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飲み友達のニート仲間が『可愛すぎる女優』とバズっているらしい  作者: 剃り残し


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 テレビ画面というのは、異界への窓だと思う。そこには、毛穴ひとつない肌と、噛まない滑舌と、整えられた照明に愛された選ばれし者たちが住んでいる。彼らは汗をかいても爽やかで、涙を流しても美しい。


 一方、こちらの世界はどうだ。ヨレヨレのジャージを着て、指についたポテトチップスの塩を舐め、膝には猫背の痕がついている帆夏がいる。


 同じホモ・サピエンスとは思えない。


「……始まる。ね、吐きそう」


 帆夏が呻いた。場所は帆夏のマンション。


 照明を落とした薄暗い部屋で、俺たちはピザと酒を用意してその時を待っていた。今日は帆夏の地上波ドラマの放送日。それを3人で見届けるのだ。


 今日の帆夏は、いつもの黒ジャージに加え、サングラスまでかけている。自分の出演作を見るのが恥ずかしすぎて、視界を物理的に遮断しようとしているらしい。


「諦めなよ姉ちゃん。今日は『鑑賞会』なんだから。逃げ場はないよ」


 テーブルを挟んで、星乃がニヤニヤしながらリモコンを握っている。


「潤……もし私の演技が寒かったら、すぐにテレビのコンセント抜いてね。ブレーカー落としてもいいから」


「無理だよ。このマンションのセキュリティ、俺の権限じゃ突破できないし」


「じゃあ、私の鼓膜を破って」


「物騒なお願いしないでくれる?」


 俺はビールを注いだ。炭酸の泡が弾ける音が、処刑前の静けさに響く。


 時刻は21時。ついに、ドラマの放送が始まった。


「あ、きた」


 オープニング映像が流れる。


 主演のイケメン俳優、ヒロインの美人女優。その後に続いて、数人のキャストが紹介される。


 そして、『風見 帆夏』が出てきた。同時に、白衣を着てクールにカルテを見る帆夏の映像がインサートされる。


「うわっ! 名前出た! しかも単独!」

 星乃が声を上げる。


「……ひぃっ」


 帆夏がこたつの中に潜り込もうとする。


「すごいね。モブじゃない。完全に『主要キャスト』の枠だよ」


 俺も感心した。


 これまでは「死体」とか「通行人」とか、クレジットに名前すら載らない役ばかりだったのに。今回は役名がある。


「役名、『氷室ひむろレイ』だっけ?」


「……ん。脇役の天才外科医。感情のないクール系美女」


「つまり、今の帆夏さんそのままだね」


「ふふっ……美女ってところはイジって欲しいんだけど」


 酒の入った帆夏が照れながらふにゃりと笑った。


 本編が始まった。ドラマはシリアスな医療ミステリーだ。緊迫した手術シーン。


 モニターの心拍音が鳴り響く中、医師たちが慌ただしく動いている。


 そして、マスク姿の帆夏――氷室レイがアップになった。


『――血圧低下。吸引急いで』


 低く、冷たく、それでいてよく通る声。無駄のない手つきで器具を渡す所作。


 マスク越しでも分かる、理知的な瞳。


「……」


「……」


 俺と星乃は、思わずピザを持つ手を止めた。


 画面の中の彼女は、あまりにも美しかった。


 照明が彼女の瞳にキャッチライトを入れ、肌の質感を陶器のように映し出している。

 そこに目の前にいる帆夏のような生活感のノイズは一切ない。


 ただ、プロの女優がいるだけだ。


「……かっこいい」

 星乃がポツリと漏らした。


「だね。いつもの『死んだ魚の目』が、ここでは『命を預かる者の冷徹な眼差し』に変換されてる」


 俺が言うと、テーブルの下から「やめてぇぇぇ!」という悲鳴が聞こえた。


「見ないで! 解像度を下げて! モザイクかけて!」


「無理だよ。4K放送の高画質が毛穴までくっきり映し出してる」


「毛穴なんてないもん! CGだもん!」


 帆夏がサングラスをずらし、涙目で抗議してくる。


 その口の端には、さっき食べたスルメの破片がついている。


 俺は画面の中の氷室レイと、目の前のスルメ女を見比べた。


(……同一人物とは信じがたいな)


 ドラマは進む。


 手術が成功し、医局での会話シーン。


 主演俳優が熱く語る横で、帆夏は無言でコーヒーを飲んでいる。


 その佇まいが、妙にリアルだ。


 演技をしているというより、ただそこに存在している。


「姉ちゃん、セリフない時の方が存在感あるね」


「……それ、褒めてる?」


「褒めてるよ。なんか、画面の温度を2度くらい下げてる」


 そして、クライマックス。


 病院内で暴れている犯人と対峙する重要なシーン。


 犯人がナイフを取り出し、暴れようとする。


 周囲が怯む中、帆夏演じる氷室レイだけが一歩前に出た。


『……騒がないで。オペの邪魔よ』


 一言。


 それだけで、場の空気を制圧した。


 犯人が気圧されて動きを止める。


 その瞬間の帆夏の目は、完全なる虚無だった。


「おおお……!」


 俺たちは思わず声を上げた。


「すごい。今の間、完璧だったね」


「……ほんと? 瞬き我慢しすぎて、コンタクト乾いてただけなんだけど」


「それが功を奏したんだよ。ドライアイが生んだ名演だ」


 ドラマが終わり、エンディングテーマが流れる。


 黒い画面に、白文字でスタッフロールが流れていく。


【風見 帆夏】


 今度は、しっかりとしたフォントサイズで、画面の中央付近にその名前が流れた。


 他のベテラン俳優たちと並んで。


 決して見逃しようのない、確かな証として。


「……あった」


 帆夏が呟いた。


 サングラスを外し、食い入るように画面を見つめている。


「大きいね、文字」


「うん。老眼でも読めるサイズだよ」


 俺はスマホを取り出し、カメラを起動した。


「記念に撮っておくよ。君が『こっち側の住人』じゃなくなった証拠を」


「え、ちょっと待って、恥ずかしい」


「動かないで。ピントが合わない」


 俺はシャッターボタンを押した。

 しかし、タイミングが悪く、画面が切り替わった瞬間だった。


「あーあ、ブレちゃった」


 星乃が笑う。


「下手くそだなぁ、パイセンは」


 俺はブレた写真を確認して、スマホを置いた。


 画面の中では、もう次の番組の予告が始まっている。


 祭りの後のような静けさが、部屋に戻ってくる。


「……ま、いいさ」


 俺はビールの残りを飲み干し、キザなセリフを吐いてみた。


「肉眼というハードディスクには、しっかり保存したからね」


 一瞬の沈黙。帆夏と星乃が顔を見合わせる。


「……ねえ、今の聞いた? 姉ちゃん」


「聞いた。鳥肌立った」


「寒いね。エアコンの設定温度上げた方がいいかも」


「だね。潤の寒いセリフで、部屋が冷えちゃった」


 二人はケラケラと笑う。俺の扱いの悪さは相変わらずだ。


 でも、帆夏の顔は、さっきまでの緊張が解けて、いつものふにゃっとした笑顔に戻っていた。


「でも……ありがと」


 帆夏がボソッと言った。


 膝を抱えて、テレビの黒い画面を見つめている。


「私、ちゃんと女優になれてたかな」


「なれてたよ。少なくとも、スルメを食べてる時の君とは別人だった」


「そっか。……じゃあ、よかった」


 帆夏は安心したように息を吐き、そのままテーブルに突っ伏した。

 その背中は、国民的女優のそれではなく、ただの等身大の女性の背中だった。


「お疲れ様。氷室先生」


「……ん。おやすみ、無職患者」


 俺たちは笑い合い、散らかったピザの箱を片付け始めた。


 エンドロールの文字は消えてしまったけれど、彼女が積み重ねてきた努力の跡は、こうして確かに形になり始めている。


 少し遠くへ行ってしまったような寂しさと、誇らしさ。


 その両方を噛み締めながら、俺は帆夏の家を後にした。


新作を始めました。

『朝の顔のお天気お姉さんの素顔はダウナー系~地下の備品室で愚痴を聞いてあげていたら懐かれました~ 』

https://ncode.syosetu.com/n0501lu/

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