。
そして、停止していた青空の生命活動を再開させる。
「ゲホッ、ゲホッ……」
「おいっ、大丈夫かよお前!」
「なにか……よくわかんない……な、なんだったんだ、いまの……? みんなは大丈夫!? 怪我は!?」
「俺たちは大丈夫だよ、お前だけだもん」
「そっか。よかった……」
青空は胸のあたりの違和感を撫でて、「おかしな感覚だ」と言った。それからすぐに涼夏の方を向くと「君は大丈夫?」と問う。
涼夏は少し戸惑ってから、「自分の心配しろよバカ」と見下すような声色で言った。
「言い方は悪いけど実際そうだよ、透明。おまえ……自分の心配したほうがいいよ。病院に行こうか? やっぱり何処か悪いのだろうから、診てもらったほうがいいよ」
春光が言うと、青空は「なんともないんだ」と答える。
「むしろ、調子がいいほうなんだ。さっきまであった息苦しさとかが消えてしまって、超いい感じ」
「不思議なこともあるもんだね」
「そうだね」
平成二年 七月一九日
岩手県 北上市
午後 二時一三分
それは突然に訪れる。
六人の前に禿頭の男が現れた。異様な雰囲気をまとわせて、虚ろな目やボロボロの歯を見せびらかして、胸に埋まっていた黒く光る石を青空に見せて、「若い女見つけたよん」と笑う。
約二秒の沈黙。
若い女、若い女。涼夏のことだ、と気がついたのは青空の友人たちだった。青空は男の胸の中にある石を見て、自分の胸のなかにも同じ物があるのだと理解した。
春光は青空の様子が気になりつつも、青空の友人たちに続いて涼夏を守るように場所を変えていた。
「それじゃあ、死のうね」
「なにか……まずい……」
身体中を通っている神経が扁桃体が強化させていた。男の感情が伝わってきて、恐怖をおぼえる。
すぐに背後に飛んで、友人たちの方に腕を伸ばした。
月の瞬間、青空の手を貫くように巨大な針が突き出た。春光の顔に青空の血が散るがそんな事を気にかける隙もなく、青空は手に針をしっかりと突き刺したのを確認した後に地面に腕をおろし、針をへし折り、間合いを詰めるように走り出し、まだ針の刺さっている右手で男の顔面を目掛けてビンタをかましたが、それは男の顔には刺さらず、ただ抜け落ちてぽーんと地面に落ちるだけ。
男は黒い怪物に姿を変えていた。
「こいつは……危ない! みんな逃げて!」
「し、しかし!! 青空はどうするんだ!」
「たぶん俺は……大丈夫だ……」
籠野黒天鉱が情報を頭の中に伝えていく。
「俺は、鉄神だ……」
「なに!?」
「冗談言ってねぇでさっさと……」
「鉄神になる」
地面に向けてぶらんと下げていた腕を胸に掲げる。すると、「瞼」が開き、赤い光が周囲を照らした。
青空はシャツを脱ぎ捨てて、「変身」とつぶやいた。
すると、彼の身体は細胞の構造を変化させていき、皮膚は鉄のように硬く純白の物になり、その硬い鋼鉄を動かせるほどの強力な強化筋肉が全身を占め、強化筋肉に耐えうる鋼鉄の骨格が形成され、頭を覆い隠す強化皮膚と外骨格の上に視神経を強化された複眼状の眼が二つ、青く光を灯している。
「鉄神……」
黒い怪人はまるで恐れることもなく、涼夏を殺すためにまた針を伸ばしたが、白い怪人はその針を掴んで見せると、そのまま黒い怪人の肉体ごと持ち上げて、針をへし折り、落ちてきたところで顔面を殴りつけた。
変身していると、暴力の加減がきかなくなる。
身体の中を高速で回っている血液が、血流が、暴れろと言う。
「強いなぁ〜〜鉄神だったか? なんだ、お前?」
「鉄神」
「鉄神かあ」
「鉄神」
「そっか」
「鉄神」
「もうええて」
「俺は鉄神だ。……あ、あなたはいったいなんなんだ……」
「教えてあげない。まぁとにかくさ、俺人殺さないとおちんちん反応しないんだよね。若い女がベストかな。でもまぁ、そこのでも良いかな」
黒い怪人は春光を指差した。
「女みてぇなツラした男のケツいいよ」
「彼に手を出させない」
「なんで? そういう関係?」
「彼は俺の友人だ。あなたはそうやって、あまりにも勢い込んで人を侮辱するのはいい加減で止めるべきだ。なんなんだ、あなたはいったい……ふざけているのか!?」
「ふざけてないやん。だってこれが俺!」
「ふざけている」
「お前もお前を出せって。そんなんじゃないはずだ! ほらっ! ほらってば! ヒーローなんて器質じゃないんだろ、その石に選ばれたならさ! 俺たち自由人のための力をくれる石だぜ。お前も本当は自由になりたかったんだろ、その男を自分のものにしたい欲求とかありそう」
「黙れ」
「やだね。おしゃべりマンだから。お前はヒーローにはなれないよ。いまここで本当の自分を出さないと一生お前はうんこだ。人の言葉をたくさん喋ることができるだけのうんこだ」
「黙れ」
「手始めにそこの男で自分の解放! 女と違っていくらでも誤魔化しきくから手を付けやすいと思うよ。それともケツは嫌?」
「本当に黙れ」
自分以外を人とは思っていないのか、と。
青空の中に怒りが蓄積されていく。
「俺も黙る」
「一人で勝手に黙ってなよ」
それ以上口を開くことはなかった。
ただ、何をするべきかを分かっていれば、動き方もわかった。
針を躱し、針をへし折り、胸の石を殴る。それの繰り返し。
胸の石には徐々にヒビが入っていき、しまいにはパリンと音を立てて、剥がれた。それをつかみ、身体に染みついた神経ごと引き抜く。血が散ろうと構わないでズルズルと引きずり出し、地面に石を落として、踏みつぶした。
「ああっ、あああ! 俺の自由!」
「あなただけが人じゃない。どうして誰かを苦しめる事に何の躊躇いもないんだ。……ありえない……」
平成二年 七月一九日
岩手県 北上市
午後 二時三一分
変身を解いてみると、「瞼」が閉じるのを見た。
シャツを拾い上げて着直す。しばらくしてから、「いまのはなに?」と全員で思った。
「まじでいまのはなに?」
「取り敢えず列に追いつこうぜ」
「これどうする?」
「その辺においておく……のもアレだから誰か縄とか持ってないかなあ。縛り付けてさ、警察が来るまで。とりあえず、一樹先生に言って警察に通報してもらって来てほしいなあ」
一樹というのは、村栄一樹と言い、青空の友人である。陸上部に所属しており、その気になれば一〇〇メートルを四秒で走り抜けることができるが、目立つのが嫌いなので一二秒台を維持している。
「俺? まぁいいけど」
「さぁ行き給え! 訓練された犬のように地を駆けるんだ!」
「あとは縄だけど……」
「そんなもん持ってるわけねぇだろバカ」
「俺持ってるよ」
「なんで持ってんだよバカ」
青空の友人・佐々本博之は大抵のものは常に持ち歩いており、どこに隠しているのか、懐から唐突に出してくることがあるので、「四次元的なポケットを所持しているのではないか」と疑惑をかけられている。
「縛ってと……」
「亀甲縛りしようぜ亀甲縛り」
「ハゲの亀甲縛りどこに需要あるんだよバカ」
「千田さんわかってないですなァ、見世物っていうのはどの時代も最重要娯楽だぜ。頭おかしいやつが亀甲縛りしてたら『おっ、夏だな』ってなるじゃない」
「なるか?」
「ならないだろ」
「ならないとおもうよ」
「満場一致じゃねぇかオイ」
警察が来ると「襲われたのでやり返したら動かなくなった」という事実を隠蔽せざるを得なかった。
とりあえず死んではいないようだったが、過剰防衛で少年院送りとかだったらどうしよう、と青空は隅の方で震えていた。手錠をかけられることはなかったが、取り調べはやはり怖かった。




