7話:魔力
「ねえ、私を信じて、あなたたちの魔力を預けてくれないかしら」
隠れ家に戻ってピノが長老に報告してから数時間、一言も発することなく思案をめぐらせていたマイニーが、突然口をひらいた。
「わ、我々の魔力をですか? 魔力でしたら昨日」
「それじゃ足りないの。 もっと、⋯⋯限界ギリギリまで。 ここに残った子供たち八体の魔力を、使わせて欲しいの」
「子供たちの魔力を⋯?」
長老が困惑したように後ろを見る。まだ、意思の疎通もうまくとれない赤ん坊のようなイグリたち。「ぴっ?」「ぴぴっ?」と不思議そうに声を出すその子たちの魔力を、生を失うギリギリまで貸してくれとマイニーは言ったのだから。
「理由をお聞かせいただいても、よろしいでしょうか」
「必要だからよ。 あのクソ女らをあなたたちがぎゃふんと言わせるために。 はっきりいってかなりフザけた作戦になるわ。 だけど成功確率は低くない。 あの性格から言ってね。
ただそれには魔力が必要なの」
老婆を若返らせるほど膨大な、あなたたちの魔力が――とマイニーは目を細めると、計画を話した。
「わしは喜んでさしだしましょう。助けていただく身として、すべてをさしだすつもりです」
「ピノもなの! だけど子供たちの魔力となると⋯」
「昨日、ヒゲさん言ったわよね? 『イグリは生まれながらに膨大な魔力を持つ』って。 なら、その小さな体に流れる魔力は大人も子供も相違ない。
違うかしら?」
「それは、そのとおりなのですが⋯」
「それに、いま話した通り、二人にはやってもらいたいことがあるの。 それにこのままだとその子たちだって危険じゃないの。 作戦が成功すれば、魔力だって返せる。 だから、わたしを信じてお願いします」
マイニーが、深く頭をさげたときだ。
「ぴっ!(ぼく、わかった!)」――一匹のイグリが、長老たちの前に来た。
「ペペ!」「いまの話、理解できたの?」長老とピノが驚いたようにその子を見る。
「ぴぃ!(むずかしい、わかんない! おねーさん、たおす! ぼくも、いっしょに! そしたらみんな、いっしょにあそべる!)」
ペペがトゲをマイニーにさしだすと同時、「ぴい!」「ぴぃぴい!」他の子供イグリたちが、賛同するように声をあげた。
「みんな⋯」ピノが大きな目に涙をためた。
「⋯⋯わかりました。 イグリはその膨大な魔力が暴発しないためでしょう、知性を持つのが早いのですがそれにしても⋯⋯。 ええ。 子供たちが、いえ我が同胞たちが自分で決めたことです。 わしはその意思を尊重します。
マイニーさん、わしらイグリの魔力を使って、あのくそ、くそ、くそおん」
「――むりしなくていいの! マイニーたちがあたしたちのきれいな心はそのままでいてって言ってたの!」
「⋯⋯あのインキとヨウキを、どうか、打ち倒してください⋯」
ピノにさとされた長老が、ゆっくりと、力強く目を閉じた。
*
「ほんとうに凄い魔力ね⋯⋯ブックを通じて私にまで流れ込んでくるなんて」
マイニーのトゲと声が震えた。副産物とでもいうべきか、八体のイグリの膨大な魔力を吸収した結果、逆流するように魔力がマイニーに流れこんだらしい。
「普通に魔法を使える人って、みんなこんな気分だったのね」
よくもわるくも、作戦に影響はない。でも、マイニーは生まれて初めて感じる大きな魔力を、噛み締めるように目を閉じた。
「⋯⋯それじゃヒゲさんとピノは【分身】の魔法を使って出来る限りの量の果実を集めながら、敵の目を引きつけてちょうだい。
くれぐれも本体は身を潜めて、クソ女らに見つからないようにしてね」
「わかったの!」「了承しました」
果実はイバラのトゲの先端に成り、その種類は豊富らしい。
ピノが分身体の魔力をインキヨウキから守ったのが不思議だったけど、イグリの膨大な魔力はぼくたちのように自然回復することはないんだとか。
ただし、唯一使える分身の魔法を解除すれば、魔力は実体に戻る。
子供たちを守るために涙を飲んできたピノたちが、その魔力を全開できる時がきたようだ。
「よし! それでマイニー、ぼくとヒョンは何をするの!」
「おう、オレに出来ることならなんでも言え」
「そうね、それじゃ遠慮なく。
あなたたち二人は果実が集まるまで子供たちとお留守番を頼むわ」
そんな――ッ! ぼくとヒョンの声が揃った。
「留守番⁉︎ こんなに士気が昂っちゃったのに⁉︎」
「指くわえて見てろってのかよ⁉︎」
「使えるものは使うべきでしょう?子供たちをひとりにはできないわ」
ぴぃ、と子供イグリがぼくのトゲを握った。
「ちゃんとあなたたちの役目もあるから。いまはその子たちと一緒にいてあげて」
「⋯⋯わかった」「しゃーねえな」
んじゃ気を取り直しておもっきり遊ぶとしますか!
「それじゃ作戦は今夜、いえうまくいけば夕刻には決行できるわね」
私は湖に向かうわとマイニーがぴょんっと飛ぶと、ピノと長老は反対側の出口から、イバラの隠れ家を出た。