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第三話 家庭はそれぞれですがどうにかします


 転生をしてはや数日。あの後トライドの記憶喪失はガルディオン家の中だけの秘密となり、俺は転生者である事を隠しながら日常を過ごし、前世の推しであるティフェルの破滅阻止を目指すこととなった。


 転生してからのルーティンは、朝、目を覚ますとベティが部屋に入って来て挨拶、着替えの手伝いの申し出を巧みに躱す。流石に自分より格段に若い女の子(精神年齢30歳の俺−実年齢16歳のベティ=実質14歳差)に着替えを手伝ってもらうのは恥ずかしすぎる。

 

 朝食の席では父上にしつこく「私の事を思い出したか!?」と聞かれるが苦笑いでスルー。泣きながら出勤する父上を見送り、お母様からは「ゆっくりでいいわよ」と優しく微笑まれる。

 最近知って驚いたのは父のグラディオは28歳、母のフロイルは26歳で、どちらも俺より年下だった…なんか複雑。

 

 食事を終えたらゲラートの授業を受ける。計算式は前世と同じだったのと、読み書きも原作が日本なだけあって、字が違うだけで五十音で構成されていた為に覚えるのは比較的簡単だった。ゲラートは「神童だ…」と言ってまた涙を浮かべていたが、とりあえず無視して勉強した。

 

 大体昼食の途中でいつもティフェルが突撃してくるので、食べ終えたら中庭で武術の稽古。聖女教育で忙しいティフェルは、剣術指南の名目でガルディオン家に来ては、俺との稽古で気分転換しているようだ。


「相変わらず凄いわねぇ、あんたの闘い方。でもグラディオ様もそんな闘い方してる所見た事ないけど…どこで習ったの?」


 まさか前世でボクサーだったなんて言える訳もないよなぁ…そもそもボクシングの文化も無いだろうし。


「え〜っと……ほ、ほら!俺、剣は全くだからさ!何か俺なりに出来ないかなぁって考えて…」


「えっ!?自分で思いついたの!?すご〜い!!」


 ティフェルの尊敬の眼差しが痛い。ボクシングを作った人、本当にごめんなさい。


「……それに比べてハイリーンは」


 暗い目のティフェルが発した言葉に、俺は思わずビクッとした。遂にその名前を聞くことになるとは。


「…ハイリーンがどうかしたのか?」


「あの子、魔法の才能どころか何も無いと解ってからお父様に目をかけられなくなって…その分、私が聖女候補として頑張らなきゃいけなくなって…ハイリーンがもっと頑張れば…」


 姉妹の仲の歪みの原因はやはりこの辺りだったのか。

 

 能力の比較で苦悩するのは劣っている方だけとは限らない。

 優れている方にはより強い期待と重圧がのしかかり、本人も余計に頑張らなければいけないという使命感にかられる。

 そして努力をすればするほど、成果を残せば残すほど期待と重圧は強まって更に必死になる。ぶつけようの無い苛立ちの矛先は自然と自分より劣る妹へと向かう。そんな負のスパイラルが出来上がってしまう。

 これは俺も前世で経験済みだ、俺も親父の期待を受けていた時は弟に対して良く無い感情を抱いていた。

 しかし、俺とティフェルには一つだけ大きな違いがある。


 彼女が知らない、何よりも大事な事がある。



〜ガルディオン家 食卓〜


「ブライト家に訪問?」


「あぁ、近々ブライト公爵と一緒に国王様に謁見する機会があってな。打ち合わせの為に訪問する予定だが、トライドも一緒にどうだ?ティフェル嬢から来て貰うばかりではなく、たまにはお前から顔を出すのも良いだろう」


 別に来て欲しくて来てもらってる訳でもないのだが、公爵令嬢に何度も足を運んでもらっておいて、俺が行かないというのも些か体裁が悪いのか。


「はい、是非ご一緒させていただきます」


「時にトライド。お前、ティフェル嬢との手合わせでは剣を持たずに素手で闘っているとベティから聞いたが…」


 俺は焦った。しばらく何も言われていなかったから問題ないと思っていたが……


「は、はい……父上には申し訳ない無いのですが、僕は父上の子だというのに剣の才に恵まれておりません…なので、私なりの闘いを考えた結果、この様な形になったのですが…聖騎士団団長の息子として、やはり問題でしょうか?」


 何か考え込んでいる様子の父上を見て、前世で期待を失くした父の顔を思い出し、不安になった。


「ち、父上?」


「あっ!いやいや!剣を使わない事を責めている訳ではないのだ!剣を相手に素手で闘おうなどと、どうして思いついたのかと思ってなぁ」


「えっ?あ、あぁ…特に理由は無いのですが、この方がしっくり来ると…」


「ほぉ……」


 父上は顎を触りながら興味深げな顔で俺を見てる。


「そう言えばガルディオン家の古い言い伝えで、剣を使わずに拳で闘った聖騎士が居たという話があったな」


「えっ!本当ですか!?」


「御伽話の様な話だがな。その者は拳で相手の剣を砕き、龍の鱗を貫いたなどと言われてるからな」


「剣に…龍!?素手でそんなことが出来るなんて…」


「いや、素手ではなくてな……トライド!ちょっと一緒に来なさい!」


 父上は唐突に食事の席を立った。


「あなた!食事の途中で…」


「すぐに戻るから許せフロイル。さぁ、トライド」


 父上は俺の手を引き、屋敷の地下の倉庫へ向かった。

 倉庫の古い扉は建て付けが悪く、馬鹿力の父上でも少し手こずるほどだった。

 父上は倉庫に入ると、山とある箱を開けては閉めてを繰り返す。


「父上、ここって?」


「ガルディオン家の家宝や戦利品が置かれている。確かこの辺りに…おっ!これだこれだ!」


 父上は大きな箱を取り出し、被っている埃を手で払った。


「コレは?」


「先ほど言った拳で闘う聖騎士が扱っていたとされる物だ」


 箱を開けると、そこに有ったのは白地に金の装飾がされた手甲だった。

 しかし、普通の鎧の手甲とは違い、拳の部分に小さな盾の様な物が取り付けられていた。

 俺が手甲に見入っていると、父上が優しく語りかけた。


「トライド、お前はまだ幼い。自分の可能性を決めるには些か時期尚早だと私は思う。お前が拳で闘う術を極めたいと思うならそれも良い。だが、まだ剣の道を諦める必要もないはずだ。だから今は諦めずに剣の稽古にも取り組んでみなさい。それで技が身につくならそれに越した事は無い。しかし、それでもやはり剣の才に恵まれていないと思うのであれば、お前にこれを授けよう」


「いいのですか?」


 父上は箱を置き、俺の手を取った。


「お前にはまだまだ無限の可能性が有り、どんな道を選ぶことも出来る。だからまだ、何かを諦める事はしないでくれ。そして、お前がどんな形でどんな未来を選んでも、私は父としてお前の剣となり盾となり、支え続ける」


「父上…」


 朗らかに笑う父上の顔を見て、俺は溢れる涙を止める事が出来なかった。


「おわっ!?ど、どうしたのだ!?」


「い、いえ…なんでもないです…」


 現世で剣の才に恵まれなかった悔しさは、正直どうでも良かった。

 それよりも前世から抱えていた重圧、失った期待、拭いきれなかった嫉妬、劣等感の類が今ここで全て溶けてしまった様に思え、それが全て涙に変わったのかもしれない。


「あなた?トライド?早くしないとお食事が冷めてしまいますよ?」


「い、いかん!この場を見られたらフロイルに怒られてしまう!トライド!笑うんだ!ほらっ!私の顔を見るのだ!」

 

 父上が俺を笑わせようと必死に変な顔をする姿に、俺はなんだか嬉しくて笑顔になってしまった。

 そして俺は改めて思う。トライドとして生まれ変われて、本当に良かった。





 後日、俺は馬車でブライト公爵家を目指していた。流石は公爵家と言ったところか、まだ数百メートル離れているというのに、立派なお屋敷がよく見える。


 門の前に着くと門番が深々とお辞儀をして中に通された。中に入るとブライト公爵、ティフェル、大勢の使用人に出迎えられた。


「来たか、グラディオ」


「ドゥーム!しばらくだな!」


 フランクに接する二人。公爵と伯爵と言う関係ではあるが、長い付き合いの為、ほぼ親戚や兄弟の様な間柄の様だ。


「トライド君も久しぶりだね」


「お久しぶりです、ブライト公爵様」


「しばらく会わないうちに大人になったな。前みたくドゥームおじさんで良いんだぞ?」


「い、いえいえそんな…」


 すると奥からティフェルが顔を出した。


「グラディオ・ガルディオン伯爵様、トライド様、ようこそブライト家へ」


 ティフェルがいつもとは違う公爵令嬢スタイルの挨拶をしている。なんだかむず痒かったが、コッソリと俺に向かってドヤ顔をして来たので、余所余所しさは一気に感じなくなった。


「ト、トライド兄様!」


 そんなやり取りをしていると、幼い少女の声が聞こえて来た。遂に登場か…

  現れたのは銀髪に金色の瞳の美少女。この物語のヒロイン『ハイリーン』である。現在は6歳だ。


「は、ハイリーン…久しぶりだね」


 一応俺はハイリーンとも幼馴染という設定だ。初対面だがそれなりに打ち解けた対応をしなければ。


「お、お久しぶりです…」


 少しもじもじとした様子。年相応の人見知りか?ここは年上(30歳+8歳)として優しい対応をと思ったが。


「ハイリーン!!部屋に居ろと言っただろ!!」


 友好的な態度から一変し、ドゥームさんの怒声が響く。


「も、申し訳ありません…でも、私もガルディオン家の皆様にご挨拶を…」


「お前がそんな事をする必要は無い!良いから部屋に戻りなさい!!」


 ドゥームさんの声に完全に萎縮したハイリーンが、逃げる様に立ち去って行った。

 小説によると、この頃のハイリーンは家族から無能、ブライト公爵家の恥と言われ、他の貴族からも嘲笑される為、外部との接触を恐れたドゥームによって、軟禁に近い形で部屋に閉じ込められていたそうな。


「ドゥーム…」


「…恥ずかしいところを見せたな。さぁ、そろそろ本題と行こうか。トライド君、すまないがティフェルの相手をしてもらえないかい?」


「は、はい…」


 

 親達が話し合いで部屋に篭り始めると、俺とティフェルは屋敷の中庭を目指した。ティフェルはハイリーンが怒鳴られてから黙ったままだ。


「ティ、ティフェル?」


 中庭に入るかというところでティフェルが足を止めた。ティフェルの目線の先には中庭で涙ぐみながら花を眺めているハイリーンの姿があった。ティフェルは険しい表情でハイリーンに詰め寄る。


「…なにしてるの!?」


「あっ!お、お姉様…」


「部屋に戻れって言われてたわよね!?早く戻りなさいよ!!」


「ご、ごめんなさい!私…」


「早く戻って!!!」


 ティフェルはハイリーンを突き飛ばし、ハイリーンは地面に倒れ込んだ。


「ティフェル!!やめろ!!」


 俺はティフェルを制止し、ハイリーンの元に駆け寄った。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫…大丈夫です!」


 ハイリーンは涙を流しながらその場を立ち去った。


 俺はゆっくりとティフェルに向き直る。


「ティフェル…お前!」


 俺はティフェルの理不尽な態度を流石に許せず、ティフェルを睨みつけた。


「な、何よ……アンタにはわかんないでしょ…あの子がお父様に怒られる度、お父様は私に『あんな出来損ないみたいになるな!お前はこの家を背負って立つんだ!』って言われる…どうして…どうして!!」


 ティフェルは堰を切ったように感情を爆発させ、声を荒げた。


「どうしてあの子は何も出来なくて!あたしには出来るの!?あたしばっかり頑張らなきゃいけないの!?どうしてあの子は責められて!諦めさせられて!!あたしだって……あの子だって!!そんな事望んでないのに!!みんな勝手に…なんで!?なんでなのよ!!!」


 今、ティフィルは幼い心では処理しきれない感情でグチャグチャになってる。このままでは、ハイリーンを苦しめる悪役令嬢ティフェルの出来上がりだ。


 今のうちに、俺が止めてみせる。


「ティフェル…稽古するぞ」


「……なんで今」


「いいから!」


 俺はティフェルの足元に木剣を投げ。俺はもう一本の木剣を構えた。


「…なんで剣を持ってるの?」


「今日はこれで相手してやる……剣で一本取ってやる」


「…えっ?」


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