1話:魔法学校
「はっはっは! それで私はそのときこう言ったんだよ。『おい先生、それは“授業”じゃなくて“寝かし“つけじゃないか?』とね!」
「ええそうねゼンさん。いまがまさにその状況だわ」
起きなさいシル、と耳元でいつもの声がして、ぼくは瞼を上げる。
ピンク色の髪をかきあげるマイニーが、コーヒーカップを片手にこっちを見ている。
ということはどうやら、ギルドマスター・ゼンさんの無駄話が終わったみたいだ。
「⋯⋯ネコ舌のマイニーにも氷いらずだもんね、ここのホットコーヒー。そろそろ本題に入れそう?」
「ええ。2時間くらいたったかしら。やっとオチが来たわ」
どんなオチかはだいたい想像がつく。はっはっは!とか言ってたんだろーねどうせ。
ぼくは横で寝てるヒョンの体を揺さぶる。エメラルドグリーンの短い髪がサラサラと揺れる。
「んお⋯? ああ、それでどーなったんだシルの【ソウル・マジック】の後遺症わ。解決策が見たかったんだよな?」
「ええ。どうやら人を紹介してくれるらしいわ」
マイニーが頷く。ゼンさんを見る。するとギルドマスター専用デスクの後ろに、翼をたずさえた長身の男性が立っている。
「きみたち三人がこのギルドに来てから九年が経ったが、きみたちの外見は当時からあまり変化がない。
それは当時七歳だったきみたちがギルドの依頼や日常生活を円滑に進めるために、シルのソウルマジックで外見を成長させてきた反動だ」
「そこで呼ばれたのがオレ様ってわけよ! シルのボウズもソウルマジックたあ厄介な固有魔法持って生まれたもんだな!」
きらっ、と白い歯をのぞかせる男性。名前はワシードというらしい。鳥人族の英雄ワシードと同じ名前だけど、多分別人物だよね⋯?
なんせ英雄ワシードは薔薇をくわえた貴公子のような御方で、こんなチャラけたにーちゃんではないはずだし。
「ん?なんかディスられた気がするがまあいい、お前らの事情はわかった。
ここはひとつ、等価交換というのはどうだ」
「等価交換?」
「後遺症を克服するために、私たちも何かを差し出せってことかしら」
「か、金ならねえぞ!」
いやヒョン、そんな焦った顔でふところ押さえたらバレバレだよ。さっき換金したばっかりだもんね九万イェン。むしろ九万イェンで身長買えたら安いとは思うんだけど。
「バカ言えガキンチョ!オレ様はとある理由から密偵を探していたところでな。
そこには原則として ちびっこしか入れないわけよ。
そこでどうだ、お前らアーチタウン魔法学校に入学してみねえか?」
「アーチタウン魔法学校に⋯?」
ぼくはヒョンとマイニーと目を合わす。旧・魔王城、そしてこの世界の皇帝様と守護者たちが住む城。そんな別名を持つアーチタウン魔法学校に、ぼくらを密偵として放りこむと⋯?
「確かに等価交換ね。この世界で一番安全な皇帝様のお膝元⋯⋯逆にいえば、そんなところでスパイ行為をしろなんて危険極まりないもの」
「まあでもよ、それでオレら本来の身長になれるんならな?」
「うん。ゼンさんが紹介するくらいだし、皇帝様たちを敵に回すような依頼じゃないでしょ⋯?」
ねっ?とぼくがゼンさんを見ると、「危険ではない。変態、いや大変なことかもしれんが」とゼンさんは目を逸らした。
ん?いまのは言い間違えただけだよね?
「純愛と言って欲しいぜまったくよっ! でもま、詳細はいまは言えねえが命の危険があるような話じゃない。
さあどうする?はいかいいえではっきり答えな」
ワシードがぼくとヒョンを見る。欲しい人材は男ってことか。ぼくとヒョンは視線を合わして頷く。
「はいだ!」「いいね魔法学校!ぼく一回行ってみたかったんだあー!」
マイニーが「待ちなさい、こんなペテン師のような男の口車に――」と言うのと、「ケッケッケ。男に二言はなしだぜ?」とワシードが言ったのは同時だった。
そしてぼくら三人の体を真っ暗闇が包んだのも同時だった。
「「「――ッ⁉︎ ワープホール⁉︎」」」
英雄たちの物語でしか見たことない魔法だよ⁉︎え、まさかほんとに――
「それじゃ三名さま、いっちょご案内〜〜」
視界が黒く染まる瞬間、花瓶から抜いた薔薇をくわえたワシードがケケケッと笑った。
*
「ここはアーチタウン魔法学校一階にある【ホワイトスノウ寮】の談話室だ」
「ふぃ」「は」「ふっ」
痛⋯⋯くはないけどびっくりして変な声が出た。ふかふか。何これふかふか、めっちゃいいソファー。
ここが魔法学校の内部?暖炉の炎に照らされた温もりほっこり空間だ。
「今日はちょーど入学式でな、新入りの小僧たちはいまごろ荷解きしてる頃か。お前らの部屋も用意してあるからよ、ほれ。まずは暖炉から鍵を貰え」
ワシードがパチンっと指を鳴らすと、暖炉の炎が火の粉を吹いた。火の粉が蝶々に変わる。赤い蝶が一匹、青い蝶が二匹だ。ふわふわと火の粉を撒きながら、ぼくたちの指先に止まった。
「青が男で赤が女部屋の鍵ってことか?」
「綺麗だねえ」
「どんな仕組みの魔法かしら。これは入学しがいがありそうね」
逃げろ、逃げるんだ不思議な蝶々さん。宝石を見つけた悪女、いや獲物を見つけたマイニーの顔が半透明な赤い羽に透けてデンジャラス極まりなくなってる。解剖される前に逃げてくれ蝶々さん⋯⋯!
「さて、ソウルマジックの件だが、どうやらお前らの魂は成長したり戻ったりと繰り返すうちに本来の形を見失ってるらしくてな」
仮病が現実になるような、危ない薬の常習者が幻覚と現実の境目をなくすようなもんだ、とワシードはソファーから立ち上がりながら言うと、
「そこでソウルマジックの第一人者が対策方を教えてくれることになったが、少し時間がかかるらしい。
謁見は明日の夜になるとのことだ。
つーことでお前ら、明日は一日魔法学校の体験がてら授業に出ろな!夜迎えに来るから!今日は休め!それじゃ解散!」
言い終わるが早いか、ワシードの姿がポンと消えた。
「「「⋯⋯⋯⋯え?」」」
そして置いてけぼりにされたぼくたち⋯⋯。
「「「え⁉︎」」」
待ってどうしろと⁉︎ソウルマジックの第一人者⁉︎それってあの御方だよね⁉︎いやその前に十歳児たちの群れに紹介もなく入るの⁉︎入学式の後から⁉︎実年齢16歳だよ⁉︎
「受け入れられるかしら」
「二つの意味でね⋯⋯」
「ガキンチョと共同生活⋯⋯考えただけで頭痛えぞこりゃ」
⋯⋯とりあえず、寮の部屋とやらに入りますか⋯⋯。
「あははは、見てマイニー、蝶々が部屋に案内してくれてるぅ」
「ファンシーねええ、女子寮は暖炉の右の階段を登るらしいわああ」
「いやお前ら、十歳児はそんなお花畑じゃねえだろ。危ない薬でもやってんのかよ」
あれ?子供ってこんな感じじゃなかったっけ?
*
「二人部屋の同室? よかったじゃない、わたしのルームメイトは穏やかな魔人だったわ」
「魔人?魔人までいんのかこの学校?」
「パンフレットにあったよ、今年から魔人の子供を迎え入れるようになったって!」
「よかったじゃないヒョン? あなた同種族の友達いなかったんでしょ?」
「オレは半分だけどな」
鍵穴に蝶が吸い込まれ部屋に入ったあと、することもないので座布団に置かれた魔法学校のパンフレットを流し読みして、談話室に戻ってみた。
部屋は畳ばりで、イグサの香りがただよう純和風⋯てやつ?なんか子供のころに、ぼく同じような部屋に来たことある気がするんだよなあ。
ちなみに蝶は部屋を出るときについてきて、いまは暖炉の炎に戻って行った。
「あなたたちも飲む?」
対面のソファーに座ると、マイニーがシュワシュワと泡立つ黄色い液体をビンからグラスにそそぎながら聞いてきた。
「なんだそれ?」「おしっこ?」「しばくわよシル」
これはガチゴルドジュースよ、とマイニー。
「ゴルドの実とタンサンの実を混ぜて作った、エルル族の名産品のひとつね」
魔人の子がわけてくれたの、シュワシュワしてて美味しいわよ、とグラスをかたむけるマイニー。
ぼくは一口わけてもらう。
「この味⋯? 記憶にあるぞ⋯? 確かリアルゴール」
「ドへっくちゅん! わりぃなクシャミが出たわ」
「相変わらず女子も顔負けなクシャミね」
マイニーが口元についたアワを指先でぬぐいながら言ったところで、「うるせえ」とヒョンが、
「つーかよ、オレら教科書とかなんもねーけどどーすんだよ?」
「着の身着のまま来ちゃったもんね。 重い荷物はギルドの貸しロッカーに置いてきたまんまだし」
「そういえば私たち、宿を追い出されたあとギルドに行ったまま、ここまでノンストップだったものね」
押し入れに制服は用意されていたけど、とマイニー。
それはあった、あとギルドで稼いだ札束もポケットにある、とヒョン。
「どうしよ、誰か大人のひとに相談してみる?」とぼくが出入り口っぽいドアを見たときだ。
「――やっべえ忘れてたぜ!」ドアがバンっと開いて彼が再び、ズカズカと侵入してきた。
「――ほらよ!とりあえず教科書とパジャマな! あとオレ様特選のボードゲーム! 飽きたからやる! 他に必要なものがあれば随時オレ様のところに来るように!
くれぐれも、他の先生たちには最初から部屋に用意されてたって言っとけよ!」
ワシードだ。どうやら職務を怠っていたらしい。まったく悪びれた様子はない。ヒモでまとめた教科書とボードゲームをぼくたちの近くのソファーに投げた。三人とも勢いに飲まれて目をぱちくりだがワシードは止まらない。
「むふふっ、それはそうと新入生は歓迎してやんねーとな――!」
その変態、いやワシードは女子寮の階段の前に立って手をワキワキしている。
「おい鳥、一応パンフレットに書かれてた情報を共有してやるけど、その階段には侵入者防止の魔法が」
「浅いぞ小僧!男はそれをロマンの壁と呼ぶ――!」
ほっとこう、とぼく。八つ裂きになればいいのよこんな鳥なんて、とマイニー。救いねえなあいつ、とヒョン。
そのとき、鳥スタイルになった鳥がツバサを広げてクチバシをひらいた。
「むっひょおーーー! 目指すは最奥!オクニ先生の部屋だーーーー!」
そして宙に浮かんだ【鎖】と中央に書かれた円からジャラジャラと重厚なそれが飛び出て鳥を捕獲したのは、鳥のクチバシの先端が談話室と階段の境目に触れたときだった。
同時、けたたましいサイレン音が鳴り、談話室のいたるところから激しい紫電が鳥を直撃し、半透明な大きな掌が鳥を殴打すると、鳥が床に転がる。
「十六年目の正直⋯⋯ならず⋯⋯⋯⋯か」
とどめとばかりに、暖炉の炎が火を吹いた。
「創立からの恒例行事かよ」「そうかこれ、鳥対策だったんだあ」「今夜はごちそうね」
マイニーが呟いたとき、焼き鳥のいい匂いにぼくのお腹がぐぅぅっと鳴った。