3話:リスポーン
「サラちゃんだいじょーぶだった?」
「ええ、首飾りを握りしめて何度もお礼を言ってたけど。いまは一眠りしているわ」
「そりゃあよかったぜ。 赤髪キザには困ったもんだ」
それよりも衝撃的な事実よ⋯⋯サラちゃんもわたしたちと同じで、年齢を偽ってこの学校に入学してるらしいの――
しかも十六歳――と、マイニーが面白そうに頬をつりあげたときだ。
「現実逃避はそこまでだボイゼェンガール。ついたぞ」
先頭を歩いていたワシードが振り向いた。
アーチタウン魔法学校の最上階。赤いカーペットの引かれた通路の最奥、重厚そうな漆黒の扉の前でだ。
その扉には、【旧・魔王の間】、【校長室】と二つのプレートがついている。そしてもうひとつ、
「⋯⋯ソウルマジックの第一人者ってやっぱりそうだよね」
「他にいるわけねえだろ?」
【暗黒皇帝のお部屋】と書かれているそこを、ワシードがこんこんっとノックした。
「連れてきたぜそりまちのおっさん、あとはよろしくー!」
『おう、ご苦労さん』
純白の生地に線の伸びた羽織袴、斜に被った三度笠。渋みのきいたヒゲ。そして漆黒の玉座。
軽口を言って踵を返すワシードが、本物の英雄だとイヤでも確信してしまう。
何気ない労いの言葉が、たったひとつの言葉が、重い。
これが、かの暗黒皇帝。
ぼくと同じソウルマジックを持って生まれたせいで、【新たな魔王の種】と人々に恐れられ、三十六年の人間国での牢獄生活ののち、魔王を討ち取った伝説の人間⋯。
自然と口をついてでる。
そう、この御方こそが、
「ほぼほぼ無休」「ほぼほぼ無給」「睡眠時間は3時間」
「「「だけど食事は3食とるもん――」」」
「人呼んで」「暗黒皇帝」「そりまちさん」
――、
『ワシが、それだ』
そのとき、旧・魔王の間の空気が静まり返った。
『⋯⋯てことであれだ、いや滑ったわけじゃないけどよ、ほら、
さっそく魂の迷宮に行くぞ!』
そしてそのとき、呆然と言葉をなくしたぼくらの足元に漆黒の渦が浮かぶと、視界が真っ黒になった。
*
「よし、お前らの魂の状態についてはワシードから説明があったはずだ。
ここは【魂の迷宮】、様々な異世界から肉体を離れた魂が保管される場所だ。
お前らにはここで魂から【魂のカケラ】を分けてもらうことで、自身の魂を修復してもらう予定だ。
とはいえノーリスクじゃない。ここは魂そのものが存在する場所。何が起きても不思議じゃない場所だ。魂にもっとも強く紐付けられた感情は願いとなり、願いは魔法の力を生む。
それを共有するってことは⋯⋯おーい、聞いとるか?」
――聞いてません。いや、聞こえてるけど脳の処理が追いついてないです。どこここ?魂の迷宮?カケラって美味しいの?
――てそうじゃなくて!
「なんでヌイグルミが喋ってるんですか⁉︎」
「ん? ああこれ、イチヨ特製【暗黒皇帝くんヌイグルミ】つってな。
ほらワシ多忙じゃん、ブラック皇帝とか呼ばれる程度にはよ。
そこで、このカラダはマルチタスクをこなすための分身体のようなもんだな。
ここから先は遠隔操作での同伴となる」
ああそうですか⋯⋯。さすが暗黒皇帝とガーディアンズ、ぼくらの想像の遥か上を行ってるんだもん⋯。もうなんとも言えないですはい。
「ところでマイニー、そろそろ離して貰ってもいいか?」
「ハッ! すみませんつい手が滑って」
さすがマイニー、浮遊する暗黒皇帝くんヌイグルミを見るなり推しのグッズを見つけたマニアの目で飛びついてるんだもん⋯。
「⋯⋯デフォルメ具合が完璧じゃないですかイチヨ様⋯⋯!」
もうなんとも言えないですはい。
「ところで暗黒皇帝?いや校長先生?そりまちさん?」
「そりまちさんでいいぞヒョン」
「じゃ、じゃあそりまちさん。 迷宮ってわりには、ここは小部屋のようにしか見えないんだけど⋯⋯よ?」
さすがのヒョンも言葉遣いには悩んだようだけど、平常心を取り戻すためにも言葉尻だけは外せなかったか。
たしかに、ここは寮の自室くらいの広さしかないもんね。
冷たい石壁、緑色に発光するコケ、四方八方をそれらに囲まれた小さな空間に見える。
「うむ、ここは【魂の迷宮・ドラフトルーム】だ」
「「「ドラフトルーム???」」」
「ああ。この迷宮には強大なチカラを持つ悪しき魂も存在しているもんでな。それらは迷宮の深部から出ることはほとんど無いが、例外もある。 そこで用意したのがこのドラフトルームだ」
「「「ドラフトルーム」」」
「ああ。ワシの仲間が選抜した、安全な魂がここに送られてくるようになっている」
⋯⋯人選を間違えた気もしないでは無いが、初回は心配ないだろう、とそりまちさんがほぞっと言った気がするけど、まだつっこめるほど ぼくの精神に余裕はない。
「まっ習うより慣れろだな。マイニー、そこに立ってみろ」
そりまちさんは光りゴケに照らされる小空間の中心を指した。マイニーは何が起こるのか、とても楽しみで仕方がない顔をして、そこに立つ。
好奇心に勝るものはないらしい。
「な、何をするのかしら」「魔力を地面に流してみろ」「はい」
そのとき、部屋中の光ゴケが輝きを強めた。まばらに壁をはっているように見えたそれが、大きな紋様を描き出す。マイニーとぼくが言葉を漏らしたのは同時だった。
「ふたつに割れた卵と、それを包み込む⋯⋯器?かしら」
「ぼく、これ知ってる⋯⋯魂の形だ」
360度壁画のように描かれたそれは、大小様々なサイズの卵の殻と、しずくを逆さまにしたような形の、器のようなもの。
「ソウルマジックを持つお前は見慣れたもんだろう。さてマイニー、この中の一つを選んでこう唱えるんだ」
マイニーは壁に近づくと、小さなそれに手のひらを当てて言った。
「「【魂よ、来たれ】」」
空間を緑色の光が埋め尽くしたのは、そのときだ。そして――
「魔王が出るか鬼人族の族長が出るかってか」「二大恐怖ぅ」
ヒョンの呟きに何とか言葉を返せてほっとしたとき、荒れ狂うかのような銀色のクセ毛に曲がることを否定するかのような一本角を光らせた女性が、巨大な波のような炎とともに召喚された。
『んあ?そりまちヌイグルミじゃねえか?異世界のドラゴンと遊んでんだから邪魔すんじゃねえよ』
「アラヒメ⋯⋯ワシは安全な魂を見つけてくれと言わなかったか?」
反射的に魔法で炎の波を避けた暗黒皇帝くんヌイグルミが額をおさえる。その目前で、【鬼姫】の二文字を背中にしょった毛皮のコートがはためくと、鬼人族が族長【天乱のアラヒメ】が小さな手で炎の波を握りつぶした。
「ところでよそりまち、いいのか後ろにいたやつら」
「ん? ⋯⋯⋯⋯⋯あ」
その光景を見終えると同時、ぼくたちは波に飲まれて消滅した。
*
「まずいな、リスポーン地点はランダムなんだぞ」
しかもあいつらには階層の制限がない、とドラフトルームの床を抜けたそりまちヌイグルミが迷宮を走る。
面白いことになってそー。アタシもついてこっと。
「お前の魔法でサーチすりゃいいじゃねえかよ?」
「いましている。が、このヌイグルミ体の魔力では時間が、な」
「ほーーん。つーかこの迷宮内で潰れた魂は復活すんだろ?焦ることか?」
「ああ。魂は迷宮に来たときの状態で復活するとはいえ、精神は別だ。
運悪く深層部近くに連続でリスポーンしたら⋯⋯あいつら狂うぞ」
下のほうは強えヤツがいっぱいで楽しいじゃねえか?とアタシが言うと、「お前は論外だ」とそりまちはピシャリ言いやがる。
「見つけた。 さいわい、1階層。だが⋯⋯おいアラヒメ。 また地層をぶち抜いたな」
んあ? あーーーーー、ほらよ?
「さっきのドラゴンと戦ってるときに、勢い余ってちょいとよ?⋯⋯⋯いや、すぐに直したんだぜ⁉︎
⋯⋯ちょっと気づくまでに時間がかかったかも知らんけど」
ガラにもなく、指先にくるくると髪を巻いちまった。冷たく一瞥くれたそりまちは飛行速度を早める。なんかヤベーことになってるぽいな。
アタシはそのヌイグルミに並走するよう脚を踏み込む。
「⋯⋯ちなみだけどよ、どいつが上がって来てんだ?」
「キム子さんたちだ」
――まじかよッ、最悪じゃねえか!そりゃああのガキんちょどもが心配になってきたわ!
「くそっ、むだに広いんだこの迷宮は。ヌイグルミ体の魔力を使い果たしてしまいそうだが⋯⋯仕方がない。飛ぶぞアラヒメ」
「おうよっ!」
「【影 移 動】」
そりまちヌイグルミの柔らかな手が迷宮の地面に触れた直後、影がヌイグルミだけを飲み込んだ。
ん?あれ?アタシは?
「⋯⋯この天乱のアラヒメ様を置いてけぼりにするとはいい度胸だそりまちのヤロウ」
*
「えーー現場から生中継です。 こちらではいま、鬼の顔をした少女と謎の球体による鬼ごっこが行われています」
「生中継が何か知らねえけどやめとけシル、その鬼がお前を襲いに来るぞ」
ぴょんっぴょんっと跳ねる丸っこい何か。それをブチギレ寸前の顔で追うマイニー。
それは炎の波に飲まれたぼくたちが、明るい光の差し込む空間で目覚めたあとのこと。
「あれ?どこここ?ぼくらいま燃えなかった?」
「あの背中はアラヒメ様よね。 私たちは確かに燃えたはずだわ」
「おうそれは間違いねえ。 なんで生きてんだオレら?」
首をかしげて、揃って天井を見る。そこには柔らかな光がある。視線を下げると、優しく光を受けとめる小さな湖もある。だけど周りはゴツゴツした石壁に囲まれている。
「ここも、魂の迷宮ではあるようね」
「まじ意味不⋯」
「ほらあれじゃない?『ここは何が起きても不思議じゃない場所だ』って そりまちさんのアレ!
ぼくらたぶん、ドラフトルームとは別の場所で復活したんだよ!」
まじ意味不⋯と繰り返すヒョン。
柔らかい球体のようなものがマイニーのお腹を直撃して、マイニーが奇声をもらしたのはそのときだ。
「ぶふぁッ! 聞いたかよいまの! ンゴッ、っつったぞこいつ!」
「すごい顔だったね! マイニーのあんな顔初めてみたかも!」
「⋯⋯⋯っぁんたらねえ! 変顔のひとつくらいどーってことないわよ! それより何よアレ! 待ちなさいってば!」
ぴょんっぴょんっと逃げる丸っこいの。なんというか、人畜無害そうだな〜。
いや、それよりも、「へたにつついて八つ当たりはごめんだな」「それだね」
「待ちなさい! 待ちなさいってばッ! この! この!
あーーーもう! むしゃくしゃするぅーーーーー!」
水辺を、ぴちゃぴちゃとしぶきをあげながら手を伸ばすマイニーと、それをかわす丸っこいの。「もう怒ったわ! 【ブック】――魔法陣起動ッ! 【水球】」と水の球に閉じ込めた丸っこいのをマイニーが抱き抱えるようにして捕まえたときだ。
突然、数え切れないほどの声が頭に響いた。
『たすけて』『たすけて』『たすけて』『たすけて』『たすけて』『たすけて』『たすけて』『たすけて』
「うわッ! ホラー!?」「違うあっちの洞窟だ! なんかちっちぇーのがめちゃくちゃ来てんぞ!」
マックロクロ⋯⋯イガグリのような形をした真っ黒いのの、群れだった。