第十四話 悪役の息子ですが事情があります
ブラスと初めて向き合って初めて感じた。
剣を持った彼から放たれる覇気は、12歳とは思えない威圧感だった。
改めてよく見ると、彼の体格は俺やクラインよりも一つ抜きん出ており、彼の剣戟の力強さの理由を物語る。
「……うぉおおっ!!!!」
先手を取ったのはブラスだった。
すかさずダッキングで躱すも、耳元でヴォオッ!!と空気を切り裂く轟音が鳴る。
力一杯の一撃と思いきや、鋭く次の一撃に繋げたりと、普段からしっかりと鍛錬されているのがよくわかる。
手数もあり、一撃でも喰らえばひとたまりも無いかと思うが…
「シュッ!!」
「ガァッ!?」
力を込めるせいでどうしてもディフェルと比べて一振りまでのモーションが大きく、剣筋も綺麗すぎて読みやすい。隙を見つけやすくなってしまう。
「グゥッ……てやあああっ!!!」
「うぉっと!?」
俺のボディを堪え、懐に居る俺に目掛けて剣を振り下ろす。
間一髪で俺は避けたが…子供があのパンチで立ったままとは……クラインだったらうずくまって動けなくなる筈だ。
「中々気合が入ってるな…でもっ!」
再び俺はブラスが振り下ろしてガラ空きの横っ腹にフックを打ち込む。
「グアっ!?」
思わず膝をつくブラス。
「そこまでだな」
シュタルクさんの一言で模擬戦は終わった。
「くぅっ!!!」
悔しそうな表情のブラス。親の仇の息子に一発でも仕返しがしたかったのか…真意はわからない。
「ウチのバカな甥も根を上げた事だ、この辺で今日のところはしまいとするか」
「えっ?今日のところは?」
「言ってなかったか?しばらくお前達は住み込みで訓練を受けてもらうぞ?」
シュタルクさんの言葉に、へばっていたクラインが声を上げる。
「き、聞いていない…ち、父上…」
「愚弟にはもう話を通している。無論グラディオにもな」
話を通したというより、強行突破したんだろうな。
「そ、そんな…」
意気消沈するクラインとは反対に、俺は少しワクワクしていた。
転生してからココまでのハードワークは無かったから、鍛えるいい機会を貰えたと思う。
「よしっ!お前達風呂に入ったら食堂に行って食事をとってこい!」
俺たち三人は促されるまま、屋敷の大浴場に入った。
「うわぁ…広っ!」
大浴場は、一体何人入れるか分からないほどの大きな浴槽が設置され、さながらスーパー銭湯のようだった。だが…
「な、なんで僕がこんなところで……」
「あ、あはは…」
筋骨隆々のシュタルク軍団が入ると、一瞬にして浴槽は一杯になり、俺たち三人は身を縮めながら入った。
「自分達のせいで風呂場を狭くしてしまい、サーセンッ!!!!」
「「「「サーセンッ!!!!!!」」」」
「い、いや別にっ!!」
「全員っ!!お詫びとして風呂上がったらスクワット一万回だっ!!!」
「「「「「押忍っ!!!!」」」」」
「やらなくていいですからっ!!」
こんな感じがしばらく続くのか……
「へいっ!!シュタルク愛情盛り一丁!!!」
「…………」
入浴を終えた俺たちが食堂の席につくと、目の前に山盛りにされた卵と茹で野菜、そして蒸した鶏肉が置かれた。
「「「「いただきます!!!」」」」
シュタルク軍団はそれを一斉にかき込みはじめ、俺たちも手をつけるが…
「なんだこれ…味がない…」
「お、恐らく味付けされて無いんでしょう」
流石に味の無い鶏肉と野菜は中々厳しいものがある。
そう思っていたら、シュタルク軍団の一人がカップを差し出してきた。
「これかけると!食いやすくなるっす!!」
「な、なんですかコレは?」
「水っす!!!!」
「………」
思ったよりもハードな日々になりそうだ。
その日の夜、用意された部屋で三人休んでいると、ゴソゴソと物音がして目を覚ました。
隣を見ると、クラインが何やら荷物をまとめていた。
「何をしているんですか?」
「決まってるだろ!ココから逃げるんだよ!」
「逃げるって…どこへ?」
「王城に帰るんだよ!父上に頼って、こんなバカな事終わらせてやる!!」
「いやぁ…シュタルク様の事ですから、無理矢理引き戻され終わりのような…」
「うるさい!!とにかく僕は帰る!!!」
「あぁ!ちょっと!!」
一国の王子が簡単に夜道を歩くなよ…仕方なく俺はクラインの後を追った。
「夜道は危険です。こんな真似するより、シュタルク様に懇願した方が良いのでは?」
「そんな事をして聞く人じゃ無いだろ!?」
「た、確かに……」
屋敷の外に出てしまい、どうしたものかと考えていたら、何処からともなくブンッ!!という異音がした。
「なんの音だ?」
「お、おいお前!!調べて来い!」
「えぇ…なんで俺が」
「王子の命令だっ!!!」
「はぁ…わかりましたよ」
茂みの奥、音のする方へ向かうと、そこには剣を振るブラスの姿があった。
「あれっ?ブラス君…なんで?」
「き、貴様っ!夜中に何をしてるんだ?」
「いやっ…それはお互い様ですが…」
「鍛錬をしてた…それだけだ」
「鍛錬って…昼間アレだけやってまだやっているのか!?」
クラインが驚くと、ブラスは静かに俺を見つめた。
「昼間の鍛錬で…俺はアンタに負けた。俺はもっと強くならなきゃいけない」
「……やっぱり…仇のつもりなのかい?」
父親の仇の息子、彼にとって俺は、どうしても打ち負かさなければならない相手なのだろう。
しかし、プラスの反応は意外なものだった。
「仇?…なんの事だ?」
「いや、だから俺の父上は君の父親を…」
「そんなものどうでもいい…」
「えっ?そうなの?」
「そもそも、俺は親父が嫌いだっだ。いや…嫌いになった」
「嫌いになった?」
含みのある言い方をした後、ブラスは自分の過去を語り始めた。
「親父は元々腕利の傭兵だった。自分の腕一本で稼ぐ強い親父が、俺の憧れだった。それなのに…」
ブラスは悔しそうに剣を握りしめた。
「剣術大会で優勝して、爵位と近衛兵団団長の地位を手に入れてから変わっちまった。元々貴族に対して強い劣等感を持っていた親父は、剣の腕を磨くことより、どうすれば成り上がれるか、周りを蹴落とせるか、そんな事しか考えなくなった。それに…」
ブラスは話しながら悲しい目を見せた。
「親父が変わっちまった事を誰よりも嘆き、元の親父に戻る事を願い訴え続けた母さんを捨てて、自分の地位の為に有力な貴族の娘と再婚した」
「なんて事…」
「お陰で俺は新しい母親には邪魔者扱いされ、スラムの血しか流れていない汚いガキと言われ続けた。でも、そんな事よりも…」
ブラスは耐えきれなくなったのか、静かに涙を流した。
「俺は親父に隠れて母さんの元へ通っていた……母さんは親父に捨てられた悲しみと、親父が居なくなってロクな暮らしが出来なくなった。そんな母さんの様子を見に行っていたんだが、つい最近…流行りの病を……治すには高い薬が必要だけど、今の家にそんな金は無い。俺は、親父のように位に溺れる真似はしない。俺は、この腕一本で金を稼いで、母さんの病気を治してみせる!!」
「そうだったのか……じゃあ、あの時悔しがっていたのは」
「単に自分の未熟さが悔しかっただけだ。素手のアンタに引けを取るなんて…」
「でも、剣で戦ってたら間違いなく俺の…」
「関係ない!俺は…もっと強くならないといけない…誰にも負けないくらいの力で…母さんを…」
純粋に母を思うブラスの姿に、俺は亡くなった母を思い出した。
狂ったように俺と弟にボクシングを教える親父を何度も諭そうとし、その度に手を挙げられ、それでも俺たちの身を案じ続けた優しい母を。
最後の最後まで俺たちを愛してくれた…
「わかった。俺も協力するよ」
「…えっ?」
「でも、勘違いするなよ。俺は絶対に負けるつもりは無い。ブラス君が強くなるなら、俺はそれよりも強くなってみせる。一生追い越せなくても文句言うなよな?」
ずっと表情の変わらなかったブラスの顔が綻び、少し笑っているようだった。
「あぁ、それでいい。あと…」
「んっ?」
「ブラスでいい。君付けは気持ちが悪い」
「あぁ…それじゃあ、俺もトライドで良いからな?というより、なんでこんな話、俺たちにしてくれたんだ?」
「さぁな…同じ場所で汗を流し、同じ釜の飯を食って、少し心を許してしまったのかもな」
俺は初めてブラスの心に触れられた気がした。
「なんなんだよ……」
「クライン王子?」
クラインは俺たちの横で歯軋りをしながら震えていた。
「なんなんだよお前らは!!剣の才が無いのに武の道を諦めない!!生まれや境遇がどれだけ酷くても夢を諦めない!!なんでそんな事が出来るんだ!?才能も生まれも!!最初から決められてるんだよ!!それを覆すなんて出来ないんだよ!!!!」
「王子…」
喚くクラインの顔は、何故か怒りよりも悲しみを感じさせる表情だった。
「お前達はいつまでもそうやって馬鹿をやっていれば良いさ!!!」
クラインはそう言って、そのまま何処かへ走り去って行った。




