花瓶の記憶
(え……?)
つり目の子じゃない声が、辺りに響く。
声の主を探してそちらを向くと──叩かれそうになっていた子が、呆然としたまま座り込んでいた。
「なんで……? 確かに、壊したはずなのに……」
『まさか……。そんなはずは……』さっき耳にした呟きは、この子のものだったのか。
たぶん、聞こえたのは私だけだろう。
周囲のみんなは、花瓶に視線を釘づけにしている。
(これは、さっきの花瓶の記憶で見たことと同じ? 何かの間違い、だと思ったのに……やっぱり、あれは花瓶の記憶だったんだ……)
確かな確信を持た私は、花瓶を戻したときと一緒に頭の中に流れてきた景色を思い出していた──
◇◇◇◇◇◇
あたしは、形見だった。
亡くなったアメリア・ヴァルディアの。
アメリアは、あたし──この花瓶を、彼女の夫からもらってから、とても大事にしてくれた。
お気に入りのお花を入れたり、壊れないように手入れもしていた。
そんなアメリアのことを、あたしは大好きだった──
彼女が亡くなっても、その想いは消えることはなかった。
結婚してから、アメリアの生活は一変した。
夫から暴力を振るわれたり、貧しい領民を助けては、『あんな領民を助けるな! 汚れる!』と怒鳴られ、アメリアをお仕置きした。
あたしは、その様子をただ傍で見ていることしか出来なくて、手当てをしたくても、話したくても、アメリアに触れられることも、話すことも出来ない、自分を呪いたかった。
子のレイナが生まれても、その生活は続いた。
いえ、もっと……。アメリアにとっては、地獄のように思えたのかもしれない。
レイナが、五歳くらいになると、すぐに父親に淑女教育を受けさせられた。まだまだ、母親を恋しい時期だ。
夜になるレイナが泣いているのを聞いたと、あたしに泣きながらこぼしてた。アメリアにとっては、心が擦り切れるような生活だったのだろう。
なぜ、あたしを処分しなかったのか、ずっと疑問だった──
あたしを見れば、自分の夫を思い出してしまうのに……。
もしかして……優しいころに戻ってくれると思ったのだろうか……。
あいつは、『こんなのでいいだろ。贈り物なんて』って言って、あたしを選んだのに……。
結婚してから、すっかり痩せてしまったアメリア。レイナのこともあってか、ますます気が滅入っていった。
そして、流行り病と共に、その人生の火を消した……。
風が吹くたび、彼女の声が揺れるような気がする。
アメリアはよく、あたしに話しかけていた。
『あなたはきれいね……どこかで、心が洗われる気がするの』
その声が、いまもあたしの内に残っている。
そのあと、レイナはまるで、あたしを母親と同じように大事にしてくれた。
母親の代わり、なんて思っていたのかもしれない。
彼女はアメリアがこの花瓶を大事にしていたのを知っていたのだから──




