10話:interlude
『ふわああ、お仕事を放置してつかる露天風呂はなんともいえないですぅ』
『さぼぶろサイクゥですぅぅ』
――魂の迷宮でぼくたちが遊び相手をしているころ。
生徒たちが入浴をすませ帰寮したあとの共有露天風呂に、折りたたんだメイド服を頭に乗せて肩まで湯につかる双子の姿があった。
――ミータですぅ。キータですぅぅ。
『そっちはどうでしたですぅぅ?』
『だめですぅ。 シルくんの素性はまったくつかめないですぅ。 キータはどうでしたですぅ?』
『おなじくですぅぅ』
入学式の前日、英雄たちが天井裏で聞き耳を立てるミータとキータを泳がしていたのには意味がある――
そう考えたミータたちは責務をまっとうするため、ヒョンくんとマイニーちゃんの素性、そしてウワサとして知られた二人の【影の英雄】について学生たちにばら撒いたです。それと同時に気になるのがシルくんの出立。
『まったくでてこないですぅ。 家族も故郷も種族も、誰もシルくんについて知らないのですぅ』
『わかったのはギルドで悪名ばらまいて活躍していたことだけですぅぅ。
あの三人、三人ボッチなのですぅぅ。交友関係が他にないのですぅぅ』
情報を求めて訪れた種族無差別ギルド【トムヤムニンジャ】。
『おかしいのですぅ。 あの世間話の長さ。 確実に皇帝様たちが裏で手を引いているですぅ』
『それかよっぽどの秘境で暮らしていたのですぅぅ』
とはいえ魔人たちの隠れ暮らす秘境にさえ情報網を持つミータとキータからすれば異例中の異例ですぅぅ。もはや異常といってもいいほどに隠蔽されたシルくんの情報。
『いっそのこと、シータお姉様に聞いてみるですぅ?』
『ムダですぅぅ。 お姉様はガーディアンズですぅぅ。 皇帝様を裏切らないでぅぅ』
むうう、ですぅ⋯⋯と、ミータが悩ましげに月夜を見上げたときです。
『『――ッ! 超絶有能メイド流早着替えの術ッ!』』
さっそうと湯から飛び出したミータとキータは、湯気を受けとめる屋根の上に身を潜めたです。
ほのかに赤らんだ肌は、湯から出ると同時、メイド服に包まれているです。
『誰か来たですぅ』『あのシルエット、ひとりは“人魚族のミルフィーネ”で間違いないですぅぅ』
そのとき、がらららっと脱衣所からドアがひらく音がしたです。
「サリアと一緒にお風呂入るのも久しぶりねっ」
「丸っこもねっ!」
「きゅうっ!」
いたるところに仕込んだ覗き穴のひとつ――露天風呂の屋根のその穴を覗くと。
『やっかいですぅ』『マイニーの祖母、ニィマ・ストロンジもいるですぅぅ』
鮮やかなピンク色の髪がふたつです。ひとつはニィマ、そしてもうひとつは“吸血人族”のサリア。ガーディアンズであり、その後ろには入学式で司会をつとめたミルフィーネと、浮遊する小さな魔物。
『丸っこは今日も可愛いですぅ』『“ネズミハリの丸っこ”。皇帝様が人間国を追放されてすぐからの最初の相棒ですぅぅ』
体に巻いたタオルをおろした三人が湯に足をいれると、「きゅううッ!」と湯に浮かんだ丸っこが気持ちよさそうに身をふるわすです。
「サリアも丸っこもお疲れさんさね。 任務はうまくいったのかい?」
「うんおばあちゃん! 酔っ払った族長どうしのタイマンなんてほんと迷惑だったよーっ」
「あのふたりは喧嘩するほど仲がいいの典型的な例ね」
ミルフィーネが“人化の魔法”をといて、人魚の尾をのばしたですぅぅ。
たしかサリアと丸っこの任務といえば⋯。
『獣人族の族長コンガと風人族の族長フウガですぅ』
『どっちの娘様が美人かでよく喧嘩してるですぅぅ』
魔王を倒した英雄同士のタイマン勝負(しかも泥酔状態)です。それはもう凄まじい攻防戦で、両族の民たちは勝った負けたと酒を片手に盛り上がるお祭り騒ぎですが、今回は度が過ぎたです。
コンガの咆哮が空に浮かぶ雲の地の一部にドーナツ状の穴をあけ【雲の川】から天空魚が地上の川に着水すると、フウガの暴風が獣人族の岩山をひとつ空の上まで持ち上げ、ドーナツの穴を埋めて見せたです。
酔っても英雄というべきか、小動物ふくめ被害はなく⋯⋯『天空魚にいたっては地上の川に適応して滝登りして見せたそうですぅぅ』
しかし両族からの要請があり、ガーディアンズが動く事態となったです。
「しかしサリアもついに、初授業なんだってね? ようやく影魔法を簡易化できたんさね」
「うんっ!」サリアがにっこりして頷くです。
「といっても影移動や影空間はちょっと難しいし⋯⋯闇移動はサリアの⋯⋯あっちの姿じゃないと使えないしぃ。
だからほんと、簡単な影魔法なんだけど⋯」
「いいじゃないかい」ニィマは露天の石縁に頭を乗せながらにこりです。
「あのギャルっこサリアが先生とは、アタシャ感慨深くなるねえ」
「同感ね。 外見はあの頃からちっとも変わらないけれどっ」
「おばあちゃんもミルフィーネもイジワルは変わんないけどねえっ!」
湯ごと丸っこを手のひらにすくいながら微笑むミルフィーネに、サリアが頬をふくらませ、ニィマは笑ってるです。
「くくっ、サリアにそう呼ばれるのも慣れちまう年月だったさねえ。 あたしをそう呼べるのは孫らをのぞいてアンタだけさね」
『おばあちゃんですぅ』『おばあちゃんですぅぅ』
――マシンガンが火を吹いたです。
「ったく」
「なにしてんのおばあちゃん?」
「目と耳の掃除さね」
ニィマがマシンガンをヘアピンに戻して頭にさしながら笑うと、ミルフィーネが、
「魔王軍と人間国の境だった人魔の森で、【骨化した肉体】から迷子になった魂の姿のサリアが、出会ったばかりの私とそりまちさん、それに丸っこのところに全裸で突撃してきたのが懐かしいわ」
「あっとゆーまだったよね、あれからっ。
『ワシが肉体を取り戻してやる!』ってそりまちさんが奮闘してくれて。 あのころは魔王軍はもちろん、他の種族も敵みたいなもんだったから、こそこそっと地下通路作って他種族の国に侵入してねっ!」
「地上は危ない!ワシは無力だ!地下からこそっと行くぞ!ってそりまちさんがね。 ほんとっ、あの堂々とした卑怯さは見習うものがあったわよ」
「したたかさも大事さね。 暗黒皇帝はピュアで腹黒いからアタシャ気に入ったのさね」
「きゅうっ!」丸っこが同意するようにうなずくです。さすがのメンツ。歴史の生き証人、いえ、この方たちが歴史を作ってきた当人ですが。物語で何度も読んだ内容なのに、ミータもキータも思わず聞き入ってしまったです。不覚ですぅぅ。
「あははっ、おばあちゃんに出会えたのはそれからずっとあとだったけど、まさかみんなでこーしてお風呂に入れる日が来るなんてね! あのときは全然思わなかったよー!」
「それならサリア?」ニィマがニマっとして言ったです⋯?
「そろそろ仲間にいれてやったらどうだい?」
「そうねえ。 湯冷めして風邪をひいたら大変よ?」
「だねっ! 【闇移動!】」ガイコツ化したサリアの姿が月夜の闇に溶けたですぅ!まずいですぅぅ!
『――フリルが! フリルが濡れるですぅ!』『キータとミータはこそこそ覗くのが好きなのですぅぅ!』
「いいじゃん! 女の子どーしゆっくり恋バナでもしよーよっ!」
『『白骨と恋バナは末代まで呪われそうですぅぅぅッ!!』』
屋根上に姿をあらわしたサリアにもみくちゃにされ、ミータとキータは露天風呂めがけて落下するですぅ!
しかしですぅ!メイド服のフリルだけは!フリルだけは湯から守るのですぅぅ――!
『『超絶有能メイド流脱衣術ですぅぅぅ!』』
ニィマとミルフィーネがニマニマと腹黒く微笑み、丸っこが「きゅいっ!」っと前足をあげるなか⋯⋯。
『改めまして初めましてですぅ』『ミータとキータですぅぅ』
隠密メイドの誇りは湯に溶かされ、有能メイドの尊厳は、ギリギリのところで、守られたですぅぅぅ。




