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5話:イバラの巣

「ここが異世界⋯? え⁉︎イグリも来たの⁉︎」


 目を開けると、目の前に二体のイグリがいた。


「落ち着け!その声はシルなんだよな⁉︎」

「あなたも落ち着きなさい。ヒョンなのね?」


 二体のイグリがパッチリとした目を忙しなく動かす。ぼくも二人を交互に見る。ヒョンとマイニー?てことはぼくたち、


「イグリになっちゃった⋯?」

「みたいだな」

「器を借りることになる⋯ってそーゆう意味だったのね」


 ああそんなこと言ってたかも。ファイティングキム子さんのインパクトで記憶飛んでたよ。

 ぼくはマジマジと二人をもう一度見る。


 まんまるな目と、粒のような鼻と耳、横に伸びた口。そして足元には、同じ見た目のイグリたちが、抜け殻のようにいくつも積み重なって山をなしている。


「これって、インキとヨウキってやつに魔力を奪われたイグリだよね」

「オレらの魂はこの抜け殻を借りてんだな」

「それに【イバラの巣】⋯⋯確かにこれは、そう呼ぶしかないわね」


 マイニーにつられて視線を周囲に動かすけど、視界には縦横無尽に伸びるイバラばっかりだ。まるで大河の渦に飲まれたみたい。竜巻の目にいるような⋯。


 それに暗い。この世界に朝はあるのか、太陽がないのか、どっちなんだろう。


 イグリたちから聞けたのはこの【イバラの巣】で隠れて暮らしていたところをインキとヨウキって敵に見つかったことだけだし⋯。


「【ブック】⋯このカラダでも問題なさそうね」

「とりあえず、残ったイグリたちを探さないとだね」

「だな」

 

 行くかっ、と交差するイバラの上の段めがけてジャンプするヒョン。「おいおいおい⁉︎ このカラダ脚力半端ねえぞ!?」その頭が数段上のイバラに刺さったときだ。


 高い鳴き声が聞こえて、言葉が流れ込んできた。


「ぴーー!(亡骸が動いてる⁉︎)」


 ぼくとマイニーは横のイバラのスキマを見る。飛んでは落ちて、落ちては飛んでくるイグリと何度も目が合う。


 ぴーー!ぴーーー!と。


「つ、捕まえるべきかな!」「先にオレを助けてくれよー!」「落ちたわ。あっ、また上がってきたわ」


 とりまヒョンはあとでいいや、そうね、と手を差し出そうとするマイニー。「あら? そこが動くのね?」耳下のトゲが動いたので、ちょっぴり笑みがこぼれたみたいだけど、


「ぴー!ぴー!(みんな! 魔力(リグ)が戻ったの⁉︎ )」


 そのトゲを掴むようにイバラに着地したイグリの輝く目が、ぼくらの浮いた心を刺した。

 あ、あのね、なんていおう。


「あの、ぼくらは魂の迷宮って場所でイグリたちに会って⋯だから復活したわけじゃなくて」

「シル、その説明じゃわからないわ」

「ぴー?(ぴー?)」


 言葉を探すぼくを見兼ねたマイニーが、「わたしたちは別世界から来たの。魔力を抜かれたあなたの仲間たちに頼まれて。仲間は他にもいる?」簡潔に経緯を話すと。


「ぴー!ぴー!(すごいの!そんな世界があるの⁉︎ みんなが助けを呼んでくれたの! あたしはピノ! 仲間はこっちなの!ついてくるのー!)」


「それでいいんだ」「純粋な種族なのよ」

 

 いやまあ実際に同胞の抜け殻が動いてるんだし、信じるしかないのか⋯?


「とゆーか声と言葉の寸法合わないよね」

「不思議な世界なのよ」


 理解を捨てたなマイニー。言葉が通じるのはたぶん、イグリのカラダにぼくらの魂が入ったからだと思うけど⋯。


「ぴー!(はやくついてくるの!)」

「ま、いっか。行こっか?」「そうね」


 ぼくたちはイバラのスキマを飛んで落下したピノを追って、トゲを踏み込んだ。


「――ッ! 仲間はここにもいるぜおいい――ッ⁉︎」

「ぴー!(亡骸が動いてる⁉︎)」


 あ、ごめんヒョン。同じ会話を繰り返すことになりそうだから放置しといてもいいかな⋯。


 *


「ぴ!(みんな! この亡骸はヒョンとマイニーとシル! 異世界から私たちを助けに来てくれたらしいの!)」

 

「ダメだこの種族、ツッコミどころがたくさんだ」

「亡骸って。もうちょい言い方あるだろうよ」

「純粋な種族なのよ」


 ピノについていくと一本のイバラに小さな穴があった。

 穴の奥には小さな焚き火を囲む、九体のイグリたちがいる。

 その目が、動きを取り戻した同胞の姿に、一斉に輝くと、


「ぴー!(なんと!違う世界から! わしは長老のヒゲです! お客人、たいしたオモテナシも出来ませんが、どうかここにお座りください!)」


 横ヒゲの生えたイグリが焚き火に一番近い場所をあけてくれたので、ぼくたちはとりあえずそこに座っ⋯⋯む。トゲを丸めるのが思ったより難しいな。


「あの、この世界に残っているイグリは、ここにいるみなさんだけでしょうか?」

「ぴぃ。(はい⋯⋯我々イグリはこの小さな体にとてつもなく大きな魔力を持って生まれるのですが、それゆえに狙う者も多く⋯⋯)」


「ぴ。(このイバラの巣はそのトゲトゲしさから動物や大きな生物たちも入ってこないの。 だからあたしたちイグリはこの場所で、平和に暮らしてたの)」


「そこに、インキとヨウキがあらわれたと」


「「ぴぃぃ」」長老とピノが声をそろえた。


「なるほど。とりあえず脳の言葉に集中しましょうか」

「だね。可愛くて癒されるんだけど長さあわないし」

「ぴに込める思い半端ねえよな」


「インキとヨウキは初め、おばあさんだったの」


 ぼくたちがコソコソしているとピノがポツリ言った。長老が頷く。


「最初に同胞のひとりがヤツらのカゴ(・・)に捕まったのは⋯そうは遠くない前です。 ヤツらは同胞の体から魔力を抜き取ると、それを水のようにごくごくと飲み干し、数を重ねるたびに若返っていったのです」


「ってこたあ、敵の目的はイグリの魔力を奪って美を保つこと、ってとこか」


 ヒョンがそう言って、


ヴィジョン(・・・・・)で見た、あの女二人がおそらくそれだな」

「うん。 ワイングラスと、そのグラスに映る自分の顔にうっとりする姿。鳥籠に入れられたイグリも見た。 ⋯⋯⋯すっごく怯えてた」

「過去の美に狂う女はどの世界にもいるものね」


 この世界に召喚される寸前、魔法陣の中で流れては消えていった映像。あれはやっぱり、イグリたちの記憶の断片だったのか。


「それにしても若返るほどの魔力。信じられないわね」

「はい⋯なんの因果か、肉体に反してこの魔力はとてつもない」


 ぼくはヒョンとマイニーを見る。体を横にふる二人。抜け殻になったイグリ体には魔力は残ってないらしい。ぼくたちが内から感じる魔力は自分たちのそれだけだ。


 少しの沈黙のあと、マイニーが複雑そうな顔をして口を開いた。

 

「長老⋯ヒゲさん、その魔力、ちょっとだけいただいてもいいかしら」

「ハッ!あなたがたもそれが目的で――!」


 静かに見守る八体のイグリたちの前に飛び出した長老に「違うわよ、ほんのちょっと分けてほしいんです」とマイニー。


 長老が恥ずかしそうにトゲで頭をかいた。


「これはこれは!未来の恩人を疑うとは申し訳ない! どうぞわしの魔力をいただいてください!」


「⋯⋯呆れるほど純粋なひとたちね」


 魔力をいただく?どうやって?と思ったけどそうか、ブックは魔力を貯蓄するために作った魔導ギアだから。そこに長老の魔力を注入してもらえばいいんだ。


「すごいわ⋯。 わたしの魔力がもともと少ないとはいえ、たった数秒でこの魔力量」


 マイニーが浮遊したブックにトゲをあてながら、言葉を震わせる。


「そ、そんなにすげえのか?」「ええ。 いまなら百の魔法陣を同時展開出来そうよ」

「百個も⋯⁉︎ ねえマイニー!その魔力、ぼくたちに分けること出来ないの!」

「無理ね」

「使えねえヤツだな」


 ヒョンの頭にブックの角が落ちた。


「ねえ⋯⋯あなたたちイグリはそんなにも膨大な魔力を持つのに、どうして命を狙う相手に歯向かうことをしなかったの?」


「はむかう?」長老がぽかんとした。


「ええ。 敵はインキやヨウキだけじゃなかったんでしょう? 理不尽な暴力に逆らおうとはしなかったの?」


「さか、らう⋯」


 考えたことも、ありませんでした、と長老。


「我々イグリは元来気弱な種族で、このとおり体も小さく」

「そーゆうことを言ってるんじゃないわ。 腹が立たないの?って聞いているの」


 魔力を持たざるマイニーが、少し口調を強めた。


「わたしは無実の罪で地下牢に幽閉され、まともな魔法のひとつも使えないまま戦乱の地に追放され、それでも世界を変えたひとを知っているわ」


「みんながみんなできることじゃないけどねえ」


 言葉が口をついて出た。そりまちさんの事だろうけど、暗黒皇帝を引き合いに出されたら無理だよ。そんなことはマイニーもわかってるだろうけど。


「⋯⋯あなたたちが平和にこのイバラの巣で暮らしていたのはわかるの。

 ただ、唯一の安寧の地を荒らされ、仲間を殺されて、それでも悔しくないのって聞いているのよ」


 きっと、イグリたちの持ついつでも笑っていられる強さをマイニーは理解している。

 そしてイグリたちの底知れない純粋さや優しさはわかった。ただ、このままでは自分たちが手助けできたとしても、何も変わらないのでは、ってマイニーは思ったんだと思う。


 そのときピノが、「あのね!」と慌てた口調で言った。


「あたしたちが使える魔法は【分身】だけなの!」


 それは“自分の体を増やす魔法”だと言うピノに、


「実体が増えるってことか?」「ぽいね、影分身の術だっ」


 ぼくとヒョンは「強そうだけどな?」「だけどイグリがいっぱい増えても⋯広範囲魔法にはいちころかも」⋯ぼくらの魂を焼いた炎の波みたいなさ、とコソコソと話す。


「そう」マイニーは眉を寄せてしばらく考えたあと、優しく微笑んだ。

「立派な魔法使いじゃないの。 私が、その魔法でインキとヨウキとやらをギャフンといわせる方法を考えてあげるわ」


 あなたたちに、戦う勇気があるのなら――とマイニーが強い光を目にたたえて言った。


「たたかう勇気、ですか」長老がピノをのぞく八体のイグリを見る。


 ぴぃ。ぴぃぃ。ぴぃぃぃぃ。と体を横にふるイグリたち。


「⋯⋯申し訳ございません」と長老。


「なんでよ!」マイニーが声を荒げた。

「怖いのは分かるわ! 私が信じられないかも知れない! でも立ち上がらないとあなたたちは――」と、マイニーが泣きそうな声で言うと、「これはマイニーが怒るのも分かる」「流れ的にな」ぼくとヒョンも賛同する。


「あのねマイニー」


 ピノが長老をフォローするように言った。


「寝る前のお話をしてる時間だったから⋯⋯オネムなんだと思うの」

「寝る前の⋯? ⋯⋯子供⋯?」

「そうなの。 多分、あんまり理解してないんじゃないかな⋯?」


 ぴぃ?ぴぃぃ!ぴっ、ぴっ、zzz⋯ぴっ?


「⋯⋯⋯それは、その。ごめんなさい」


 マイニーのトゲが頬をかきながら、「⋯⋯ごめんなさい」しゅんとした。


「幼児恫喝に加担してしまった」

「流れ的にな」


「ごめんね」「すまん」ぼくとヒョンも頭を下げた。


「だってあなたたち」そのとき、マイニーが呟くように言った。


「だってあなたたち、大きさも、声も、みんな同じだから⋯⋯」


 ⋯⋯その夜は、イバラの隠れ家で眠ることになった。



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