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あめのすみれ龍姫~を倒せと言われたのだが~

作者: Yorimi2

——すみれ神社に住む龍神。あめのすみれ龍姫はとにかくワガママでお転婆な少女だった。ピンク色の髪に黄金の角。そして、大きな龍の尻尾が特徴の姫君だ。

十二神将の辰神に選ばれた偉大な女神ではあったがやりたい放題。水の都の象徴だからと故郷辰ノ国を更に潤いのある気候に変えたため、隣国の巳ノ国はそれの影響で灼熱の環境に変わり不毛の大地と成り果てた。

その蛮行は干支十二国中に広まり、各国のマスラオは退治のため乗り出したが、勝てるものなどいなかった。かえって逆鱗に触れてしまったのか龍姫は、生贄として若い娘を要求してきたのだった。

人々は恐怖した。誰か龍を鎮めてほしいと祈ることしかできなかった——

薄暗い小屋の中——。


「そんな! 今度は私が生贄だなんて・・・おのれ辰神め! もう手段は選んでられないわ!」


魔法陣が描かれた絨毯にろうそくを並べて異邦の儀式を始める黒いローブを纏った少女。

生贄に選んだ辰神に恨みを込めて呪文を唱えるのだった。


「あめのすみれ龍姫に災いを! エロイムエロイム、エッサッサ~ホイサー!!」


ろうそくの火が生き物のように動き、絨毯に描かれた魔法陣をなぞる。そして火がはじけるように爆発した。

小屋中に爆煙が広がる。


「ゲホ、ゲホ・・・何!? 失敗・・・」


煙にむせながら少女は儀式の失敗に気を落とすのだが、


「オマエか? オレを呼んだのは」


煙の奥から声がして、少女はたちまち後ずさる。失敗したかと思ったらどうやら召喚に成功していたようだ。

得体の知れない声の主に恐る恐る返事をした。


「だ、誰なの?」


「聞いているのはオレなんだぞ? まあいい。オレの名前はヴィルヘルム。ヴィルでいい。で、オマエは?」


煙が晴れると、ダークパープルの髪に垂れた犬耳、背中には同じ毛色の大きな翼が特徴のヘルハウンドという種類の悪魔のようだ。

そして彼のエメラルドの目が召喚した少女を見つめる。それにしても小柄だ。


「私はタマズサ。魔女を目指しているの。とりあえず悪魔召喚は成功・・・と言いたいけど、アナタなんだか弱そう」


服装は戦闘服であることから、おそらく魔界軍の敗走兵だろう。海や大陸では天界と魔界との激しい戦闘があったのだから。

戦に負けた魔族が世界中に取り残されているのだから、その中から召喚されたのは納得がいく。

負け犬の小悪魔が召喚されたのなら、あまり期待出来そうにない・・・


呼ばれていきなりそう言われて、ヘルハウンドの少年は不機嫌になる。


「やかましい! 帰るぞ」


「ま、待ってよ! なんでもしてあげるから、お願い聞いて」


それでもせっかく召喚した悪魔だ。役に立ってくれなければ。


咄嗟にいい加減なことを言って彼を引き止めるタマズサ。

ヴィルにはお見通しだった。


「あてにならんな」


腕を組んでそっぽむくヴィル。チラっと目を開くとタマズサの訴えるような目に見つめられ、彼はため息をつく。


「・・・まあいい。で、何が望みだ?」


タマズサは写真を取り出す。


「この子を・・・奴から取り戻して欲しいの! 私の愛犬ヤツブサ。極悪非道のあめのすみれ龍姫から取り戻して欲しいの。それに私までも生贄として送られる。だからこうして小屋で隠れてアナタを呼んだのよ。お願い、助けて!」


「ふん、コイツを取り戻して、龍姫とやらを殺せばいいのか?」


ヴィルのエメラルドの瞳は、殺気立つようにギラつく。


「そ、そこまでしなくてもいいわ。・・・一応あんなのでも私の友達だもの。お灸を据えてやるだけでいい。少しは痛い目にあえばいい・・・」


殺すことを前提に考えていた彼を慌てて止めるタマズサだった。

しかし、最後の言葉に彼女の目は焦点の合わない遠い目をしていた。

彼女の態度を察し、これ以上聞かずにヴィルは彼女の願いを聞き入れることにした。


「友達か・・・。わかった、わかった」


「えっ!? ホントに!!?」


「戦えるならもう何でもいい・・・。で、奴の居場所は?」


出入り口の扉を開け、ヴィルは早速、龍姫の討伐に出かけるのだった。



☆☆☆

すみれ神社——。


やりたい放題の龍姫がおわすという・・・。


ヴィルはターゲットのいる神社にやってきた。神社がよく見える巨木の枝に座り込み、双眼鏡で境内の様子をうかがう。


「入口はあそこか。潜入か・・・こういうのは本分じゃないんだが」


コソコソするのは性に合わないヴィルは正面突破を試みる。

木から飛び降り、鳥居へ向かって突っ走ろうとしたら、早速敵に見つかるのだった。


「「曲者めっ!!」」


茂みから2匹の白い大型の犬が飛び出してきた。神社を守護する狛犬といったところか。

左右から目を離さずにヴィルは無言のまま身構える中、2匹の狛犬は名乗りを上げる。


「私は、アギャン」「そして某は、ウンギャン」

「悪魔め、ここは通さん!」

「あめのすみれ龍姫様の名のもとに、せいば・・・!!? ギャンッ!!」「えっ!!?」


ヴィルは91式魔導槍を背中から取り出し、石突部分でウンギャンと名乗った狛犬の首筋を打ちのめし、続け様にアギャンと名乗った狛犬の顎に膝蹴りを食らわせた。

一瞬の出来事だった。

アギャンとウンギャンは同時に倒れた。ヴィルは魔導槍を背中におさめると、ノビている2匹に振り返った。


「悪いな、急いでるんだ」


「へえ~。なかなかやるのね、ヴィル」


後ろからタマズサがやってきた。


「なんだ? ついて来たのか」


「アナタだけじゃ不安だと思ってね」


「仕事はしっかりするつもりさ」


境内の奥を進むと社殿が見えてきた。

社殿の入口にはいろうとするヴィルをタマズサは引き止める。


「待って! 強い結界で扉は開かないようになっているの。結界を解くわ。・・って何してるの?」


タマズサは一口を塞ぐ結界を解こうしたが、ヴィルは扉に円盤状のものを引っ付けるのだった。


「タマズサ、下がるぞ」


「えっ!?」


「爆破する」


ヴィルたちは少し離れた神木の裏に隠れた。ヴィルは扉の方を覗きながら軽く指を振ると甲高い爆発が響きわたり、結界ごと扉は粉々に吹き飛んだ。

残骸が火の玉になって跳ねてくるのをタマズサは呆然と眺めていた。


「・・・・・」


爆煙が晴れなうちにヴィルは社殿の中へ突入していった。


☆☆☆

社殿内にある4人衆の()——。


真っ暗な空間でその場にいる者の姿は分からず気配しか感じない。


「なんだか騒がしいのう」


「龍姫様。侵入者です!」


「ほう!久々に退屈をしのげそうじゃ」


「いえ、龍姫様。ここはわれら4人衆にお任せを!そもそも今まで龍姫様のところまで来れるマスラオなどおりませなんだゆえ」


「うぬぬ。そうか。つまらぬ。適当にあしらってしまえ! 妾は部屋に戻る」


「はは!!」


4つの影は瞬く間にとびさった。



☆☆☆

社殿内、果てしなく続く廊下——。


「・・・。ヴィルとはぐれてしまった」


爆煙を抜けたら、ヴィルはもうさっさと先に進んでしまったようだ。

タマズサは置いていかれたのだ。


「もう! せっかちめ。近道を教えようとしたのに・・・」


ブツブツとボヤき、先へ進むタマズサの背後を長身の黒い影が忍び寄る。


「!?」


気づくのはもう遅く、口を塞がれて取り押さえられてしまう。


「ほう・・・。これはこれはタマズサ殿。久しいですな。ご同行願おう」


タマズサは黒ずくめの忍に捕らえられ、その場から跡形もなく消えた。


一方、ヴィルは翼を広げ迷路のような社殿内を低空飛行して進む。妙に同じような廊下を飛びまわっているが、とにかく上の階に続く階段を探す。

すると、


「待つのだ」


誰かの声がしたが気にせず進む。


「待て! この不届きものめ!」


速い・・・!


黒ずくめの追手は壁を蹴るようにして回り込み、進路を塞ぐようにおどりでた。なかなかやるようだ。


「ふっ、逃げ切れると思ったか小僧。ここから先は通さん!」


黒装束を脱ぎ捨てると、カラスのような大きな黒い翼に山伏姿。烏天狗というものか。

烏天狗の少女は刀を抜き放つ。


「私はクロナ。あめのすみれ龍姫4人衆の一人。手合わせ願う」


「断る。命が惜しければ道を開けることだ」


先を急ぐヴィルは構っている暇など無くあしらうのだが、


「釣れないな。ならばこれなら戦う気になるだろう。その翼ではこんな狭い場所で思う存分に飛び回れまい」


クロナは札を数枚取り出して振りまいた。

途端に空間は大きく開け、広大な空が広がった。


「っ!!?」


「驚いたようだな。この社殿は、複雑な空間が入り乱れて迷路のようになっている。だからここの空間を広げただけだ。これで思いっきり戦えるだろう?」


「どうやらオマエを倒さないと進めないようだ」


「その通り! これで存分に戦えるな、血塗れの猟犬(ブラッディドッグ)ヴィル」


「なに・・・?」


ヴィルから一筋の汗が流れた。


「ふふふ。天使兵260騎、強襲揚陸空艇12隻、飛行攻撃艇7隻、駆逐艦5隻、巡洋艦3隻・・・。キサマとは一度戦ってみたかった。さあ、ついて来い!」


彼女が口ずさんだのはヴィルのキルスコアである。

得意げな顔でクロナは押し広げられた大空に舞い上がった。


ここまで自分の存在が知れ渡っていたとは。


ヴィルも後を追いかけるように飛び立つのだった。



☆☆☆

不思議な術で押し広げられた偽りの空——。


上空で、一撃、二撃、急速に交差してお互いの一閃がかち合う。

クロナは去りざまに苦無を4本投擲するが、当たらない。避けられるというよりも既に相手が投げようとした所にいないのだ。

ヴィルの飛行する軌道も複雑で狙いが定まらない。


「くっ!!」


接近戦に持ち込むしかなく、クロナはヴィルを追いかけるしかない。


飛行速度では負けていないのにっ!


クロナ自身焦りが出始めるのだった。

追いついても、急激な減速や急速旋回に翻弄される。追従が困難である。気を抜いた瞬間、相手は雲に身を隠し予想した進路から消えた。


「はっ!?」


前方から、赤い閃光が轟音とともにクロナのすぐそばを2本通過した。相手が持つ魔導槍から発射されたマナ粒子ビーム。通過したビームは火線上の雲を蒸発させる。

最近魔界連合が携帯型で大出力のビーム魔導兵装を実用化したという噂を聞いたが本当だった。実戦で見るとやはり迫力が違う。

通過した際、少し火傷した左肩のヒリヒリとした痛みが余計に伝わり戦慄を感じた。呼吸が乱れてくる。


「いないっ!!」


気を取られている瞬間だった。ヴィルの姿が見えない。


「動くな! 勝負あったぞ。これで終わりだ」


首筋に三叉に分かれた漆黒の槍が突き付けられていた。ヴィルは背後にいた。


「・・・っ」


「結界を解け」


ヴィルとクロナはゆっくり高度を下げ着地する。指示通り結界を解くと空間は元の廊下に戻った。


「ついでに近道を教えてくれると助かる」


「なぜ殺さない?」


「殺したら結界が解けずに永遠に立ち往生だ。そんなのはゴメンだね」


ヴィルは答えた後、槍をおさめた。

クロナはガクガク震えだすと、刀を落とし力が抜けたようにペタンと座り込んだ。さっきの戦いから解放されて感情があふれ出てくる。


「生きてるっ・・・! 私生きてるよ~・・・。怖かった・・・」


どっと滝のように涙があふれ出た。


「ああ?」


ヴィルは戸惑った。なんというか女の子の涙には弱かった。とにかく目的はいったん忘れてクロナを放っておかずに落ち着かせることにした。


☆☆☆

緊張が抜け座りこむクロナの隣にヴィルは座り込んだ。


「なんだ・・・。実戦は初めてなのか」


クロナには持っていた携帯食料とイチゴミルクを与えた。クロナはマグカップを両手に持って静かに頷いた。


「そうか。まぁ、・・・みんな初陣はそんなもんだ。オレも最初はがむしゃらだった。いくら訓練をしても実戦の空気は違う。知っている顔も何人も・・・。この話はやめだ。それ食っておけ。そのコップもオマエにやる。オレはもう行く。まあ、オマエの剣サバキは悪くはなかった」


ヴィルは立ち上がり進もうとするが、ジャケットの裾を引っ張りクロナは引き止める。


「なんだ?」


クロナは回り込むと、


「キサマ、私を弟子に・・・・いや、弟子にしてください!!」


「ウェッ!?」


クロナは深く頭を下げた。


「それと握手! 握手してください! あのブラッディドッグと交戦して生き残ったのですから、記念に」


既にヴィルの手を両手で握りしめていた。


「離せ。龍姫を懲らしめないと」


「龍姫様? やっぱりやりたい放題の乱暴者で気に食わないですよね!! お供します。加勢しますよ。師匠」


さっきまでと態度が変わり、ヴィルは戸惑うのだった。


「・・・オマエ、龍姫の4人衆なんだろ?」


「いえ! 今から3人衆です」


「3人・・・」


「それに最初言ったようにこの社殿は複雑な空間になっています。このお札がないと先には進めません。こっちです」


「えっ? そうなのか! 助かる」


クロナは札を掲げると永遠に続く先の見えそうにもない廊下から階段が現れた。

上の階へと続いている。


「さあ、師匠! 龍姫様をぶちのめしに行きましょう」


「お、おお・・・そうだな」


なんと切り替えが早いというか。

クロナが先に駆け上がっていくのを後に続いた。


・・・。なんでオレ龍姫を倒さないといけないんだっけ。


目的を忘れそうになるヴィルであった。


☆☆☆

社殿内にある4人衆、いや3人衆の()——。


「クロナが負けたか・・・」


「あのクロナがか。クロナは4人衆の中でも真面目で最強・・・。逃げよう」


「そうしよう。そうしよう」


黒装束に身を包んだ二人は荷造りをし始めたところ、最後の一人がやってきた


「何を怖気づく? セキドー、セイドー。我々にはタマズサ殿という人質がいる」


「シロナか」


「それに奴を倒せば蒼天勲章ものだ。天界連邦への仕官はおろか、連邦の神、中央天界の神としての栄誉が与えられる」


「よしあのイヌッコロぶちのめす!」


「おおーっ!」


セキドー、セイドーは4人衆の部屋を後にした。



☆☆☆

社殿二階の廊下——。


「くっ!! やはりそうか」


同様にして、さらに次の階に進もうとするが、クロナの札では何も起こらない。


「なにか分かったのか?」


「4人衆、いや3人衆はそれぞれの階を守るように龍姫様からお札を渡されました。つまり私のお札ではこれ以上は・・・すみません師匠」


「気にするな。4人衆の残りの奴らから奪えばいいだけだ」


「3人衆です!」


・・・数なんてどうでもいいが。


「クロナ。ほかの奴らのこと聞きたい」


「はい。3人衆ですが・・セキドー、セイドー。そしてシロナの3名です」


ヴィルは敵の情報を聞きながら、イチゴミルクを入れてそのマグカップをクロナに渡す。自分もイチゴミルクを飲む。


「セキドーとセイドーですが、セキドーは雀天狗で攻撃型。セイドーは燕天狗で防御型。二人一組で攻防一体のコンビです。大丈夫です! 私と師匠のコンビなら勝てます」


クロナもイチゴミルクを飲む。


「そして最後、シロナですが・・・」


突然、苦無が飛んできたところクロナも苦無で叩き落す。


「何やつ!!」


煙玉がドロンとあたりを覆う。


「何やつと問われたら答えざる負えない」

「クロナ。キサマ裏切ったのか許せんな」


煙幕の奥に2つの影。そして盛大に煙が晴れると黒装束を脱ぎ捨てる。


「雀天狗のセキドー!」

「燕天狗のセイドー!」


再び派手な赤青の煙玉が背後で破裂する。

赤い山伏装束で、赤い雀の翼をもつ小柄の少年がセキドー、

青い山伏装束だが上から甲冑を纏い、青い燕の翼を持った大柄の青年がセイドーと言ったところだ。


「そして私は烏天狗のクロナ!」


クロナも敵に乗って名乗る。


「裏切者め! 混ざってんじゃねえ!」


「名乗るのは私の勝手なのだ! さあ師匠も・・・あれ!? 師匠?」


その場に残されたのはクロナだけで、ヴィルの姿はなかった。


「ふん、臆病者め。我々に勝てるはずなどぬぁいわ!」


セキドーは腕を組み、この場を笑い飛ばす。


「クロナ。4人衆に戻るのなら今のうちだ」


背後から肩をポンと叩かれたセキドーは振り向く。


「なんだセイドー・・・あっつ~!!」


背後にはヴィルが立っていた。マグカップに入っていたイチゴミルクをセキドーの顔にぶちまけたのだ。


「ったく、イチゴミルクに埃入れやがって。オレからのおごりだ」


「キサマー!! いつの間にっ!」


そりゃ煙玉を無駄に出しまくっている間に。


「動くなよヴィル。人質がどうなっても・・・」


セイドーは握っていた綱を引っ張るが綱の先には誰もいなかった。狐に摘ままれた様な顔をしてセイドーとセキドーはお互い顔合わせる。


「あるぇえ~~っ??」「ヴィル! いつの間に人質まで!?」


「ん!? 人質なんていたのか?」


よく分からないが、セキドーとセイドーが捕らえたという人質がいたのだろうか。


クロナに目を合わせるが、クロナ自身も「さぁ」と首をかしげる。


「かくなるうえは」「さすれば」

「「いざ尋常に、勝負っ!!」」


セキドー、セイドーは刀を抜き、

ヴィルとクロナに迫るのだった。



☆☆☆

ヴィルとクロナ対セキドーとセイドーの戦いが始まる——。


「はっ!」


クロナはセイドーに2太刀3太刀浴びせる。重装備のおかげで刃は通らないが、セイドーは押されて全く太刀打ちできない状態だった。


「セイドー! 少し太ったか? キサマの動きは全然止まって見えるぞ! 少しは攻めてきたらどうだ?」


「くそ! セキドー!? どうした早くこっちに加勢しろぅ!」


一方、その後ろでヴィルとセキドーは交戦していた。


ヴィルは魔導槍ではなく軍刀で応戦する。狭いところでは槍より取り回しが効く。

セキドーの太刀筋は力強く、下手にかち合えば力負けする。受け流すことを意識し隙を探る。ヴィルは一歩一歩下がっていく。


「どうした? 逃げてばかりじゃオレには勝てんぞぉ? せいっ!!」


ヴィルは下がり続けると間もなく背中が壁に触れて追い込まれてしまう。

セキドーは勝ち誇った顔をして、刀を振り上げた。


「ふっ! もう逃げられんな!! 死ね!!」


セキドーは渾身の力を込めて刀を振り下ろすが、ヴィルはこれを受けずにかわすのだった。

セキドーの一太刀は壁に深く刺さってしまう。


「ば、馬鹿な!?」


刀を引き抜こうとするが、力が入らないし、視界がぼやける。

赤い装束のせいで気付かなかったが脇腹を濃い赤が染めていた。


「・・・いつの間に」


セキドーは崩れるように倒れた。


「セキドー!? くそぉ・・・うぐっ」


セイドーも何度も打ちのめされ傷だらけだった。セイドーも間もなく刀を取り落とし倒れた。


「勝負あった! 私たちの勝利だ! 師匠、お願いが・・・」


クロナは勝利の喜びをグッ抑えてヴィルに頼み事をする。


「ああ・・・わかっている」


☆☆☆

セキドー、セイドーとの戦闘は終わった。二人は座り込み情けない声を上げた。


「クソお、脇腹痛い・・・」

「オレなんて体中が痛い」


セキドーは胴体に、セイドーの方は傷が浅いが身体中に包帯がまかれる。


「二人とも、情けないぞ。その程度なら一晩寝たら治る。・・・・・ありがとうございます。師匠。その、二人の手当てを手伝ってくれて」


目を合わせずにヴィルに話しかけるクロナ。少し嬉しそうな感じだったが、気にせず彼はポーチの中を探る。


「今回だけだ。それにターゲットである龍姫も懲らしめるだけだからな・・・なんか気が抜ける。こんな緊張感のない戦場は初めてだ。・・・割り切れん部分もあって複雑な気分だろうが、ほら、これでも食ってろ」


ヴィルは携帯食料を負傷した二人に渡す。


「「かたじけない!!」」


「なんだこれ、あまりおいしくねー」


「ああ! 不味い」


不満の声を上げながらも、しっかりと携帯食料にガッつくセキドーとセイドー。


「なんだと? 不届き者め、師匠からのありがたい食べ物を!!」


「いえ!」「旦那には感謝してまする!」

「「旦那、あっしらもお供しますぜ!!」」


「ふふ、3人衆もこれで解散ですね。師匠」


「やれやれ・・・これ以上は面倒見切れん」


ヴィルは苦い顔をしながら改めてイチゴミルクを飲むのであった。



☆☆☆

セキドー、セイドーから札をもらい、三階に進んだヴィルとクロナ——。


もちろん負傷したあの二人は置いてきた。


「クロナ、最後の一人・・・」


「シロナのことですか? それが・・シロナは一番の新入りで謎の多い白狼天狗です」


謎が多いか・・・。


とにかくその最後の一人を倒せば、龍姫のところにたどり着く。ヴィルは構わず進むと、


「待っていたぞ、ヴィルヘルム。まさかキミまでここに来るとはな」


最後の黒ずくめシロナが立ちはだかっていた。

シロナも黒装束を脱ぎ捨てると、見覚えのある姿にヴィルは身構えるのだった。


「キサマ・・・」


白い長髪に三角耳、背中には純白の翼をもった長身の天使。


「マルコシアス!」


ヴィルはシロナの本当の名前を呼ぶ。


「なぜキサマがここに? 連邦が介入しているのか?」


シロナもといマルコシアスは、すました笑顔で答える。


「厄災の魔犬を知っているか? ヴィル」


ヴィルは無言のままだったので、そのまま話を進めるマルコシアス。


「・・・その様子だと知らないようだな。戌ノ国に伝わる伝説の魔物だ。現在封印が解けかかったその魔犬が復活のため生贄を欲しているそうだ。そして、あめのすみれ龍姫は先回りして生贄になりそうな娘を保護していた。が・・・それに痺れを切らした魔犬の使いはここに攻めて生贄を取り戻そうとしたのだ」


「なに!? ・・・それはまさか!」


「ああ、タマズサ殿だよ。しかし、タマズサを逃がしてしまうとは」


セキドーたちが言っていた人質を思い出し、クロナはマルコシアスに聞く。


「じゃあ、あの二人に人質を送ったのはキサマだったの? シロナ」


「ああ。あの二人で試させてもらった。ヴィルはタマズサと行動していた。彼自身厄災の魔犬復活にかかわっているのか白黒はっきりさせるつもりだったが・・・こうして今はっきりと分かった」


「回りくどいな、マルコシアス」


「で、どうする? 復活を止めるには、キミの力が必要だ。それとも、そのまま理由もなく龍姫を倒すか?」


「どちも付く気はない! ・・・が、厄災の魔犬はなんだかヤバそうだ。今回は休戦だ。マルコシアス」


「ふっ、感謝する」


☆☆☆

マルコシアスを新たに加え、ヴィルたちは四階に上がった。


「マルコシアス、どうだ?」


同じように更に上に進もうと札をかざすマルコシアス。

その様子をヴィルは眺めていたが、やはり何も起きない。


「分かってはいたが、私の札ではこれ以上の階へ上がることはできないようだな」


クロナと同じように、これ以上の空間を操作できる権限はないようだ。

すると目の前、天井付近にタマズサが現れた。ホログラム映像だ。


「ふふふふ。ごきげんよう。キミたち。それにヴィル、ありがとう。こうも簡単に社殿に侵入できた。厄災の魔犬が復活して天界を征服した後でご褒美をあげるわ」


「マルコシアスの言う通り、魔犬復活が真の目的なのか?」


ヴィルは自分を召喚した魔女に問うた。


その名を聞き首をかしげる魔女だったが、ヴィルの隣に立つ長身の天使に注目し、最初自分をさらったシロナがマルコシアスであったことを理解した。


「マルコシアス? そう、やっぱりアナタだったのね・・・。その通り! そしてその復活も近い。復活に必要な生贄とは、あめのすみれ龍姫ということさ。さらにヤツブサは魔犬の半身(カタワレ)。材料はそろった。後は私が復活の儀式をするだけよ! アナタたちはその場で天界が滅ぶ様を見ていればいいわ! おーほっほっほっほっほっほ!!」


高笑いとともにタマズサの映像は消えていく。


「おのれ!」


クロナは怒り任せに苦無を投げるが、むなしくも天井に刺さるだけだった。


「く、急がなければ・・・龍姫様。シロナ、何を見ているのだ?」


マルコシアスは天井に刺さった苦無をじっと見る。


「上に上がる手はあるかもしれない・・・。ヴィル、キミはどうやってこの社殿に侵入した?」


「奇遇だな。オレも同じこと考えていた。この魔導ボムだ。残り一つ」


ヴィルが取り出したのは円盤型の爆弾。


「どうしてそんな爆弾がこの空間湾曲に干渉できるのですか?」


「分からん」


なぜ干渉できたかはよく分からなかったヴィルの代わりにマルコシアスが説明する。


「私の予想だが、空間湾曲の結界が大いに働いているのは水平方向と見た。垂直方向に対してはあまり強く作用していない可能性がある。だから天井に苦無が届いて刺さる」


「へえ~」「なるほどな」


「垂直に対して結界の効力が弱いから爆弾の威力も十分に届く」


そうなのか。いや、入口は水平方向だから結界の影響が強いはず。


「ん? じゃあ、入口の扉はなんで破壊できた?」


「それについては私にもわからんな。意図的に入口の結界が弱かったのだろう。あの方はいつも退屈そうだったから」


「・・・まあ後は天井を破壊するだけだな」


魔導ボムはもしものためにとっておき、ヴィルは魔導槍を取り出す。

ビームの球数は十分だ。


「あと、こう言うものもある」


マルコシアスは風見鶏のようなものを取り出した。


「神通力を感知するアイテムだ。これでどこが最短かわかるはずだ」


いつのまに都合の良いアイテムを。まあ深いことは考えない。

これで龍姫を討伐・・・いや、救出の準備は整った。



☆☆☆

龍姫の部屋——。

催眠術でウトウトする目を必死にこらえながら意識を保つ。

体は椅子に縛り付けられている。この程度の拘束なら簡単に引きちぎることが可能だが、体が重たく思うように動かせない。あめのすみれ龍姫は睡魔と格闘していた。


「すみれちゃーん! 眠たそうな顔も素敵じゃ!!」


目の前の白くて丸っこい犬。ヤツブサはいやらしい顔で龍姫の顔を眺めていた。


「・・・。鬱陶しいのじゃ・・・。この白ダルマ」


「ぐふふふ。完全復活の暁には、このワシが目覚めのキスをして姫を起こしてくれようぞ! ぐふふ、なかなかロマンティックなシチュエーションぞなもし」


「くっ、殺す」


「うふふふ! すみれちゃんに締め殺されるのなら本望ぞな。そう、ワシとおヌシは結ばれる運命なのじゃ!!」


ヤツブサは下品に笑う。


クソぉ、そのふざけたツラ吹っ飛ばしてやりたいッ!!


龍姫はなるべく白ダルマが視界に映らないように目をそらす。


「ヤツブサ! そろそろ始めるわ。こっちに来なさい」


「承知しました。タマズサさま!!」


言われた通りヤツブサは魔法陣に囲まれた真鍮の壺の中に入った。


「・・・タマズサ。ソナタ正気か・・・」


「ええ・・・もう止められないのよ。私は厄災の魔犬の生贄なんかなりたくない!」


「馬鹿な!・・・そうならないように妾は・・ワタシはアナタのために復活を未然に防ごうと・・・友だちだと思っていたのに!!」


タマズサは一瞬眉をぴくりと動かしたと思うと、いったん俯く。


「・・・・・・・・。厄災の魔犬は私を追い詰めてくる。余計なことだったのよ。もう後がない! ・・・アナタ自身が私を救って」


タマズサは魔法陣に入り呪文を唱え始めた。


誰か彼女を止めて・・・



☆☆☆

その時、何本もの赤い閃光が龍姫の足元のまわりを円を描くように上へ噴出した。龍姫の足場は崩れ、龍姫は椅子ごと落下するのだった。


「なにごとっ!!」


龍姫がいたところにはポッカリ穴が開くことになった。


「・・・おおおお・・・」


落下していく! それでも眠気が覚めない。いやこれは落下している夢。椅子みたいなのにガッチリ固定されて落下する絶叫マシンというのがあった。その夢をみて・・・


落下していく龍姫を器用に椅子だけをバラバラに切り裂いてヴィルは龍姫を抱きとめた。

眠たいが、心底お姫様抱っこにトキメク龍姫。


「ソナタは?・・・貴公子か王子様が妾をさらいにきたのかのう・・・」


意識が朦朧とした龍姫の問いにヴィルは答える。


「違うな。オマエを倒しに来た・・・というのは冗談だ。後はオレたちに任せて休め」


「ぽっ」


どっきーん


夢の狭間、耳元で囁かれて龍姫の心臓の鼓動が激しくなる。眠気に負けないでヴィルを見つめる龍姫だった。


「龍姫は無事だ。クロナ、あとは任せる」


「はい!」


ヴィルは下の階に降り立ち。抱えた龍姫を床に降ろそうとしたが、離れず降ろせない。いつの間にか龍姫の長い尻尾がぐるぐるヴィルの体に巻き付いていた。


「あ? 龍姫、離れてくれ。降ろせないから・・・あっ、どうも」


尻尾はスルスル解けた。眠気に負けた龍姫は完全寝てしまったようだ。床に降ろして後はクロナに任せた。

ヴィルは再び上昇して上の階、龍姫の部屋を目指す。



☆☆☆

落ちた龍姫を確かめようとタマズサは突然空いた穴に近づこうとしたが、

そこからひょっこりとダークパープルの髪と垂れ耳が特徴の悪魔が顔を出した。


「悪いがオマエのオトモダチは、ボッ〇ュートさせてもらった」


召喚した悪魔に邪魔をされ、タマズサは怒りのまま感情を爆発させる。


「ヴィルヘルムッ! キサマぁ~っ!!」


「オトモダチは大事にしておけ」


タマズサの後方、魔法陣の上にある壺からヤツブサもまたひょっこり頭を出す。


「ほう、おヌシが血塗れの猟犬(ブラッディドッグ)ヴィルか。残念じゃが、遅かったぞな」


ヤツブサはあっかんべ~してみせる。


「どういうこと?」


後からクロナが穴から顔を出す。続いてマルコシアスも顔を出した。

ハッと一目で気づきマルコシアスは叫ぶ。


「マズイ。タマズサ、今すぐ魔法陣から離れるんだ!」


ヤツブサは不気味な笑顔で、真っ黒な炎のようにうなり、勢いよく広がる。魔法陣内にいたタマズサを取り込んだ。


「ヤツブサ! どうしてっ!!」


「ぐふふふふ。タマズサよ。生贄は最初っからおヌシだったのじゃ! 愛しのすみれちゃんを取り込むわけにはいかんのじゃけん。しかし、おヌシの負の感情は実に美味かった! おヌシのおかげで完全に復活できるのじゃ!!」


暗黒の炎はタマズサを完全に飲み込む。

炎の形は次第に、巨大な犬の形を成してゆく。空間湾曲の結界は消え失せ、龍姫の部屋は跡形もなく灰になった。


戌ノ国の伝説である厄災の魔犬は復活を遂げた。

暗黒の炎でできた大きな体を揺らめかせ、厄災の魔犬は咆哮する。


「グッフッフッフッフ。復活ヲ祝シテ、ココラ一体ヲ更地ニ変エテヤルカ!」


体から触手のようなものが複数伸びると、先端がそれぞれ3本のカギ爪を形成する。

先端から細かくバチバチと電撃が走ると次は赤い閃光が下方向に伸びた。数束のマナ粒子ビームが床を焼き、不規則な模様を描く。


「一旦この社殿から離れた方がよさそうだ」


「「同意」」


全員意見一致。床が細かく焼き切れ崩壊する。


「龍姫様が!!」


下の階も崩壊を起こし、安静にしていた龍姫も一緒に落下していくのをヴィルは急いで追いつき抱きかかえて上昇する。


「無事だ。離脱するぞ!!」


崩壊する社殿の残骸を避け、3人は社殿を後にする。

上空まで逃げ、社殿が崩壊していく様をクロナは目のあたりにする。


「すみれ神社が・・・それに、セキドーたちが・・・」


「「心配ご無用!!この程度でやられる4人衆ではぬぁい!!」」


「我々も忘れてもらっては困る」


セキドー、セイドーが地上から飛び上がって、ヴィルたちの元へやってきた。

狛犬のアギャン、ウンギャンも一緒だ。それぞれセキドー、セイドーに抱えられていた。


「みんな・・・。そうだとも! 我々あめのすみれ龍姫7人衆は無敵なのだ!」


「「「「おーーーー」」」」


「・・・オレも入るのか?」


クロナたちのノリにどうもついていけないヴィルだった。


「うるさいの~」


ヴィルに抱きかかえられていた龍姫がようやく目覚めた。


「わ、妾の神社が~~!! おのれ、あの白ダルマ~!! いや黒ダルマ~!? ようわからんが・・・」


龍姫はヴィルと目が合うと、顔が赤くなって固まるが、しばらくして真剣な目で彼を見つめる。


「そ、ソナタは?」


「ヴィルヘルムだ。ヴィルでいい」


「・・・ヴィル、奴を倒したい。力を貸してくれぬか」


「もちろん。そのつもりだ」


「あと、その・・・。すみれと呼んではくれぬかの」


なんだかみんなの視線が集まる。


・・・なんだこの状況。


とりあえずヴィルは彼女の名を呼ぶ。


「わかった・・・すみれ」


「ふふ、ふふふふっ。もっと呼んで欲しいのじゃ・・・」


すみれは両手で顔を隠す。尻尾がぶんぶん揺れて危ない。みんなニヤニヤして様子を見守るが、

突然四方から赤い粒子ビームが飛んできた。

牽制のようで全員無事だが、間もなく第2波の斉射がくる。


「全員散れっ!!」


ヤツかっ!? 


別の方向から十字砲火。紙一重でビームをかわし続けるが、左腕にビームがかすめる。攻撃はヴィルに集中している。


「うっ・・・しまった」


すみれを手放してしまった。再びすみれを助けに向かうが、ビームに阻まれる。

すみれは大きな黒いカギ爪に捕らえられてしまった。そして厄災の魔犬が瞬時に現れた。


「グッフッフッフッフ。ワシヲ仲間ハズレニ シテモラッテハ困ルナ。すみれちゃんハ、ワシノ モノダ」


触手からたくさんのビームが放たれる。ヴィルは咄嗟にかわす。


「サスガハ、魔界最強ト謳ワレルダケアルナ。イイダロウ。天界ヲ滅ボス前ニ、キサマヲ倒ス必要ガ アルナ。・・・タマズサガ イタ城ガ イイナ。ソコデ戦オウ。キサマダケデ来イ。他ノ者モ 来テモ良イガ、相手ニ ナランカラ 薦メンナ。タマズサ城デ 待ツ。場所ハ キサマノ脳内ニ送ッテオイタ」


なんだ? 知るはずもない。タマズサが居た城・・・いや元々別の誰か王家の城?


場所の情報が浮かび上がってくる。ヴィルは左手で側頭部を押さえた。


「ヴィルー!」


すみれが呼ぶ声を残して、魔犬は消え去った。


「師匠!」「「旦那!」」


みんな無事でヴィルのもとに集まった。


「わかっている。約束は果たす!」



☆☆☆

タマズサが住んでいた城——。

異邦の造りの古城で、ここでタマズサは魔術の研究をしていた。城のバルコニーは広く見晴らしがいい。


「キサマ、何故こんなところで戦おうとする? どこからでも世界を滅ぼすのは簡単なことじゃろう?」


捕らわれたすみれは厄災の魔犬に問いかけるが、じっと夜空を眺めたまま答えない。

そして間もなく、ヴィルが飛んできた。


「来タカ!」


ヴィルは着地すると魔導槍を背中から手に取る。闇夜の中、エメラルドの瞳がギラギラと輝く。

愛嬌のある目には似つかわしくない、殺気ある鋭い目つきで厄災の魔犬を睨む。


「グッフッフッフッフ。何故キサマヲ ココニ呼ンダカ 教エテヤロウ」


厄災の魔犬はすみれをゆっくり降ろす。すみれは鎖のようなもので縛られてその場から動けないようだ。


「ココハ カツテ、人間界侵略ノ タメノ 魔族ノ前線基地。シカシ 本国デ王家ハ滅ビ、コノ城ハ放棄サレタ。ワシノ 名ハ・・・」


厄災の魔犬の巨体は縮んで、人型に近い姿になった。背中からマントのような大きな翼を翻す。


「吾輩の名は、ガルシア・ガル・ガルド・ラボラス! 今は亡きラボラシア王家の王である」


「ラボラス!?」


その名を聞いてヴィルは愕然した。


「そう、おヌシも知っているはず。我が子孫グラハム・ファル・ラボラスを」


「グラハム隊長・・・」


父から昔話で聞いたことがあった。

我々ヘルハウンド族には王国があったと。魔界統一を巡った戦争で滅んだという。

まさか隊長が王家の生き残りだったというのかっ!?


「死んだアヤツは愚かだった。おヌシに気を許し、おヌシを鍛え、認め、そして庇い死んでいった。その際おヌシにラボラスの名を与えたな。ヴィルヘルム・ラッペンマイヤー・ラボラスよ」


「・・・」


「今や魔界から天界まで名を馳せる戦士。その偽物のラボラスに、本物である吾輩が打ち勝てば、たちまち吾輩に対する恐怖は絶対的なものとなるっ! そして人間界、天界を滅ぼし、魔界の中枢パンデモニウムを征する。悲願のラボラシア王家再興の時なのだ!」


「王家再興だと!? 生きる者すべて滅ぼして成り立つ王家になんの意味があるッ!!?」


ヴィルは魔導槍を厄災の魔犬ガルシアに向けた。

ガルシアは右腕を大きな刃に変えて振るう。


「もちろん吾輩のエゴのためだ! 殲滅して蹂躙する。我々悪魔の本質ではないか!!」


ガルシアは瞬間移動した。背後からの殺気を感じ取りヴィルは前方に跳ぶ。ガルシアの右腕の横薙ぎは空を切り裂いた。

前方に跳んだあと、ヴィルはそのまま飛翔する。


「ふっ!!」


ガルシアは歯をむき出し狂気の笑顔で空を見上げると、ヴィルを追いかけるように飛び上がったのだった。


☆☆☆

タマズサ城上空では激戦を繰り広げる。


赤いビームの火線が何度も交差する。

拘束されて動けないすみれは城のバルコニーから見守るのみ。


「ヴィル・・・」


バルコニーの入口から自称7人衆のみんながやってきた。


「みんな! どうして!?」


「いくら手におえないからって、旦那だけ行かせるはずないではありませんか」


「もちろん旦那とシロナで色々作戦は立てもうしたところ」


「龍姫様今お助けします。あれ・・・この鎖どうすれば」


「クロナ。私に任せておけ。これは魔界の呪術によるもの」


マルコシアスは光を集めると大型のボルトカッターのようなものを作り出す。そして龍姫を拘束する鎖を切断した。

たちまち、鎖は細かくはじけ光の粒子に変わった。


「おおっ!!」


龍姫は身軽になり自由になった。


「で、シロナ。作戦とはなんじゃ」


「奴は特殊な動きをする。行動パターンを把握するためにもまず、ヴィルに先行させた。一人で来たことを錯覚させるのも目的だ」


☆☆☆

「グハハハッ、なかなかやる! 敵ながらよく動く!」


ガルシアは瞬間移動して、右腕を振るうがうまくかわされる。続けざまにビームを放つが、ヴィルは大きく旋回して距離をとる。


「だが、いつまでもつかな?」


再び瞬間移動してヴィルの前方におどりでる。

ヴィルは右手の魔導槍でガルシアの刃を受け流し、左手の軍刀で突く。

ガルシアの胸をとらえたが手ごたえが無い。まるで空気を相手にしているみたいだ。


☆☆☆

上空を見上げ、二人の戦いを眺めるマルコシアス。


「・・・見ての通り、奴には実体が無い。大容量のマナ粒子の塊だと予測する。だから最適なのは・・・」


マルコシアスはまた光を集めて武器を取り出した。

出現したのは天界連邦で使用されている狙撃ライフルと1発の弾丸である。

クロナは狙撃銃ではなく1発の弾丸に注目した。


「これは?」


「エーテリオン弾。マナ粒子を強制的に光子崩壊させ無効化させる。いわば対魔兵器。高出力のマナを持つ悪魔ほど効果は絶大だ。クロナ、キミに任せる」


マルコシアスはライフルをクロナに渡そうとしたが、龍姫が割って入る。


「シロナ。ここは妾に任せてくれまいか?」


クロナは頷き身を引くとマルコシアスは龍姫にライフルを差し出した。

龍姫はライフルを受けとり、エーテリオン弾を込める。そしてボルトを引き装填した。

ヴィルが戦っている上空へ構える。息をため、そして吐き捨てた。


☆☆☆

ヴィルは軍刀を引き魔導槍で薙ぐ。

しかしガルシアは消えて、前方少し離れたところから出現してビームを放った。

ヴィルは咄嗟に軍刀で受けてしまい、刀身が上半分融解して無くなった。受けた瞬間に拡散したビームがヴィルの体中をかすめる。


「くっ・・・」


既にガルシアは刃を振り下ろそうとしていた。


ヴィルは下へ加速してこれをかわし、折れた軍刀を投げる。

ガルシアが右腕の刃で軍刀を弾き、止まったところを下方からヴィルは魔導槍でビームを撃った。

マナ粒子ビームはガルシアを縦に裂いたのだった。


「ぐっふっふっふ。そろそろ体力の限界のようだな」


ヴィルは息が上がりつつあった。

真っ二つになったガルシアは元通りに戻っていく。


「まだっ!」


まっすぐ魔導槍で突撃してガルシアの腹部に刺す。

しかし、ガルシアは左腕で魔導槍の柄をつかみ、続いて触手を伸ばして先端のカギ爪でヴィルの手足を掴む。


「っ・・・」


「これでもう避けられまい」


ガルシアの右腕の刃が振りかざされたその刹那——


バルコニーの上ですみれはスコープを覗き、集中する。


タマズサよ、ソナタの本当の気持ちを理解できなくてすまない。ソナタの魂が厄災の魔犬から解放されることを・・・


スコープ越しのガルシアの動きが止まった。ヴィルも危ない。今この時がっ!

スコープを覗くすみれの目がよりカッと見開き、より瞳孔が鋭く狭まる。

そして引き金を引き絞った。


「終わりだ!!」


ガルシアがヴィルに右腕の刃を振り下ろそうとした瞬間。

エーテリオン弾はガルシアを貫いた。

上半身は破裂すると、大量のマナ粒子がエーテリオンと反応して激しい光が放射される。強烈な閃光がヴィルを飲み込んだ。


「くっ」


翼で身を守るが衝撃波で吹き飛ばされる。飛散したエーテリオンが翼を徐々に光の粒子に変えて霧散させていく。魔導槍のジェネレータ部分のクリスタルも粉々に砕け、光に変わる。

上空の眩い光がタマズサ城を照らした。


その中で、ヴィルが落ちてくる。

翼はほぼ消滅してしまった。再生するまで飛べなさそうだ。残ったマナによる浮力でゆっくりと落下していく。


「ヴィル!」


すみれはライフルを捨て真っ先に飛び出した。飛びつく形でヴィルを思いっきりぎゅ~っと抱きしめたのだった。


「ヴィル! 終わったのじゃな」


「すみれ!? ああ、そうだな。・・・うぐっ」


戦いの緊張感から解放されて、心配そうなすみれの顔を見つめながらゆっくり地面に降り立つ。

後から、他のみんなも集まってきた。


「「やりましたな旦那!」」


「ふふ。さすが私の師匠です」


「全く、大した奴だよ」


「「ギャン、ギャン」」


「うっ、やかましい。オマエら少しは・・・」


その時突然ズンっと地面が揺れた。みんなは音のした方に注目する。

タマズサ城が崩れていく。


そして跡形もなく崩れ去ると、そこから黒い炎が衝撃波となってヴィルたちを襲った。

全員散り散りに吹き飛ばされてしまった。


「う、うぐ・・・まさかっ!?」


ヴィルは愕然とする。衝撃波の中心には黒い炎が揺らめく。


「・・・滅びぬ。ラボラシアは滅びぬ・・・何度でもよみがえる・・・」


目の前に燃える黒い炎は激しく燃え上がる。形は不規則で以前の原型はとどめていない。


「・・・しぶといヤロウだ。みんなは・・・?」


心配で不安な気持ちは大きいが、みんなの無事を確かめる暇は無い。目の前の敵に集中しなければ・・・


魔導槍を構えるが、ビームは発射されない。さっきの光でジェネレータが消失していたのだ。


「ちっ!」


状況は最悪だ。


「ヴィル!・・・コイツを・・・」


マルコシアスの声がした。彼は無事だったようだが、衝撃波をまともに受けて体を起こすのがやっとだった。

マルコシアスは残った力を振り絞り、剣のヒルト部分を投げた。そして間もなく倒れ気を失った。


「これは!?」


ヴィルは魔導槍を投げ捨て、マルコシアスが投げた柄を受け取ると鍔がガシャっと開いた。

受け取ったのはいいが使い方が分からず戸惑っていると、

黒い炎は伸びてヴィルを取り巻く。


「ぐあっ・・・」


火を振り払おうと、柄のみの剣を振り回す。

その瞬間ヴィルの視界が真っ暗になった。頭の中がぐるぐる回るように気持ち悪い。


「な、なんだこれは!?・・・」


——滅び・・・思い知れ・・・同胞。我らヘルハウンドの楽園・・・奪われた苦しみ・・・悲しみ——


頭の中でガンガンと響く。胸が熱く心臓が破裂するように痛い。呼吸が乱れ、汗があふれてくる。


「がはっ!!」


頭が割れる! や、やめろッ・・・


ヴィルは発狂し、もがく。

目が見えない暗闇の中、必死で抵抗するのだった。


☆☆☆

——ヴィル!


すみれは起き上がる。


ダメじゃ、なんとかしてヴィルを助けないと! どうすれば・・・


目の前に落ちていたのは魔導書だった。


「ヴィルを助けるためだったら・・・」


魔導書を広げ、呪文を唱え始める。


初めてにしてはできるじゃないか・・・


右目が疼く、焼けるように熱い。


☆☆☆

——ヴィル! ヴィルヘルム!! 落ち着くのじゃ。大丈夫、妾が力になる!——


脳裏にすみれの声が聞こえてくる。

すると暗闇の中を一筋の光が差した。


「・・・」


視界が次第に戻ってくる。

目の前には小さな黒い炎。今は不思議なくらい気分は落ち着いている。背中から大きな翼が元通りに広がった。

手で握っていた柄からは虹色に輝く光の刃が伸びる。そして光の剣を握る手にすみれの手が添えられていた。

傍ですみれはヴィルに声をかける。


「ヴィル。今こそ終わらせよう」


「ああ。終わらせるぞ、すみれ。・・・・・迷わぬ子羊に断末魔を・・・」


黒い炎。厄災の魔犬は怯む。その炎は弱々しく揺らめいていた。


「・・・馬鹿な・・・何故だ・・!? ワシがこんなにも・・・恐れおののく!! まさかキサマも!! や、ヤメロ・・・」


精神を炎で焼かれるような恐怖が襲う。感情が、自我が崩壊していく。厄災の魔犬は最後の抵抗をする。


「王家の・・我々の怨み、思い知れ!」


「・・・静寂を取り戻し・・・」

「「・・・トワに眠れ!」」


二人は光の刃を振り下ろす。

虹色の剣閃は大地を裂く。黒い炎も真っ二つに裂け消滅させていく。

そのあとオーロラが辺りに残り、夜空を優しく照らした。


間もなく夜が明ける。



☆☆☆

どこかの海底——。

静かに魚が泳いでいる幻想的な世界に竜宮が建っていた。


「あー・・・。せっかく、厄災の魔犬を倒したというのに。ひでーな。中央天界の奴らときたら」


竜宮のテラスで寝転がっていたセキドーは、天を泳ぐ魚たちを眺めながらボヤくのだった。


あの時の夜明け後、天界連邦軍が押し寄せてあの場にいた者は連行された。龍姫が好き放題やった件から厄災の魔犬復活の件、そして敵対している悪魔の力を使ってこれを鎮めた件でみんな罪に問われたのだった。


「まー、シロナ。いや、マルコシアス様がうまいこと手まわししてくれたおかげで、処刑にならずに済んだのだ。命あるだけよかったぜ」


同じく横たわっていたセイドー。ほのぼのとした雰囲気で二人は泳いでいく魚を眺めるのだった。


「それで、マルコシアス様はいずこに? 旦那」


セイドーは体を起こし、前方で立ったままのヴィルに話しかけた。

振り返らず彼は腕を組んだまま答える。


「今頃は中央天界だろうな。後始末に追われていることだろう。そこだけは同情してやる。また会えるのは戦場だろうな」


「師匠、感謝してくださいよ! 看守の目を盗んで牢を爆破して、ここまで師匠を運んできたのは我ら5人衆なのですから」


クロナはヴィルに駆け寄り、得意げな顔で彼に話しかける。


他のみんなはマルコシアスのおかげで釈放されることになったが、ヴィルだけは回避できず処刑が決まっていた。みんなはヴィルの残しておいた魔導ボムを使いヴィルを救出したのだった。

悪魔を脱獄させてしまっては全員また極刑となるだろう。マルコシアスのおかげで助かった命なのに、本当にバカな奴らである。


そして龍姫が幽閉されているこの竜宮へと逃げ込み、今に至るのだった。


クロナの言葉にセキドー、セイドーやアギャン、ウンギャンも頷く。


「「そうだ、そうだギャン」」


「わかった、わかった。うまくヘルヘイムに逃げれたら、ストロベリーサンデーおごってやる」


「「「「「わーい」」」」」


すると玄関から隻眼の龍姫。すみれが見送りに来てくれた。

ヴィルは少し目をそらし、頬を人差し指で軽く掻く。


「目の方は・・・大丈夫か」


「問題ない。ちゃんとソナタは見えておる」


「・・・いいのか。一緒に来なくて」


「行きたいのに決まっておる! が、これ以上騒ぎは起こせんし、お爺さまを心配・・・いや、まあ良いか。勘当されたも同然じゃ。まあ、辰神を辞めれてセイセイしておる。自由気ままにここで生き残るのじゃ!! だから・・・ソナタは・・・ソナタは・・・」


強く言い放つが最後は語気が弱く震えていた。表情はしんみりとしていた。


「そうか・・・」


ヴィルはすみれに近づく。


「な、なんじゃ?」


すみれが赤面してソワソワしているところを、ヴィルは右頬にキスをした。


「あばばっばあっばばばばば!!?」


すみれは混乱した。何が起こったかは想像がつくが、死角の右側でよく見えなかったのが悔しく、彼のことが少し卑怯に思えた。


「遅くなるかもしれない。迎えに来るさ。必ず」


「うぬぬぬ。この悪魔め!!・・・ふふふ、もちろんじゃ。待っておるぞ」


ヴィルを抱きしめる。相変わらず力強い。


「・・・っぐ、折れる・・・」


「あーーー。全く、師匠と龍姫様ときたら・・・」


クロナは見ていられなかったのか、わざとらしく大きな声でちょっかいを出す。

ヴィルは思わず額のゴーグルを下げ、目を隠したのだった。


「・・・。やかましい。迎えが来たぞ」


いつの間にか小型潜水艇が到着していた。テラスの岸部に船体を寄せ停止した。

黄泉の国のモノだろう。いったん黄泉の国を経由してヘルヘイムに向かう予定だ。

もうお別れの時間である。


「はいはい。では・・・」


5人衆は潜水艇を前に1列に整列した。ざっと両足をそろえ、敬礼する。


「魔界連合パイモン王国海軍ヴィルヘルム・ラッペンマイヤー・ラボラス曹長殿。我々は、海軍空戦隊に志願します。曹長殿とのご同行を許可願います」


ヴィルはゴーグルを上げ、エメラルドの瞳で5人衆の顔を見ながら、列に対し平行して歩む。


「オマエたちが選んだ道は堕天だ。天界と魔界の戦いはまだ終わらない。そしてオマエたちの祖国と戦うことにもなる! その覚悟はできているか」


「はい!」

「「もちろんですぜ!」」

「「ギャン。いわれるまでも」」


ヴィルは一旦目を閉じる。そして5人衆の顔を再び見つめるのだった。

彼らの覚悟に対する複雑な心境を持ちながらも、ヴィルは敬礼を返した。


「諸君らの同行を許可する。全員、乗り込め!」


「「「「「は!」」」」」


5人衆は潜水艇に乗り込む。


「これ全員入れるだろうか」「早く入れ!」「おすな!」


潜水艇の搭乗口で詰まる。その始末にヴィルは苦笑いする。


「やれやれ・・・」


ヴィルは最後に乗り込み、潜水艇のハッチを閉める前に、


「また、いつか」



——寂しい笑顔だった。

彼らを乗せた潜水艇が海面へ上っていくのを見送る。見えなくなるまで・・・


またいつか、必ずじゃ。

ソナタは妾の大事な心を奪ったのじゃから・・・

そう奴は悪魔。妾が恋する。


これは妾の初恋の物語。そう始まりの物語なのじゃ——


「魔法少女ぐらたん」は、この物語のだいたい百年後のお話になります。

ここでは犬神少女という言葉は出ていませんが、龍姫が「厄災の魔犬」の生贄にさせまいと保護していた娘たちですが実は犬神少女の候補で、同時に「イヌガミント」の選定が行われていました。

しかし結果的に、この時点でイヌガミントが誕生することはありませんでした。

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