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6話:インキとヨウキ

「またひとつ真理を得ましたな」

「ええ、博士。実験は成功したようですね」


 うう⋯⋯くさい⋯⋯とイバラの隠れ家で目を覚ましたマイニーが呟くのを前に、ぼくとヒョンはにっこりと頷く。


「全力で絞りだしたかいがあったってもんだ」

「うん、このイグリ体にもガスは存在するんだね」

「がす⋯⋯? ちょっとあんたたち、寝てる私の顔になにを――」


 さーーてようやくマイニーが起きたことだしっ、


「おはよう! いまからピノが湖に水汲み行くっていってるけど!」

「お前も来るか?」


「⋯⋯⋯行く。ってそうじゃなくてさっきの悪臭は」


 さあ!初めての異世界探索に行こうかマイニー!



「それにしてもみんな早起きなのね」

「お前が寝坊助なだけだろ?」

「朝が来る世界でよかったよねー。太陽が愛おしいっ」


 外に出て、イバラのジャングルのスキマからこぼれる日光にマイニーが目をそむける。こんなに気持ちいいのに。


「イグリの姿でよかったわ、私朝弱いから。顔、崩れちゃうじゃない?」

「普段の顔は崩れてなかったのか」


 痛ッ、とブックの角が落ちた頭を押さえるヒョンを一瞥したあと、マイニーが上を向いた。


「木を隠すなら森のなかってやつね」

 

 昨日の、イグリたちの抜け殻の山だ。昨夜使った入り口の反対側にあいた小さな穴を出ると、頭上に積まれた百はゆうに超えてるだろう抜け殻の山の下に繋がってた。つまり、


「へえ、隠れ家は真下にあったのかよ」

「インキとヨウキは大きいの! 亡骸の下を移動すれば、見つからないと思ったの!」


 たしかに、この山の下のイグリは上空からじゃ見えないだろーけども、


「敵が大きいとゆうか、ぼくらが小さいというか」

「なっ? ヴィジョンで見た感じじゃ、普通に大人の人間サイズだったもんな」

「イグリからすれば大巨人じゃない」


 まあそうか。ちっちゃい体って怖いんだな⋯ちょっと気を引き締めないとな。と、警戒しながら進むと、湖が見えた。


「なるほど。これは海ですな博士」

「だからオレらがちっちぇの」



 ――ふたつの大きな影が日光を遮る雲のように、ぼくたちの頭上に浮かんだのはそのときだった。



『あら? ごらんなさいインキ、キラめく水面(みなも)にうつるあの若く美しい二人の女性は誰かしら?』

『あら? あれは私たちじゃなくてヨウキ?』


 柔らかそうな指のスキマからのぞく白い歯。深緑と黄色に分かれた長い髪。鏡合わせのようにそっくりな見た目をしたその女たちの耳元には、鳥籠のようなピアスがついている。


「――ッ、逃げるの!」


 ブックを構えるマイニー、音の装甲を纏うヒョン、その音を風魔法で高密度化させ、装甲を厚くするぼく。


 中身がイグリではないとバレないよう無言で戦闘体制を整えるぼくらのトゲをひいて、「【分身】!」ピノの体が六つに分身すると、ぼくたちそれぞれのトゲをつかんで五方向に分かれ駆け出した。


『【アヴィアル・ラ・カーゴ】』


 それと同時、インキが手を伸ばすと、トゲをつかみあった一組を囲むように、鳥籠が出た。


「ピノ――ッ」

「シル!いいから逃げるの!」


 あれはピノの本体?それとも分身?それともマイニー?ヒョン?


『当たりかしらインキ?』『さあねヨウキ? こんな醜小生物見分けがつかないわ』


 鳥籠がインキの手元に戻ると同時、ぼくはピノの分身体に引っぱられてイバラの穴に身を潜めた。


 *


「危なかったの! あれがインキとヨウキなの! 分身体、捕まったの!」


「――ピノ! あなたが本体なのねッ⁉︎」


「そうなの! いつも、こーやって逃げてきたの!」


 よかった、みんな無事だったみたいだ。じゃないといいから(・・・・)なんてピノがいたはずないと思ったけど、ほんとによかった。籠に捕らわれたのはピノの分身体同士だったらしい。イバラの内部で合流したぼくたちはほっと胸を撫で下ろす。


「撫でる胸ないけどな」


 ヒョンのジョークに安心したのは初めてかもしんない。


「見るの! インキとヨウキはああやって捕まえたイグリを飲むの!」


 ピノが階段状になったイバラの繊維らしきものを三段、ジャンプして小穴をのぞいた。視線を合わせたあと、ぼくたちも続く。


 インキが鳥籠から分身体をつまみ出した。ピノが「ごめんなの」と呟くと、分身体がポンと姿を消した。ぼくたちを連れてきてくれた分身体も同時に消える。


 ごめん?誰に対してだろう。


『ハズレを引いたようねインキ? ストックはあるから問題ないわ』


 ヨウキが『【拡大(エンラージ)】』耳元の鳥籠を大きくした⋯その中に六体の小さな生物が怯える姿が見える。


 そのトゲは、ピノたちのそれより乾いて見える。


「生きてるイグリ!まだいたんだ!」


「そうなの、昨日は子供たちがいたから言わなかったの。亡骸じゃないイグリはいるの⋯⋯いるの」


 これでぜーいんなの、とピノが言うと同時。


『さあ、今日はどの魔力にしましょうインキ?』

(みにく)いこと。 どれも同じよヨウキ? あまり目にしたくないわ』


 鳥籠のスキマから指先でイグリを弾くヨウキと、汚物を見たようにイグリから目をそむけるインキ。

  

『うふふ、私たちの美を保つ以外に醜小生物に価値はないもの』とヨウキは一体のイグリをつまんでワイングラスの上にかざすと、『【ジュスティス】』何かの魔法を唱えた。


 イグリの体から、黒い液体が、絞り出された果汁がワイングラスをつたうかのようにして、そこを満たすと。


「あれがイグリの魔力なの⋯ああやってインキとヨウキは少しずつ魔力を絞って、若返っていくの⋯⋯」


 にぎったスポンジが湿りをなくすように、魔法をかけられたイグリのトゲが、さらに乾きをましていく。


「ひどい」マイニーがぽつり。

「外の⋯⋯山を見たとき、なんというか、ナニカが抜けて、殻だけが残ってるように見えたの」


「あれは、魔力を空っぽにされた、抜け殻だったから⋯⋯だ」


「――じっとしてらんねえぜおい、胸糞わりぃ」


 そのときヒョンがいまにも弾けそうにカラダをふるわすが、「だめよヒョン⋯。 この世界でイグリたちを助けられるのは、わたしたちしかいないの」


「――まだだ、わかってる、まだだ、いまじゃねえ」ヒョンが、自分に言い聞かすように呟いた。


「あのね、⋯⋯前の隠れ家が見つかったとき、みんなはオトリになってくれたの。 あたしと長老に、生まれたばかりの子供たちだけでも逃して欲しいって、そういってたの」


「そう⋯⋯ごめんなさい。 あなたたちは、すでに戦っていたのね」


「いいの! 昨日、あたし、気づいたの! 可能性はきっとあったの! 逃げるだけじゃなくて、奪われるだけじゃなくて、みっつめの道はあったはずなの!


 こわくて、考えることもできなくなってただけなの!」


 ――ッ、それだ! 


「みんな見るのをやめていったん現実から逃避しよう!」


 こわくて、考えるこもできなくなる。そうだよピノ、ぼくたち、いまのぼくだちがそれだ。


 ぼくはトゲで外の景色(あな)を隠した。それはヨウキが『【縮小(シュリンク)】』小さくなった鳥籠を耳元に戻すのと同時だった。


「つらい、苦しい、ひどい、なら、まずは見なけりゃいいんだ!穴でもどこでもひっこもう!

 それからぼくたちに出来ることはなにか、みっつめの道を探してみよう!」


 ピノがぽかーんと口を開いたまま、ぼくを見る。でも、これがいまできる最善だと思うから。実際に目にしてわかった。ヤツらの魔法とイグリのカラダは相性が悪すぎる。


 とはいえ、ぼくたちは子供の頃から、圧倒的に不利な体格差や魔力の差を、小細工使ってでも勝ち抜いて来たから。何か方法はあるはずだから。


「耐えて、逃げ続けてでも生きてるキミたちは間違ってないとぼくは思った。だからいまは生き延びる道を最優先にしよう!」

「⋯⋯シルの言う通りね」

「そしてその先に繋がる道を考えるんだ。


 ⋯⋯⋯⋯マイニーが!」


「大事なとこは他人任せってかシル?」


 おいおい、と笑うヒョンはいつもの余裕を取り戻した顔だ。


「うん! ぼくにはムリだから! 強がってる場合じゃないし、使えるものは使えばいいと思ってね!」

「わたしは物あつかいかしら?」


 マイニー、自信を取り戻したように鼻を鳴らしてるとこ悪いんだけど、


「ごめん!使えるひとは心底イヤそうな顔されても使っちゃおう!ピンチのときくらいさ! あとで恩返しできたらハッピー!」


 おバカ――ぼくの頭にブックの角が落ちた。


「でもまっ、そうだな。 ここでイラついても胸を痛めてもどーしよもねえかっ。

 オレらが考えるべきは、あの女どもから自分の身とピノたちを守るスベだ」


「あのクソ女らの魔法はなんとなくわかったわ。 遠距離からでもとらえる鳥籠と、鳥籠の拡大・縮小」


「あとあのクソといったらクソに土下座しないといけないクソ女たちは美と若さに尋常じゃなく狂ってる! そこにきっと、スキがあるはずだよ!」


「だからえっとあの、く、くそ」


「「「ピノ!!! キミの(お前の)(あなたの)きれいな心は汚さないで!(汚さなくていい)(汚れないでいて欲しいわ)」」」


「⋯⋯わかったの!」


 あの女たちが若さを保ってるってことはそこに魔力はあるのよ――とコメカミをおさえたマイニーが言って、ピノとぼくら三人は隠れたみっつめの道を探すため、長老と子供たちの待つ隠れ家に帰った。


「⋯⋯何かしら、この惨状は?」

「子供の喧嘩にしてはグロすぎない!?」

「いやよく見ろシル。果実を食い荒らしてるだけだぜこりゃあ」


 イバラの穴に戻ると、そこには色とりどりの果汁にまみれた子供イグリたちがいた。



 面白そう、続きが気になるかも、と思っていただけましたら、ブクマ登録、⭐︎評価、ご感想等よろしくお願いします。ものすごく、励みになります。

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