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第七話 崩壊寸前の家族ですが元に戻します


 なんだか懐かしい空間だ。私のズボンの裾をつかむ幼い娘。そして私の腕の中には、さらに幼い赤子が居る。

 そして、目の前には痩せこけた体でベッドに横たわる妻の姿が。


「あなた…ごめんなさい」


「謝らないでくれ。これじゃあまるで本当に最後みたいじゃないか」


「…ごめんなさい。でも、自分の事は自分が1番わかってる。私はもう…」


「そんな…」


「悲しい顔をしないで。この子たちまで泣いてしまうわ」


 妻の言葉で、私は必死に涙を堪えた。


「ねぇ、あなた…最後に約束してほしいの」


「なんだい?」


「この子たちはいずれ、聖女候補として色んな辛い思いをすると思うの…それはきっと避けようのない事。それでも、この子たちには出来るだけ幸せになって欲しい。だからあなた、この子たちを不幸から守って欲しい。この子たちを幸せにしてあげて欲しい。それを約束して欲しいの」


 私はこぼれ落ちそうな涙を必死に堪えて、できる限りの笑顔で答えた。


「わかったよ。私がこの子たちを守る。必ず幸せにしてみせる。からいつまでも見守っていて欲しいんだ」


 私がそう言うと、妻は安らかな笑顔で眠りにつき、私の堪えていた物が瞳から溢れて止まらなくなった。



 子供たちが大きくなり始めた頃、予想通り2人は聖女候補として注目され、いろいろな噂が飛び交うようになった。


「ブライト公爵家の聖女候補の姉妹の話を聞いたか?」


「あぁ、姉のティフェル様はなかなか優秀みたいだな」


「それに引き換え妹のほうはさっぱりみたいだな」


「光魔法どころか、そもそも魔法の才能がないみたいだ」


「姉が優秀な分、妹は残りカスみたいなもんなんだろう」


「まぁ、ティフェル様が居れば安泰だろう」


 そこかしこでハイリーン嘲笑うような声が聞こえるようになった。このままではハイリーンが大人たちの悪意に触れ、苦しい思いをしてしまう。できる限り俗世と触れ合わないようにしなければ。

 そして、いずれティフェルが有無を言わせぬ立派な聖女になれば…

 誰にも傷つけさせない…2人を幸せにしなければ。2人を不幸から守らなければ…それがマリアとの…




「大体あなたは自分の立場をわかっているのですか? 一伯爵が公爵に手を挙げたとなればどうなるか容易に想像がつくはずでしょう!!」


「す、すまない!!」


「う、うぅ…」


 父上が母上にこんこんと説教をされているところで、ドゥームさんが目を覚ました。


「あぁ!ドゥームよすまない!!」


「ドゥーム公爵様!この度はこの図体ばかりの大馬鹿者がとんでもない無礼を働き、誠に申し訳ございません!」


 ドゥームさんは父上達の声に反応せず、黙って体を起こし、俺の方を見た。


「……トライド君…さっきはすまなかった…怖がらせてしまったね」


「い、いえ…僕の方こそごめんなさい…」


 先程の頭に血が登った様子から一転して、今度はとても落ち着いて穏やかな様子だ。


「それだけじゃ無い…ハイリーンと遊びたいのを邪魔してしまった…ハイリーンにも窮屈な思いをさせているとはわかっている…でも…」


 ドゥームさんは俯き、思い悩んだような表情を見せた。


「子を持った事のない君にはわからないだろうが、子供の事を考えない親なんていないんだよ。君はきっと私の事を酷い親だと思っているだろうが…私なりにこの子達を幸せにしてやりたい…守りたいと思っているんだ」


「じゃあどうして…」


「この子達は、生まれた時から聖女の娘として扱われた……この小さな体では受け止めきれないような敬意、期待、不信、失望、悪意!!優秀なティフェルは周りの想いに応えられなければ理不尽な失望の声が生まれ、それより劣るハイリーンは只そこに居るだけで失望され続ける!!二人を守る為にはこうするしか…」


「お父様……」


 なんの因果か、ドゥームさんもティフェルと同じような意志で踏ん張り続けて、気付かないうちに歪んでしまったのもまたティフェルと同じだった訳だ。

 恐らくティフェルもそんな父親の姿を見ているうちに、その想いが伝染してしまったのだろう。


「ドゥームよ…だからと言ってこのような仕打ちは…」


 俺は父上の言葉を遮るように声を上げた。


「確かに、僕に子を持つ親の気持ちはわかりません」


 前世ではドゥームさんより年上だったが、子供を持った経験はないからな。


「だけど…()()()()()()()()()()はわかります」


 ドゥームさんは僕の言葉に反応し、僕の方に顔を向けた。


「父上は剣の才を持たずに拳で戦おうとする僕を否定しなかった。それだけで無く、まだ剣の道を諦めなくていいと言って、僕のことを信じてくれました。全面的な否定も、過剰過ぎるの期待もしない父上の言葉が、僕にはとても暖かかった。そのどちらかが欠けていたら、僕は父上に対して心を閉ざしてしまったかもしれません」


 父上はなんだか少し嬉しそうな顔で俺を見ている。


「彼女達の幸せを願い、周りの悪意から守ろうとした貴方はいつの間にか、周りにいるどんな大人達よりも、彼女達を傷つけてしまった」


「そ、そんな…私が…」


 俺の言葉に狼狽えるドゥームさん。


「では、ドゥームさんにお聞きします。今、彼女達は…幸せに見えますか?」


 ドゥームさんがゆっくり顔を向けると、ドゥームさんに怯えて、不安な面持ちの二人がそこに居た。

 今までひたすらに二人を守る為に戦ってきたドゥームさんば、恐らくまともに二人の顔を見たのは久しぶりだったのだろう。ドゥームさんは驚愕し、絶望したような表情だった。


「あぁ…あぁ!!………わ、私は……私が!!」


 ドゥームさんは頭を抱えて蹲り泣き出した。


「私が……あの子達を不幸に……なんで…どうして!?……すまない…すまない!……ハイリーン…ティフェル………マリア……約束……守れな…」


「お父様…」


 すると、ティフェルとハイリーンがドゥームさんの背中に優しく掌を乗せた。


「お父様…泣かないでください。私…きっとお母様のような立派な聖女になります!」


「私…何も出来なくてごめんなさい…もっと頑張って、誰にもバカにされないようにします…だから…」


 自分の言葉で苦しめて来た娘達からの優しい言葉によって、ドゥームさんの心を縛りつけた何かが解けたようだ。ドゥームさんは堰を切ったように涙を流した。


「もういいんだ……もういい……すまなかった…わ、私のせいで……今度こそ…約束を守る……必ず二人を…幸せにするから……」


 ドゥームさんは二人を抱きしめ、子供のように泣きじゃくると、二人は一層優しくドゥームさんを撫でた。




 

 ひとしきり涙を流し、落ち着いたドゥームさんは憑き物が取れたように穏やかな表情でソファに腰掛けている。


「マリアと約束したんだ…『二人を幸せにする、不幸から守る』と…私はそれを勝手に『立派な聖女に育て、全ての悪意から遠ざける』と、勘違いしてしまっていた…でも違った…マリアはただ、二人を聖女候補としてでは無く、私達の娘として、切に幸せを願っていただけなんだと……それは決して、無理矢理に物事を身につけさせ、傷つかぬように閉じ込める事では無かったんだな」


 両隣に座るハイリーンとティフェルは、優しい顔でドゥームさんを見上げていた。


「だが…もう二度と間違えない。二人に寄り添い、二人の願う幸せを与えて行こうと思う……トライド君、あんな事をしておいて虫のいい話と思うだろうが…君さえ良ければまた、ティフェルとハイリーン、二人の友人として、一緒に過ごして貰えないだろうか?」


 申し訳なさそうな顔のドゥームさんに対し、俺は笑顔で応えた。


「僕は元々、そのお願いをしに来たんです。こちらからも改めてよろしくお願いします」


 俺の言葉で笑顔になる二人と、それを見てまた笑顔になるドゥームさん。

 それは紛れもなく暖かい家族そのものだった。

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