13話:宙に立つ四足
「エンライクーン――」
辺り一帯を照らしていた日光を背中ですべて受け止める巨体の魔物。周囲の空が黒く歪んで見える。マイニーの声が冷静さを取り戻した。
「あの炎と雷が織りなすような毛並み、四足で空中に立つ姿、間違いないわ」
「なんであんなヤバい魔物が街の近くにいんだよ⁉︎そりまちのオッサンが、ガーディアンズが、気づかねえわけねえだろうがよ!」
「エンライクーンは一滴の水で縮み、一粒の火で巨大化するの」
「のぼり雨で小さくなった体で近づいて、ぼくたちを見つけて大きくなったのか」
獲物を見つけて、と続けるぼくに、顔を横にふるマイニー。
「エンライクーンは自身の魔法では体を大きくしたりできないわ。誰かが炎をぶつけた⋯⋯それに本来は温和な性格のはずだから」
誰かに攻撃されたのよ、とマイニーが言うと、サラちゃんが。
「す、すごいね、冷静にぶ、分析できて」と枯れるような声を絞り出したときだ。「あっ! あの子って――!」
エンライクーンの爪のスキマに、見覚えのある赤髪の少年が挟まれていることに気づいた。まるで巨大な塔に一滴ついたシミのように小さく見えるけど、あれは、
「コルフじゃねえか!」ヒョンが叫ぶと同時、エンライクーンが身をかがめ宙を蹴った。牙の尖る巨大な顔が猛スピードで詰め寄ってくる。
「【シールドヴォイスッ!】」「【波流拡散】」
「「【響 嵐】」」
ヒョンの音魔法がぼくの風魔法の中を反響する。増幅した音の波がさらに風と渦を巻き起こし、嵐のような障壁を作った。
ミヤビコちゃんが豹変したのはそのときだ。
「か、か、かっくいいいい! シルくんヒョンくんやっちゃってーーー!」
「「「「――かっくいい⁉︎」」」」
「あっ⋯⋯クックック」
恐怖で狂ったのかと思った!て、そんなこと気にしてる場合じゃないけど!
「もって三十秒だぜ」
「嵐の中をぐいぐい進んでいらっしゃるぅぅ」
「ミヤビコちゃん!あとで詳しく聞かせてもらうわよッ!」
ブックを構えたマイニーが叫んだ。「なぜかわからないけどエンライクーンが自分から近づいて来てるのはチャンスよ! 遠雷の一撃を出されたら、私たちは消し炭なはずだから!」
そして大きな風が吹いたのは、「シル!私の水球に風向きを合わせてちょうだい!倒す必要はないわ!一滴の水をかければこっちの勝利よ!」マイニーが水球の魔法陣の描かれたページに指を置いたときだった。
「やれやれハチミツオウジが一人じゃ照れちゃうシャイボーイっつーから同席しに来たらよお」
それは目的地である花畑の大樹の影から。
「またお前らかお騒がせキッズどもめ」
純白の羽を一本くわえた人間姿の鳥が、突撃する巨体をぴたりと受け止める風を纏って出てきたのだ。
「「「ワシード⁉︎」」」「え⁉︎英雄ワシード様⁉︎」「マジで⁉︎ウチちょーファンなんだけどッ⁉︎」
ひょい、と軽快に羽ばたいたワシードがエンライクーンの頭上に寄ると、指先から水を一滴落とした。巨体が見る間に縮んでいく。
「けっけっけ、オレ様が見てねえと危ないベイビーちゃんだぜ!
つーわけでお前ら!」
ワシードが子犬サイズのエンライクーンを抱きしめながら言った。
「うちの子が迷惑かけてすんまっせんしたあーーーーーーー!」
鳥姿に戻ったワシードが、オレンジのクチバシをおもっきりさげた。
*
「いやよ?エンライクーンって魔物は一滴の水で小さくなるだろ?うちのエンティはちょっと特殊な体質でよ、ずーっと濡れてると虫みたくちっちゃくなっちゃうのよ!」
――それでオレ様が保護して学校の裏庭で暮らしてたんだけど、珍しく学校を離れるオレ様を追ってついて来ようとして、のぼり雨に打たれちまったわけだな、とワシード。
「可愛いやつめッ。おうエンティ、オレ様が好きかッ?おうおう可愛いやつめ愛してんぜぇッ」
エンティ?ペット?この小さなワンちゃんみたいなのが、さっきのエンライクーンなの?
ぽかーんとしたまま硬直するしかなかったぼくらをハチミツオウジの巣こと、大樹の上の小さなログハウスの丸太の椅子に座らせた鳥がノンストップで舌を動かす。その顔をぺろぺろ止まらないエンティ。
「なっ!可愛いやつだろっ!」「かわいいけども」
かわいいけどもだよ!
「あれ? 虫みたいに小さくって⋯⋯? よく見るとこの子、ヒョンが雨除け作ってあげた子だ!」
「おっそうなのかエンティ? それは礼を言わねえとだなヒョン」
ありがとよ、と真っ直ぐな目で言うワシード。
「なるほどな、ひと大好きっ子なエンティがなんでお前ら襲ってんのかと思ったら。エンティ、ヒョンにじゃれつきかったのか!」
エンエン、と頷くエンティ。
「エンエンなんだ鳴き声⋯⋯ってあれ遊ぼうとしてたってこと⁉︎」
「恩人の胸に飛び込もうとしたのね」
「さすがのオレでも、あれは受け止めきれねえぞ⋯?」
ワシードの手から飛んできたエンティを受け止めて膝に乗せてから、ヒョンが後頭部をぽりぽりかく。
「すごーーい⋯⋯マイニーちゃんたち、あのワシード様とお友達なんだあ」
「クックック。 まじうらやま」
瞳をキラキラさせるサラに「お友達じゃないわ。ただの鳥よ」とマイニーは言って「まだそのキャラで通すのねミヤビコちゃん? ちゃんとあとで聞かせてもらうわよ」と言うと。
「先に片付けるべき問題がふたつあるわね。
誰がエンティに火を投げたのか。それと、そこで気絶してる赤髪くんよ」
「答えでてんじゃん」「答えいったぜマイニーお前いま」
ぼくとヒョンの声がそろった。状況的にもこれまでの言動からしても明らかですやん。
「⋯⋯ブック、魔法陣展開、起動、水球」
そしてマイニーがやる気のなさそうに指先を下にくいっとして、コルフの顔に水球を固定して数十秒。
「ブフォッ」――コルフが我慢の限界が来たように体を起こした。
「あら、思ったより耐えたじゃないの寝たふりさん」
「こ、殺す気かニィマストロンジの孫ぉぉぉおお!」
あいかわらずの性根のようね、とため息をつくマイニー。
「で、エンティに攻撃したのはあなたかしら」
「な、何の証拠があって」
「いいこと、正直に答えないと鳥が英雄になるわよ?」
オレ様はいつでも英雄だ、とワシードは言うけど、
「つまり、てきとうな嘘ついちゃうと英雄が怒っちゃうよってことだよ」
ぼくはさとすようにコルフに言った。へらへらしてるけど、ワシードが怒っているのはわかる。目がいつもよりちょっとだけ鋭いから。付き合いは短いけど、なんとゆーか瞳の奥が笑ってない。あと翼がバッサバサしてる。絶対怒ってる。
「え、英雄ごとき、こわくなどないが、いいだろう!
ああそうさ、やったのはぼくだ!魔物を攻撃して何が悪い!」
「開き直ってんじゃねえよ」ヒョンの手が流れるようにコルフの頭をはたいた。そりゃそうなる。
「お前、あの虫みてえな状態のエンティによく魔法ぶつけられたな?おい?何が魔物に攻撃してだ?エンティが何かしたってのか?」
ヒョンの口から言葉がつくように出る。これは本心半分、フォロー半分だと思う。ワシードがすっごい怖い顔してたから。代わりに怒ることで怒りを沈めてるんだろう。
「なんか言えよ!」いや、ヒョンも普通に怒ってるわこれ。
「う、うるさい!説教なら聞き飽きた!ぼくをDランクにした挙句、ルールがどうだとか命がどうだとか!あのギルドマスターの話で充分だッ!」
あれなら、あんな魔物なら、ボクでも勝てると思ったのに⋯!と、床に拳を打ちつけるコルフ。
「話が見えたわね」マイニーが言った。
「自分の現在値を過信したあなたはDランクになって焦ったあまり、禁止されたソロ活動をして、ゼンさんにお灸を添えられた。
その鬱憤と功績のためにエンフィに炎魔法をぶつけたのね」
「え?でも一年生はみんな今日ギルド登録行くんじゃなかった?」
「どーせホワイトスノウ寮が先なのが気に入らねえで、入学前に登録したんだろーよ」
あそっか。いまのギルドの制度的に七歳の誕生日から登録することは出来るし、例年ホワイトスノウ寮から始まるってオクニ先生言ってたっけ。
それに飛び入り入学のぼくたちとは違い、新入生はあらかじめ自分の所属する寮や先生たちについて書かれた書類を送られるって、パンフレットに書かれてたっけそいや。
「つーかよ、一般登録ならDランクからで当たり前じゃねえか」
うん、ほんとそれだし、ね。
「よかったね、エンティが炎に強くて。ほんっとーによかった」
ヒョンの膝で体を伸ばすエンティを見る。
「じゃないとぼく、魂のエンティから話を聞いてたら、キミを同じ目に合わせてたかもしれない」
同じ目は言いすぎたか。でも、肉体を離れて数時間から数日ていど、魂はその場にとどまることがあるから。ソウルマジックを持つぼくの目にはそれがうつるし、魂の声を聞いたことも何度かあるから。
多分、そうなってたら、ぼくはかなり怒ったと思うから。
「⋯⋯」――ぶるる、とコルフの体が揺れた。でもま、無事だったわけだし。
「いまならごめんなさいで許してくれるんじゃないかな? どうエンティ、ワシード?」
「オレ様は寛大な男として名を馳せているからな」
「えんえん!」
いいよ、と言わんばかりにコルフの前に座ったエンティは素朴な瞳を向ける。
「ッ⋯⋯うる、うる、うるさい⋯ッ」コルフがそっぽを向いて大樹を飛び降りた。
小さく「⋯⋯るかった」と言い残して。
「そこはごめんなさいでしょー」
「スジは通さねえくせにスジガネいりのへそ曲がりだなありゃあ」
「素直になれないお年頃ってところね」
ハチミツオウジの巣の天井から、たくさんのハチが羽音を鳴らして降りてきたのはそのときだ。
「⋯⋯話は、終わっただろうか」
ハチが集まり人の形になると、きゃしゃな体つきにナイーブな顔色をした長身の男がぼそぼそと言った。
「おうハチミツオウジ。すまねえな、あんたがいると話がややこしくなりそうだったんでな」
「⋯⋯ああ」
「しかし正解だったぜ。あのへそ曲がりキッズが魔人嫌いの魔王信奉者たあ、まともに話が出来るわけがねえ」
「⋯⋯ああ。オウジもそう思う。ただ、そのような間違った信心では誰も浮かばれない⋯」
ハチミツオウジが心を痛めるように言う。けど、
「オウジって一人称なんだ」
「ナイーブそうなわりに主張強いな」
「空気を読みなさい」
ヒョンとこそこそしてると、マイニーのブックの角がぼくらに落ちた。
「はあ。 簡単な試験だったはずが、なんだか複雑になっちゃったわね」
長い息をはきながらマイニーはミヤビコをちらり見る。
「ねえオウジさん、交渉する気力も残ってないから率直に聞くけど、蜜、少し分けていただいてもいいかしら?」
「⋯⋯好きなだけ持っていってくれ⋯ニィマ・ストロンジの孫よ⋯」
あなたもそれ――?
マイニーがちょっとだけ気分を害されたように、鼻を小さく鳴らした。
*
「あーうるさかった」
ほんっとに。試験とはいえ初めて出来た女の子の友達との初めての外出だってゆうのに。あの鳥とシルヒョンが揃うとお話もできないんだもん。
せっかくこんな綺麗なお花畑があるのに。天気もいいしオウジが蜜をビンに詰めてくれているあいだくらい、私たちは私たちでゆっくりさせてもらうわ。
「えんえん!」そうね、エンティもいるわね。
「試験、うまくいきそうでよかったよね」
「ええそうね。魔物も出なかったし」
「クックック。ヒョンの威嚇咆哮で逃げただけじゃん?」
そういえばそうだったっけね。
強くはないけど人間を襲うタイプの魔物がいたけど「いちいち相手すんのだりーよな」とヒョンが一斉に追っ払っちゃったんだった。
「それよりミヤビコちゃん? どっちがほんとうのミヤビコちゃんなの?」
「私も気になる」
大樹の陰に座りながらサラちゃんと私はミヤビコちゃんを見る。エンティもつられたように目を向けたわ。
「クックック⋯はもういいか。 でもその前にわたしも聞きたいのよ。
あなたたちほんとうに10歳?」
「「あっ⋯」」サラちゃんと声が揃った。
「確かに。ミヤビコちゃんの秘密を聞くのに、私たちだけ秘密にするのはだめよね」
「だねっ! じゃあさ、みんなで言っちゃう?」
せーーの――
三人で声を揃えたとき、木陰にお花畑の甘い香りが届いた。




