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スカーレット ~青の護り手~  作者: 五五五 五
第三章 ~燃えて生きる~
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第75話 この世界が好きです

 勉強会によって夏休みの宿題もほぼ終わり、決戦までの数日を地球防衛部の面々は思い思いに過ごしていた。

 火惟は毎日のように人目に付かない空き地で金色の籠手(ガントレット)を装着して素振りを繰り返している。

 その姿を少し離れた場所から静かに見守るのが希枝の日課になっていた。

 眩い陽射しの中を汗を流しながら拳を振る火惟の横顔は真剣そのものだ。彼もまた、これから始まる戦いの苛烈さを予感しているのだろう。

 本来ならば希枝もその隣で修練を積むべきなのだろうが、量産型の人造人間である自分に大して伸び代がないことは分かり切っていた。

 すでにパワーもスピードもカタログ上の限界値に達している。これ以上は量産型ゆえのリミッターが働き、伸びないようにできてしまっていた。同型機同士で個体差が出過ぎないようにするために生産段階で施された処置だ。

 もちろん経験による技術力の向上は見込めなくはないが、こればかりは短期間でどうなるものでもない。

 だから今はただ、大切な人の姿を、その眼に焼きつけることを選んだ。


「大羽くんのことが好きなのね」

「――っ!?」


 ふいにかけられた声に危うく跳び上がりそうになる。

 いつの間にか、すぐ傍らに真夏が立っていた。自分を恨んでいないと言った彼女の言葉を信じていないわけではないが、それでも希枝は彼女が苦手だ。


「……どうして、ここに?」


 なんとか声を絞り出して問うと、真夏は修練を続ける火惟を見つめながら答える。


「たまたま近くを通りかかったら、彼の魔力の高鳴りを感じてね」

「そうですか……」


 とりあえず納得して火惟に視線を戻すが、不自然な沈黙が落ちたことで、ようやく希枝は質問されたことに自分が答えていないことに気がついた。

 それでもストレートには答えられず、誤魔化すように告げる。


「彼はあなたが好きみたいですよ」

「そんなことで遠慮する必要はないでしょ」


 至極当然といった口ぶりだ。


「でも……」


 反論しかける希枝を遮って真夏が告げる。


「人造人間だから、異世界人だから、罪深いから――そうやってネガティブな言葉を並べて逃げる理由にしても、いいことなんてなにもないわ。それよりも、好きだから、そばにいたいから、守ってあげたいからって、ポジティブな言葉で自分の背中を押してあげなくちゃ」

「…………」


 返す言葉も見つからず、真夏の横顔を盗み見ると、彼女はいつもどおり穏やかに微笑んでいた。

 理解できずに希枝は問いかける。


「あなたから愛する人を奪ったのはわたしの仲間です。わたしもその片棒を担ぎました。それなのに、どうしてあなたは、そんなにやさしいのですか?」


 風に流されて顔にかかった髪を軽く払いのけながら、真夏はやさしい眼差しを向けてくる。


「涼香も、みんなも、こんなわたしを愛してくれていた。だから、わたしはいつまでも、こんなわたしでいたいだけ」

「それだけ……ですか? それだけが理由であなたは……」

「大事なことよ。わたしがこんなわたしになったのは涼香たちに出会えたからだわ。お父さんもお母さんも友達も他の仲間も、わたしの財産であって負の遺産じゃない。たとえ永遠に失ったとしても、みんなの存在をわたしは自分にとってのマイナスにはしない」

「そ、そんなのは……虚勢を張ってるだけでは……?」


 希枝の指摘に真夏は苦笑した。


「かも知れないわね。少なくとも意地を張ってるのは分かってる。だけど、間違ってるとは思わない」

「だけど、そうまでして頑張ったところで、あなたが得られるものなんて、なにもないのではありませんか?」

「希枝はやさしいわねぇ」

「え?」


 しみじみと言われて希枝は目を丸くした。


「大丈夫よ。わたしが意地を張ったお陰で千里は守れたし、幸美も助けられた。これからきっと華実の想いだって遂げさせることができる。あなたと友達になれたのだって、わたしがこんなわたしであり続けたお陰じゃない。なにも得られないなんてことは決してない」

「あなたは……」


 なにかを言いかけたものの続ける言葉が見つからず、希枝はうつむいた。

 勝てないと感じていた。どんなに頑張ったところで、この人には勝てないと。

 希枝の特別な人が愛した女性は、やはり特別な人だったのだ。

 すると、そんな思い込みを見透かしたかのように真夏が告げてくる。


「恋を叶えるために必要なのは強さや優劣じゃないわ」


 諭すような言葉に、希枝は思わず反発しかけた。

 目の前のこの人には手に入れられないものなど、なにひとつないように思えたからだ。

 しかし、そのやさしげな瞳に隠された翳りに気づいてハッと息を呑む。

 自分の愚かさに羞恥を感じる。彼女こそ、決して手に入れることができないものへの想いを抱えて生きているのだ。しかも、その可能性を奪ったひとりが他ならぬ希枝自身だった。

 それでも自分を励ましてくれる、この人になにをつまらぬ反感を抱いているのだろうか。


(これは嫉妬だ……)


 理解して、やましさを噛みしめる。

 こぼれそうになる涙を堪え、肩を震わせながら希枝は告白した。


「わたしは彼が好きです」

「うん」


 真夏がやさしくうなずく。


「彼がわたしに教えてくれたんです。造られたわたしなんかでも、心を燃やして生きることができるって」

「そっか……」


 どこか懐かしげな顔で真夏は火惟を見つめた。


「昔から熱苦しい男の子だったもんね。ああ、もちろんこの場合は熱血の(あつ)よ」


 冗談めかしてクスクスと笑う。希枝から見てもその笑みは魅力的だった。


「なんでかなぁ。昔から、彼だけがわたしに挑戦してきてね。最初は面倒だったんだけど、そのうちわたしもだんだん楽しくなってきて、遠慮なく返り討ちにしたものよ。その都度、涼香は頭を抱えていたけど……」


 それはきっと真夏も火惟も本当の意味で幸せでいられた時代なのだろう。

 しかし、あの日、希枝達ディストピアの尖兵は、それを根こそぎ撃ち砕いてしまった。そして今また、故郷の存在が、この世界に大きな災いをもたらそうとしている。ならばそれに立ち向かうことは自分の務めだと思えた。

 だが、分かっている。こういう考え方をしても、火惟も真夏も喜びはしない。それに戦う動機はそれだけではない。

 この世界に来て、ここで過ごすようになっても、最初はなにも感じなかった。しかし、火惟と出会って彼の熱さを感じているうちに、希枝も気づいたのだ。

 山に、川に、海に、空にさえ命の息吹が溢れている。文明レベルは低く、故郷に比べれば人々は不便な暮らしを送っているが、彼らにはあの世界にはなかった温もりがあって、人と人の繋がりを大切にしている。

 今ならば素直に認めることができた。この世界は美しいと。

 希枝は胸一杯に溢れてきた思いを噛みしめるように口にする。


「わたしはこの世界が好きです。この世界を守りましょう」


 唐突な言葉にも真夏は驚いた様子を見せず、どこか嬉しそうな顔で希枝を見つめてきた。


「そうね、世界を守って、みんなで帰りましょう。それで幸美も呼んでパーティーしなくちゃ」

「……パーティーですか?」

「ええ、祝勝会よ。だから、絶対に一人も欠けてはダメ。もちろん、あなたもね」

「はい」


 希枝がうなずくと真夏は、もう一度火惟に視線を向けた。


「彼の背中をお願いね。ずいぶんと腕を上げたけど、相変わらず隙が多いから」


 希枝が見る限りそれほどにも思えないが、達人である真夏には分かることがあるのだろう。


「分かりました」


 しっかり返事をすると、真夏は満足そうに微笑んだ。


「それじゃあ、また明日」


 真夏は軽く手を振って踵を返すと、腰の後ろで手を組んで長い髪を揺らしながら去っていく。

 しばらく無言で見送ってから、希枝はゆっくりと火惟の方へと歩き出した。

 見ているだけではなく訓練につき合おう。そう考え直したのだ。

 恋については、今はまだ答えが出ない。しかし、気にすることはない。戦いに勝てば時間はまだまだタップリと与えられるのだから。それを信じることにした。

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