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【ダーク】な短編シリーズ

墨に塗れた教壇

作者: ウナム立早


 日本が第二次世界大戦の終末期にあったとき、津白つしろ尋常小学校に通う子どもたちの間でも、本土決戦に立ち向かうための作戦会議が盛んだった。


「どう考えてもよ、鬼畜米兵どもが真っ先におらたちの土地を狙うはずがねーわ、ここは疎開地だし、東京や大阪をまず襲ってくるはずだ」

阿呆あほう、東京や大阪は戦艦がたくさんあるから簡単には落ちんわい。まず日本の中で奴らは基地を作るだろうし、だったら手薄なここのほうが……」

「いやあ、だったらまだ攻めやすい所があっだろ。こねーよ、ここには」

「そういう甘い考えをしとるけえ、やられるんだ」


 子どもの他愛もない情報と知識による作戦会議であったが、それでも日本を守りたいと思う気持ちは真剣だった。


「心配すんなって、英雄の血を引いてるおらが、特別強力な爆弾をこさえて、奴らをまとめて撃退してやるけえ!」


 威勢のいい声をあげたのは、眉間にほくろのある、細長い体の子どもだった。


「おお、国武くにたけの新型爆弾ができたら、そりゃ百人力だ」

「国武の親父さんも兄さんも英霊だもんな、本土決戦ではきっと活躍できるぞ」

「へへーん!」


 この国武という子どもの家系は、代々戦争で大きな戦果をあげていた。


 彼の父親は100人以上の敵兵を殺害し、最後は人間爆弾となって敵陣に突っ込み果てたという。そして年の離れた兄もまた、特攻隊員として若い命を散らしていた。


「とにかく、おらは体が弱いから父ちゃんや兄ちゃんみたいに戦うことができねえ、だから兵器を作る技術者として英霊になるんだ!」


 彼自身は生まれつき体が弱く、兵士には向いてないと言われていた。その反動なのか、より幼いころから、手作りの兵器や爆弾を真似たようなものを作っていた。


 彼は家族を誇りに思っていた。来たる本土決戦で、父や兄に負けない戦果をあげたいと、躍起になっていた。


 しかし、本土決戦は起こらなかった。


 本土決戦前に、広島と長崎に未知の新型爆弾が落とされ、日本は敗戦を受け入れざるを得なかったのだ。




 玉音放送にて、敗戦が日本国民に伝えられてからしばらくしたのち、津白尋常小学校では戦後初めての授業が行われた。


「それでは、今日はまず、墨と筆を使って教本の修正を行うこととする。先生が言ったところを、墨で塗りつぶしていくように」


 戦時中の学校教育にて教えられていた戦争に関する事柄は、敗戦後はほとんどが検閲けんえつの対象となった。教師が指定する箇所を塗りつぶしていくうちに、子どもたちの教本はどんどん真っ黒になっていく。


 しかしその中で、国武はただ一人、教本に墨を入れようとはしなかった。


「む。どうした国武、手が止まっているようだが」

「おかしいじゃねえか……」

「なに?」

「こんなのおかしいと思わねえのか、先生!」


 国武は椅子から立ち上がり、教師を睨みつけた。


「おらたちが今まで戦ってきたのは、鬼畜米兵、人でなしの外道だったはずだ! なのに今はやつらも人間だと、みんな言いよる! おらの父ちゃんは、人間をたくさん殺した殺人鬼だっていうのか!」

「国武、我々は今まで間違ったことを教えられていたのだ。もう戦争は終わって、敵も味方もない。奴らの言うことを聞いて、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶしかないのだ」

「敗戦だってそうだ。おらたちは本土決戦で決着がつく、日本は勝てると教えられたのに、本当はもうボロボロだったみてえでねえか! 兄ちゃんも、ほぼ負けが決まっていたのに、無駄に命を散らした阿呆あほうだと、先生は言うつもりか!」

「国武、もうそのへんにしておけ」

「おらはもう何も信じねえ! 学校も、先生みたいな大人もだ!」


 墨の入ったすずりを国武は掴み、教壇に立つ教師に投げつけた。


「ぐおっ!」


 たちまち、教壇と教師は、墨(まみ)れになってしまった。そして国武は教室から出て、どこかへと駆け出していった。


「こ、こら! 国武、待たんか!」


 教師は怒った様子で、国武を追いかける。


 教室に残された生徒たちは、沈んだ表情で、墨だらけの教本を見続けるしかなかった。


 黒い線の引かれた文章の下で、挿絵の兵隊たちは勇ましく行進していた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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