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スカーレット ~青の護り手~  作者: 五五五 五
第一章 ~月を追う少女~
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第6話 華実と和人

 目覚めは最悪だった。嫌な夢を見た。絶望的な悪夢だ。

 それでも朝になれば起きないわけにはいかない。今日は一学期の終わり、終業式だ。

 華実は重苦しい気分を押し殺して鏡の前で無理やり笑顔を作ると、着替えを済ませてから、部屋を出て階下のリビングへと降りていく。

 そこには、いつものように母が居て、華実のために朝食の支度をしてくれていた。


(この人には絶対に心配はかけられない)


 自分に言い聞かせると、学校行事の話をしながら食事をする。もちろん、自分が校内で孤立していることは悟られないように、いつも気をつけていた。

 もっとも孤立しているのは、周囲に避けられているのではなく、華実自身が誰とも関わろうとしないためだ。

 食事を終えると丁寧に「ご馳走様」と言って席を立つ。そのまま顔を洗って歯を磨き、朝の支度を一通り終えると、洗い物をはじめた母親の背中に元気な声で「行ってきます」と告げて家を出た。

 小さな車庫から自転車を出すと、ちょうど向かいの家の住人と顔を合わせる。努めて明るい笑顔を作って挨拶すると、自転車に乗って自宅前の長い坂道をすべり降りていった。

 七月も半ば、朝の気温はさほどでもないが、陽射しは眩しく、今日も暑い一日になりそうだ。

 風を切って軽くペダルを漕ぐと最初の角を曲がる。そのまま、しばらく走ったところで、一度自転車を止めると、華実は笑顔の仮面を取り払って深々と溜息を吐いた。


「また失敗した……」


 袖をまくると青白い痣が、くっきりと残っている。昨夜の戦いで負ったものだ。魔力を扱う力を得て以来、傷の治りも早く、この程度のものは数日で消えるはずだが、それでも傷を負う度に母親に申し訳ない気持ちになる。


「大切な身体なのにね」


 ぼんやりとつぶやいたあと、夢の言葉を反芻する。


「正義の味方は必ずいる――か。テレビの中なら、いくらでもいるんだけどね」


 やるせなくつぶやいて自嘲の笑みを浮かべる。あんなものは現実には存在しない。子供騙しの作り話だ。誰よりも華実自身がそう思っていた。

 それでも――


「――わたしにはそれを見つける義務がある」


 昏い目でつぶやいて、もう一度ペダルを踏もうとしたところで、目の前の家から見覚えのある男子高校生が姿を現した。

 真新しいスポーツタイプの自転車に学生カバンとスポーツバッグを括り付けて、それを押しながらアクビを噛み殺している。

 華実の口元に今度は自然な笑みが浮かび、こちらに全く気づいていない寝ぼすけに軽く声をかける。


「おはよう、和人」

「え……?」


 不意打ちで名前を呼ばれて、そいつはギョッとしたように華実を見た。

 名前は笹木和人。華実より一つ年上で、一年前までは華実のボーイフレンドだった男だ。

 恋人という言葉を使うには、ふたりとも不器用で距離感が微妙だった気がするが、華実が彼に恋をしていたのは間違いない。

 一方的に別れを告げてから、ほぼ一年になるが、その後も和人はなにかと華実のことを気にかけてくれていた。


「自転車、新しく買ったんだ。前のポンコツはペダルを漕ぐ度にギィギィとうるさかったものね」


 笑いながら口にしてはみたが、どこか寂しい気がしなくもない。華実と和人は、そのポンコツにふたり乗りして、いろんなところへと遊びに出かけたものだ。


「自転車のことなんてどうでもいいよ」


 和人は視線を合わせることなく唇を尖らせる。

 言いたいことは相手を真っ直ぐに見て言うべきだと思うのだが、和人は優しい反面気が弱い。

 いや、野球部で活躍しているときは、人並み外れたガッツを見せる彼だ。本質的には決して弱くないはずだった。

 おそらく他人を傷つけるのが苦手なのだろう。

 華実は彼のそんなところに惚れたはずだ。


「なあ、華実。毎日毎日夜遅くまで出歩いてるみたいだけど、いったいなにをやってんだよ? お袋さんだって心配してるだろ」


 和人は顔を合わせる度に、こればかり繰り返している。そして華実の答えもいつもと同じものだ。


「前にも言ったでしょ。星を見に行ってるだけよ。母さんだって知ってるわ」

「お前が、星ねぇ……」


 和人が知っている華実はオテンバと表現するよりもヤンチャと言いたくなるような活発な娘で、おおよそそういった事柄とは無縁の人間だった。

 だが、人は様々な理由で変わるものだ。時には予想もつかないような理由で。


「いつまでも子供のままではいられないってことよ。あなたも前に進まないと」


 告げた言葉が和人の表情に憂いの色を加える。


「お前は前に進むために俺とは違う学校に進んだのかよ……」


 付き合っていた頃は華実も和人と同じ公立高校を目指していた。それを取りやめた理由の一つは確かに和人と離れるためだったが、それだけではない。


「考えすぎよ。わたしはただ……」

「ただ――なんだよ?」


 横目で睨みつけてくる和人に、おどけたように答える。


「陽楠学園って秘密基地みたいで格好良いでしょ?」


 山の上に建つ自分の高校を、そんなふうに表現すると、和人はやや毒気を抜かれたように笑った。


「なんだよ。そういうところ、昔のまんまじゃないか。秘密基地とか正義の味方とか、お前はそういうのが好きだったからな」


「まあね。それだけはたぶん、一生変わらないわ」


 それだけ告げると華実は軽くペダルを漕いで走り出した。


「気をつけて行けよ」


 背中からかけられた和人の言葉に、片手を軽く上げて応えると、切ない思いを堪えたまま、ふり返ることなく自転車を走らせ続けた。

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