首(ネック)を洗って待っていろ
全校集会での一件は、瞬く間に学園内を駆け巡った。 「無名の補欠が、ショルダー特待生の肩守をワンパン(肘)で沈めた」と。
「……だから、わざとじゃないんだってば」
昼休み。僕は学食の隅で、神代エルによる「強制・こめかみアイシング」を受けていた。彼女が冷えたペットボトルを僕のこめかみに押し当ててくる。
「いいじゃない、鉄男。これで貴方も注目の的よ。さあ、次は誰の骨を砕きたい?」 「誰も砕きたくないよ。僕はただ、静かに微分積分を解いていたいんだ」
その時、学食の自動ドアが、まるで見えない刃で両断されたかのような勢いで開いた。
「そこまでよ、肘鉄男」
現れたのは、風紀委員長・首藤凛。 彼女は白手袋をはめた右手を水平に構え、僕の首筋を真っ直ぐに指差した。
「全校生徒の前での私闘、および施設の損壊。風紀委員として、貴様に『矯正』を執行する」 「待ちなさい、凛! 鉄男に手を出すなら、私のエルボーを通してからに――」
「神代エル、下がっていなさい」 凛の纏う空気が一変した。 「これは私的な制裁ではない。……学園の秩序を守るための、儀式よ」
凛が一歩踏み出す。その瞬間、彼女の姿が掻き消えた。 速い。肩守のような力任せの突進じゃない。関節の無駄を削ぎ落とした、文字通りの「音速」。
「『頸木の型・断頭雷』!」
放たれたのは、僕の頸動脈を正確に狙った水平チョップ。 空気を切り裂く衝撃波が、僕の髪を激しくなびかせる。
(……首を狙うのは、隙が多いって師匠が言ってたな)
僕は座ったまま、右の肘をわずかに跳ね上げた。 ガードではない。彼女の手首が最も加速し、防御が疎かになる一点に、肘の先端を「置いて」おく。
――キィィィィィンッ!!
学食に響いたのは、硬質な金属音。 「……っ!? チョップが……止まった……?」
凛の驚愕の表情が、僕のすぐ目の前にあった。 彼女の渾身のチョップは、僕の肘という「点」に衝突したことで、その威力をすべて彼女自身の腕へと突き返していた。
「……首藤先輩。首を洗って待てって言われましたけど、先輩こそ『手首』を冷やしたほうがいいですよ。かなりジンジンしてるはずですから」
「貴様……私の断頭台を、ただの肘置き(レスト)にしたというのか……!」
凛は顔を赤くし、痺れる手首を反対の手で押さえながら後退した。 敗北。五体満足の一角が、昼休みの学食で、座ったままの少年に完敗したのだ。
「……今日のところは、退くわ。でも忘れないで。敗北者の掟により、明日から私は貴様の『首』の世話を焼かせてもらうから!」
「え? 世話って、マッサージとかですか? ……いや、それより自動ドアの修理費を――」
言いかける僕の横で、エルの肘が猛烈な勢いで僕のこめかみをグリグリと攻め立てる。
「ちょっと鉄男ぉ! なんで他の女と『部位のケア』の契約結んでるのよ! あんたのこめかみ(ここ)は、私専用なんだからねっ!」
平穏な学園生活。 その言葉の意味を、僕は辞書で引き直したくなった。
【第2話 Tips】
■ 新登場キャラクター
首藤 凛
部位: ネック(首)特待生
特徴: 風紀委員長にして「五体満足」の一角。敗北後、鉄男に執着し始める。
■ 用語・必殺技
五体満足: 学園を支配する5人の最強特待生。
敗北者の掟: 負けた者は勝者の部位をケア(マッサージ等)しなければならない。
頸木の型・断頭雷: 凛が放つ音速の水平チョップ。




