第十一話 物語は変わりましたが危機は続きます
ハイリーンが次期聖女に決まってはや数日、日常はいつも通りに…とはならなかった。
俺はいつも通りの鍛錬をこなし、汗を流していたが、その側にティフェルとハイリーンは居なかった。
ハイリーンが光の魔法に目覚めたのは良かったけれど、これまでティフェルが聖女になるものと思われていた為、まともに聖女としての教育を受けられなかったハイリーンは、一から学び直しという過酷な状況になってしまった。
父上から聞いた話では、ドゥームさんは酷く後悔しており、毎日口を開けば「何故私はこんな…」「私は大馬鹿者だ…」と呟いており、目も当てられないと言っていた。
しかし、そこでハイリーンの聖女教育に買って出たのは、なんとティフェルだった。
ティフェルは今まで聖女教育だけでなく、剣術や魔法、そのほかの勉学も完璧にこなして来た神童。教育係にはうってつけである。
しかし、それでも12歳の子供には変わりない為、ガルディオン家からサポートとしてゲラートを派遣する事にした。
ゲラートは、俺が鍛錬中心の生活になってから暇を持て余していたようで、最近はメイド長の元で編み物を習いはじめていた。
「トライド様の為にセーターを編みたいと思いまして…」と何故か頬を赤らめており、暇にしておくとロクな事が無さそうなのでちょうど良かった。
そんな訳で、今の俺の周りにはティフェル、ハイリーン、ゲラートが居ない為、なんだか急に寂しい感じになってしまった。
「どうしたトライド?体調が優れないか?」
「い、いえ!すみません!鍛錬に集中します!」
改めて身体強化を行い、木剣を振るう俺の後ろで、父上とベティが何かを話している。
「やはり、寂しいのでは無いでしょうか?ここ最近はティフェル様達がいらしてませんから」
「うぅむ……とは言っても、ハイリーン嬢は聖女教育の真っ最中、ティフェル嬢はその教鞭をとっているともなれば、こちらに呼び寄せる訳にもいかんしな…」
「何を言ってるんですか!旦那様と違ってトライド様は賢くあられます。その事を重々承知した上で、我儘も言わずに黙々と鍛錬に打ち込まれているのですよ!」
「そ、そういう事か…しかしベティよ、お前は私の事を世界一の大馬鹿者だと思ってはいないか?」
「はぁ…なんとか元気になって頂けないかしら…」
話の内容は殆ど聞き取れないが、恐らく俺を気遣う様な内容と、いつも通り父上が舐められているといった所だろう。
流石に子供の立場とはいえ、精神年齢30+12の俺が、友達に会えなくて寂しい気持ちを気遣ってもらうのは、申し訳ないというか恥ずかしいというか…
鍛錬を終え、やる事もなくベットに横たわり天井を眺めていると、慌ただしい足音が部屋に近づき、勢いよく部屋の扉が開いた。
「トライド様!!」
「ど、どうしたの?」
「トライド様にお客様が!!」
「えっ?ティフェル…じゃ無いよな…」
「そ、それが…」
俺は、ベティから客人の名前を聞いて驚愕した。
一目散に客室へと向かい、扉をノックした。
「し、失礼致します。大変お待たせ致しました」
扉を開き、そこに居たのは数名の付き人達と、俺と同い年くらいだが、俺みたいな伯爵家の子息とは比べ物にならない程煌びやかな服を纏った少年だった。
「王族の僕を待たせるとは…大した度胸だな」
「も、申し訳ありません…」
そう、彼はアルベルト王国第一王子。『クライン・アルベルト』である。
王族らしく…といって良いのかわからないが、客間のテーブルに足をかけ、偉そうにふんぞり返っている。
「まぁいい…座れ」
「は、はい…失礼します」
俺は自宅だというのに、恐る恐る客間のソファに腰掛ける。
「では、単刀直入に言う……ティフェル・ブライトと2度と会うな」
「………はっ?」
俺は突然の申し出に理解が追いつかなかった。俺が困惑していると、クライン王子はお構いなしに喋り始めた。
「俺は間も無くティフェルと婚約をする予定だ。みだりに他所の貴族の男と馴れ馴れしくされては困るのだよ」
「あぁ…それはそれは……へっ…ティフェルと…婚約?」
何故だ?確かに本の中ではクラインとティフェルは婚約関係にあった。
しかし、それはティフェルが自分を聖女と偽り、クライン王子を助けたと嘘をついた事で発生したイベントの筈だ。
「あ、あのぉ……何故ティフェルと婚約を?」
そう言うとクラインは呆れたような笑みを浮かべた。
「決まっているだろ。彼女が僕を助けた聖女だからさ!」
「………はぁ!?」
一体何を言っているんだこの男は?
「いやいやいや!!王子を助けたのはハイリーンで、次期聖女もハイリーンなのですが…」
「そんなの、ブライト家が捏造でもしたのだろう」
「はいぃ!?」
「ティフェルは優しい女だ。無能の妹を不憫に思い、自分の功績を妹の物と偽ったのだろう…」
「せ、聖教会でも光魔法の覚醒は認められて…」
「それも貴様らが小細工をしたのだろう!!」
「そ、そんな事!!」
「今でも思い出す…涙を浮かべ、僕の手を握りながら祈る美しい姿…アレが聖女のソレで無い訳が無いだろう!!」
ダメだ…恐らくコイツはティフェルに一目惚れして、まともに判断が出来なくなってる。
「それに、あのハイリーンが聖女な訳無いだろ」
「な、何故でしょうか?」
「見ればわかるだろう。魔獣のような金の瞳、生まれながらにして老婆のような白髪、あんな恐ろしい見た目の女が聖女な訳あるか!」
「な、何言ってんだお前!!」と言いそうになるのをグッと堪えて、俺は質問をした。
「ち、ちなみにこの話は、ティフェル嬢の前でも話したのでしょうか?」
「あぁ。そうしたら何故かティフェルが顔を真っ赤にして、ものすごい剣幕で怒り始めてなぁ…挙句「トライドだったら」「トライドの方が」等色々喚いてなぁ。それで僕は思ったのだ、恐らく貴様が彼女に何か良く無い事を吹き込んだのだとな!!」
これでようやくクラインがここに来た理由がわかった。
要はティフェルの前でハイリーンの悪口を言いまくったせいで、ティフェルがそれに憤慨し、その際に俺の名前を発した。
バカなクラインは全てが俺のせいだと思い、俺の元は抗議のような八つ当たりをしに来たと言う事か。
「あのぉ…お言葉ですが、僕が彼女と会わなくなっても、事態が好転するとは思えないのですが…」
「何故だ!?邪魔をしているのはお前なんだから、お前さえ居なければ問題は解決するだろう?」
「いやぁ…そもそも問題点が違うと言うか…」
「それに…」
クラインは立ち上がって俺の耳元へ近付き、囁いた。
「例えティフェルが聖女で無いとしても、王族の力でなんとでも出来る…」
コイツ…どこまでも腐ってんなぁ。
「それに、ティフェルだってそれを望むはずだ。あんな無能なお荷物に聖女の座を奪われ、腹の内は煮え繰り返っている筈だ。むしろ、僕が聖女の座をくれてやれば、喜んで僕の元に来る筈さ」
……本当に腐ってんな。
あの二人が今までどんな思いで過ごして来たか。
ハイリーンがどんな思いで聖女になったのか。
ティフェルがどんな思いで………
「わかりました」
「そうかそうか!最初から素直に…」
「その代わり」
俺はクラインの言葉を遮った。
「条件を出させていただきます」
「…条件だと?」
「私と試合をして頂き、私に勝ったらお約束通りにティフェルとは二度と会いません」
「貴様…王族の僕にそんな指図をっ!!!」
「クライン様は王宮剣術の免許皆伝でいらっしゃった筈ですよね?まさか伯爵家の息子程度に負けるのを恐れているなんて事は…」
「…なんだと?」
「それなら結構ですよ?王族の権力を使ってどうぞ、このチンケな伯爵子息との試合からお逃げになればよろしい」
「き、貴様ぁああ……」
プライドだけは一丁前のクラインの事だ、これだけ煽れば食いつくだろう。
「…いいだろう……完膚なきまでに叩きのめしてから、ティフェルを娶る事にしよう…後で吠え面かくなよぉ!!!」
吠え面なんて言葉、42年で初めて聞いたわ。




