そろばん
「では、1時間目の授業を始める」
さっき『そろそろいいか』と声をかけた先生が、教壇に立った。
1時間目は数学のようだ。
黒板に書かれた問題を見た瞬間、胸の奥がじんわり温かくなり、思わず息をのむ。
(はわわわ……掛け算だ……!)
もう一度目を凝らす。そこには堂々と【20×8】と書いてあった。
(やっぱり掛け算!。見間違いなんかじゃなかった……!)
大学で扱うような難しい数学ではなく、小学三年生くらいの問題。
それがどうしようも懐かしくて、楽しくて、つい夢中で解いていた。
すると先生の声が飛んできた。
「おい、リオ。お前、そろばんは?」
(はい? そろばん? そんなの、持っていませんけど……?)
使い方だって覚えていない。小学校で習ったけど、大学生が覚えているわけないでしょう、と内心で呟く。
でも、ふと周りを見渡すと、みんな当然のようにそろばんを使っていた。
「……ありません」
途端、教室のあちこちからくすくすと笑い声が聞こえた。
「じゃあ、どうやって授業を受けるつもりだ? いつも0点のくせに、やる気がないのか」
(0点!?)
思わず固まった瞬間。
ズキッ──と頭が針に刺されているような痛みが走った。
「いっ……」
小さな声が勝手にもれる。
(頭が……割れそう……)
「おい、ちゃんと聞いているのか?」
先生の声が遠くなる。
でも、もう返事をする余裕なんて、どこにもなかった。




