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18話:音の回廊

(どうしよう!マイニーの言う通りになっちゃった!)


(この重圧⋯⋯あの【おしゃべり禁止】の張り紙は魔法の条件だよな⁉︎ な⁉︎ 試しに喋ってみるか⋯⋯?いやイヤな予感するよなだよな!)


 身振り手振り。言葉を伝える。ヒョンの言いたいことはなんとなくわかるよ!いつも一緒にいたから!ぼくらはいつも以心伝心!だけど、


 それよりもヒョンがドーナツになってる⁉︎


(なんでドーナツ⁉︎食べたから⁉︎ とゆーか見て! 棚に飾られてる食べ物の模型! これきっと、魂を抜かれたこの世界の住人たちなんだよ!)


 えっ?手を振ってどうしたの?何言ってるかわかんない?ぼくの気持ちは一方通行なの⁉︎


 あっ、ヒョンの向こう側からイチゴのショートケーキが何か伝えようとしてる!


(だから言ったじゃないの⋯! テレパスの魔法を習得しておくべきだったわ! あの真ん中の三人、あれがヴィジョンで見た敵ね!)

 

 マイニーだ。ぼくら三人とも手足と目鼻口はあるから、目を見れば怒ってることはわかった。内容もだいたい理解できたと思う。


 マイニーの指を追って正面を向くと、大きな空間の中央で円卓を囲む三人の巨人がいる。


 彫刻像のように線で出来た肉体の部位、肌も目も真っ白、手には黒い液体の入ったコーヒーカップ。一人の巨人はハットを被っている。あとの二人の違いといえば、目つきが鋭いかそうでないかだろうか。丸いテーブルやイスは灰がかった白で硬そうだけど。


 ⋯⋯マイニー!怖いから目を逸らしてたのにー!


(おいシル! どーすんだよこの状況!)

(ぼくもわかんないよ! ⋯てなんでヒョンには伝わらないんだよーー!!!)


 落ち着こう。まずぼくらは高い棚の最上段に置物のように飾られているらしい。音を立てないように、慎重に周りを見る。


 暗い部屋を天井からわずかに照らすミラーボール、針の止まった大小様々な壁時計、あの巨大な黒い箱みたいなのは⋯⋯スピーカー?


 他にはぼくらのように、いくつも並ぶ壁棚に装飾された食べ物のミニチュア模型(?)や、ミラーボールの光を反射する金色の皿やグラスといった食器が多数。ここは(あや)しくもゴージャスな空間って感じだ。


 そんで一際奇しいのが、空間のいたるところにある【お喋り禁止】の張り紙。この巨人たちに変わった趣味がない限り、あの張り紙は魔法の媒介的なもので間違いないだろう。


 と、観察するために目を凝らしていると、回るミラーボールの光がぼくの目を通過した。線は細くとも強烈な光だ、めっちゃ眩しい。


 反射的にマブタを擦ろうとしたぼくの指先が、横に飾られている花柄のグラスにほんの少し、本当に少しだけ触れて、音ともいえないような振動音が発生したのはその時だ。


『『『――!!!』』』


 ――やばい!


 ぼくは巨人たちが一斉に顔を向ける寸前ギリギリで、目を閉じて全身の力を抜いた。マイニーとヒョンも同じだろう。これはまずい。


 いまぼくらが考えるべきことは一つ、(ぼくは模型、棚に飾られた模型、自我なんてないただの模型⋯⋯⋯⋯あれ、そういやぼくってなんの模型⋯⋯?)


 そのとき鼻先に強い圧が来た。見えなくてもわかる、巨人が近くにいる。この静寂の空間を足音もなく近づいてきたんだ。どうしよう、掴まれたら、いや少しでも触られたら終わりだ。確実に肩に力が入る。そうなったら誤魔化せないだろう。


 それならいっそ捕まる前に(⋯⋯ヒョンとマイニーの手を引いて逃げよう)と、ぼくが薄く目をひらこうとした瞬間、


 鼓膜を震わす大音量の音楽が静寂をかき消した。


(――ッ!)思わず声をあげそうになって口を押さえる。棚の装飾をビリビリ揺らす低音と、それを包み込むような柔らかな中高域の音。鼓膜が張り裂けそうだ。それよりも、(動いちゃった――!)


 ぼくは背後に飛びながら目をあけた。確実に気づかれた。(どうする、どうする)と、思った矢先、視界にうつる、ミラーボールの真下で、腰をくねらせる巨人たち。


(――えええ⁉︎踊ってる⁉︎)(――踊ってるよな⁉︎)(踊ってるわね)


 肩を揺らして、頭を振って、それぞれに音の波に乗っかる巨人たち。その異様さに、ぼくら三人は自然と目を合わせたあと、巨人たちの足元に視線を落とした。


(ん?)


 するとそこに、怪訝そうな目でこっちを見る小人がいた。

 小人は一瞬硬直したあと、すぐに走り去っていく。


(あれって)(このカラダの仲間だよな)(追うわよ)


くいっ、と親指を動かすマイニーが棚の角を滑った。猛スピードで落ちていく。床に着いた。続けと合図してくる。


(勇ましい。けど見た目がショートケーキだからなあ。3秒ルールならそろそろアウトだ)


 ぼくはヒョンがドーナツ体を活かした回転滑りを披露するのを見届けたあと、ゆっくりと棚を滑る。


 赤い布のしかれた床につくと、音楽に夢中な巨人たちの足元を静かに走って、小人が出て行った光のある空間に足を入れた。


 *


『チェリー!ブラック!ショート!あなたたちは生命の音(・・・・)をヤツらに奪われたはずでは!』


「おお、それってぼくらのこと?」

「とゆーよりこの器の、このカラダの持ち主の名前だろーな」

「こっちの空間はお喋りオーケーなのね」


 ぷはあ!三人揃って息を吐く。呼吸ってこーやってしてたっけ、意識するとなんかもどかしい。

 と、それより小人がイライラしてるような、困惑してるような顔だし、何か言わないと。


「えっと、【パラパラチョコのドーナツ】がヒョンで、【イチゴのショートケーキ】がマイニーだから⋯⋯ぼくがチェリー?」


「オレ ドーナツになってんのか⁉︎ シルはあれだな、【チェリーの乗ったクリームソーダ】みたいな見た目になってんぞ!」


 まじで⁉︎たしかに手足が生えてるボディがやけに透明感があると思ったら、クリームソーダのグラスだったのか⋯。


「あなたはえっと、トメィトさんかしら」

「トメトですとも! ワタクシを忘れてしまったのですか!」


 ニアミスぅ⋯。でもなんとゆーか、トメトさんは中途半端だ。

 ぼくら三人は食べ物から手足なんかが生えてる感じなのに、トメトさんにはしっかりと顔と体がある。


 赤いトメィトにそっくりな被り物で頭からアゴまで包まれた、初老の男性だ。指揮者みたいなタキシードを着ていて、白い口髭がモジャモジャしてる。


「わけはわかりませんが!あなたたちの帰還を祝福したい!でも時間がないのです!ああ!せっかく仲間が帰ってきたのに!」

「と、とりあえず落ち着いてトメトさん! そんなに声を荒げると、いくら爆音が鳴ってるとはいえ巨人たちに」


 気づかれる――とぼくは、違和感をもって後ろを向いた。

 あの暗い部屋を出てから十歩そこそこの距離だ。

 なのに音楽がいっさい聞こえてこない?


「音が届いてない⋯?」

「それも忘れてしまったのですか! ダンスフロアーの入り口は遮音の魔法があるではないですか!」


 ヒョンとマイニーも後ろを見た。巨人のいるダンスフロアーとぼくらがいるこの通路のような空間のあいだには扉の一枚もないけど、そこには見えない壁があるらしい。


「あなたたちに何が起きているのかは分かりませんが! とにかくいまは時間がありません! 次の曲を用意しないといけませんから!」


『――リーダー! 倉庫ビーにあったです!それに知らないレコードが一枚――」


「ココ! 間に合いましたか!」


 ココ?――向き直ると、トメトさんの横に、リボンのついたココナッツで顔を包まれた少女⋯?

 その後ろにはドアがあって、【倉庫ビー】と書かれている。

 そんで少女の手のひらの少し上に浮遊する、ピザのように丸い円盤⋯。


「なんでみんなが動いてるです⁉︎」

「ココ! 驚いている時間はありません! はやくそのレコードをターンテーブルに持っていかなければ!」

「は、はいリーダー!」


 驚く少女にぼくらが口を開く間もなく、トメトさんはココの手を引いてダンスフロアーに走った。


「何が何やらさっぱりなんだけど」

「それな。オレらでそれなんだから、もしもこの状況をナニカで見てるヤツらがいれば意味不明だろうな」

「妄想してる暇はないわよヒョン」


 マイニーがトメトさんたちと入れ替わるようにダンスフロアーを出てくる影を指した。

 その小人は唐辛子にそっくりな被り物をした――いや、唐辛子に手足と目鼻口が生えて、サングラスをかけたようにしか見えない姿の小人なんだけど、


『――オ、オメエらぁ!』うわ、唐辛子が走ってきた。ぼくら三人を抱き寄せると、涙を落としている。

『掃除してるとよ、動き出したオメエらが見えてよ!』


 男泣きだ⋯すごい男泣きだよ。鼻水がついて正直離れたいんだけど、そんなこと言えないくらいの男泣きだ。『よかった、よかったぜえ! おかえり弟たちよ――!』首裏に回った唐辛子の手の力が強くなる。ヒョンの困った声が聞こえた。


「え、えっとよ! 唐辛子の兄貴! ただいまだぜぇぇえ!」

『バカヤロウ忘れちまったのか!返事は『あいよ!』だろう!』


 そのとき、鼻水を拭きながら、唐辛子の兄貴が手を離した。


『それに――アタシは女だろうがぁぁぁあ!』


 唐辛子の姉御にヒョンが頬を叩かれたあと、ぼくたちは倉庫ビーの向かいにある部屋へと案内されることになった。



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